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2000年 7月31日(月曜日)

シャラ亭
シャラ亭にて一杯。当たり障りもない話で11時まで。ジョッキと焼酎をそこそこ。酔ったつもりだったが、酒は残らず。

2000年 7月30日(日曜日)

眠り
一番気持ちがいい眠りというのはおそらく、寝てはいけない場所と時間にウトウトすることだろう。見つかったら殺されるくらいの教師でも側に居てくれたならモアベター。

2000年 7月29日(土曜日)

水○田医院
わざわざ行ったにもかかわらず、受け応えに熱がないので、すっかり嫌気が指してしまう。食事の事を聞くと、いろいろ本が出て入るので読んでみたら良いでしょうって言いやがった。何のための医者かわからねえ。肉の事を聞いても、「喰わなきゃ喰わないでも良いものです」なんて事を言う。昔の人の食事が良いでしょうといい、さして具体的な事も教えちゃくれない。薬についての説明も詳しくないし、よそ見をしてパソコンで診療代金をプリントアウトしている。「だめだあ、こりゃ」てな気分で家に帰る。

2000年 7月28日(金曜日)

花火
花火が終わると、雨が振ってきた。一杯やっているうちに小雨になってきたので、自転車で帰宅する。

2000年 7月27日(木曜日)

せっかち
自分自身の事は、どれくらい把握しているのだろうか? 飲み仲間が全員、俺のことを‘せっかち’と認識しているのを知って、とても吃驚した。

2000年 7月26日(水曜日)

寿司
会社そばの寿司屋で呑む。
女店員さんが、美人。うちの社員で酒も呑まないのに、週にニ三度も通っている者がいるらしい。板さんの妹と言う事だが、どうだか?特別旨い店というわけでもないが、客の入りに貢献している事は間違いなさそうだ。

2000年 7月25日(火曜日)

脳震盪

すれ違ったサラリーマンが、「ヨシ、ヨシヨシ」といいながら歩いていた。おそらくかなり良くない状態。

子どもが椅子から落ちて、目を回す。かみさんは、救急車を呼んだりと大わらわだったらしい。最近活発で、軽業師のような真似をするので困る。

2000年 7月24日(月曜日)

省エネルック
こう毎日熱い日が続くと、故太平首相の省エネルックを思い出す。当時はピント外れで恥ずかしかったが、今なら許されるかも。ちょっと着てみてえなあ。

2000年 7月23日(日曜日)

蒲鉾

箱根湯本で竹輪蒲鉾の制作体験。魚のすり身を、板や棒に擦り付ける。形は多少違えども、味は同じ。そこそこの処で手を打つ。

試食しながら、蒸し上がるのを待つ。地ビールを一杯。かますと鯵の干物を買う。子どもが魚好きなので、こんな土産だ。

2000年 7月22日(土曜日)

強羅決戦

車に便乗させてもらい、箱根強羅の保養所へ。家を1時前に出たにもかかわらず、向こうに付いたのは5時過ぎだった。

夕食を済ませて、風呂に入り、いよいよ決戦。半茶4回。ついていた俺の優勝。嵩張るカップを抱いて、穏やかな眠りについた。

2000年 7月21日(金曜日)

風神亭

中学生の時、前髪を矢吹丈のようにしようとしたのを母に指摘され、いたく恥ずかしい思いをしたことがある。ねじり込むように打つべし。

3人で西荻の風神亭で夕食。来年の春には二人とも父親になる予定なわけで、時の流れというのは可笑しく、不思議だ。

2000年 7月20日(木曜日)

トムヤム

海の日。暑いので一日、家にいる。夕方、トムヤムで夕食。青いパパイヤのサラダが吃驚する程、辛い。パッタイとチャーハンを食べる。

俺だけその後、散髪。店員さん達も目一杯の短髪が揃っていた。俺も負けずに、健太郎カットにする。

2000年 7月19日(水曜日)

苦手
集まりなどで、発言するのがひどく苦手。名指しで意見を求められた時に困らないように、取って付けたようなことを考えていたりする。それでいて、散会した後で、本当に言いたかったことが浮かんだりするのだ。

2000年 7月18日(火曜日)

電池切れ

浮かんでは消えていく、下らないこと。ただいまシナプスの海は時化です。

完全に電池切れ状態。帰宅して何をする気にもなれず。ウナギをモソモソ食べて、即就寝。熱帯夜のため、なかなか寝つけず。

悲しいときや悔しいときに流す涙は冷たいくせに、感動の涙は温かい。一体なぜだ。興奮して体が火照る状態は一緒だろうし。もし、知ってる人がいても教えないで下さい。素朴な疑問のまま、墓まで持っていきます。

2000年 7月17日(月曜日)

故障中
会社のマシンは、今日も故障中。一日、ソフトのマニュアルやらを読んで過ごす。昨日の疲れもあり、やたらと眠い。数冊の本を代わる代わる眺めていた。

2000年 7月16日(日曜日)

つるつる
帰りには武蔵五日市からクルマで20分程行った、つるつる温泉に立ち寄る。そこで名物の釜飯を皆で食べて散会。駅まで送っていただき、中央線で家路に着く。大人も子どもも、愉しながらも疲労困憊。御苦労さまの、日曜日でした。

2000年 7月15日(土曜日)

自然人村

昨晩は午前様になってしまった。二日酔いだとかみさんの機嫌が良くないので、平気を装う。

9時1分の奥多摩行き急行に乗り込む。武蔵五日市に着くと、タクシーで自然人村へ向う。
廻りをぐるりと川に囲まれ、落ち着いた雰囲気。コテージの床も畳で、屋外にも数カ所のたまり場が設けられていた。ほぼ思い描いていたキャンプ場の空間。徐々に友人が集ってきて、総勢13家族45名。ちょっとしたコミューンのようである。

やることもないので、カレーの準備。さんざんいじって、旨いのを通り越してしまった。残念。辛さが旨味を凌駕してしまったよう。次回に乞う御期待。

花火をやった後で、大人の時間。一杯やりながら、ギターで歌を歌う。ユースホステルに来たようだった。少し照れくさいながらも特殊な空間に紛れ、一緒に歌う。
それぞれに魅力的な人々で、変に気を使うこともなく、本当に楽しい時間を過ごせた。

2000年 7月14日(金曜日)

先に一杯
友人の結婚祝いのため、『えん』で夕食。8時半開始と遅かったので、先に一杯、同期と呑む。二人で呑むのは、何時以来だろうか。お互い部署も代わり、生活も変化したおかげで、このところ随分疎遠になってしまっていた。なのでとても新鮮で嬉しかった。
この処なんでも、読書づいているらしい。数冊の本を紹介してもらう。手帖に書いてもらったので、近々本屋で探そうと思う。

2000年 7月13日(木曜日)

ブックマーク

昔は故障の際に必要だなんて言われて、パソコンの梱包されていたドでかい段ボール箱取っておいた。確かに、頻繁に修理が必要だったりもしたんだろうけど。折り畳んでもかなりのスペースを占拠していたアレ、必要だったのかなあ。

昔のブックマークを頼りに、ネットを見て回った。とっくに店を畳んでしまった処、一年以上もそのままになっているようなサイトもある。更新をしないまま放置してあるそこは、訪問者が10万人を超え、さらに15万人に手が届きそうになっていた。もしかするとその作者は、何らかの事件に巻き込まれ突如失踪したのかも。

2000年 7月12日(水曜日)

クラッシュ

会社のG4が、突如クラッシュ。ハードディスクごと、すべて完全消失。丸裸で、家を焼け出された人のようだ。「後悔先にたたず」という諺を、身を持って知った瞬間。 いくら時間をかけて創ったものでも、消えるのはあっけない。

今となっては、先週の半ばにマシンが異音を発した時に、もう少し気使ってやれば良かった。孝行をしたい時には、親はなし。後悔先に立たず。天災は忘れた頃にやって来る。幾つもの諺が、頭の中を駆け巡った水曜の午後。

2000年 7月11日(火曜日)

飛ばしてしまう
日曜日、フリーソフトで初期設定やらを掃除しようとして、インターネットの設定まで飛ばしてしまう。壊れたわけではないのだが、暗号のような数字を入れていかないと復旧の見込み無しの状況に途方に暮れる。我ながら余計なことをしてしまったものだ、と後悔したところで始まらない。気を取り直して、プロバイダから送られてきた接続マニュアルを探し出す。それに沿って入力したところ、思いのほか簡単に回復。嬉しかったなあ。自分で蒔いた種なのだが、少し誇らしい気がしたのです。

2000年 7月10日(月曜日)

家の近所にある神社は、朝7時、12時、午後5時の3回 鐘を鳴らす。風情があるじゃんと喜んでいたところ、電気仕掛けなのが最近判明。途端に、ありがたみが薄れる。こんなところにも、人員削減の嵐か。

2000年 7月9日(日曜日)

芋掘り
裏のお宅に芋掘りのお手伝い。小学生以来であろうか。ゴム手袋をはめての作業は、なかなかの重労働。しかし慣れないながらも、楽しい作業。帰りにはとれたジャガ芋に加え、胡瓜、トマト、枝豆などを袋に3ツも頂いて帰る。

2000年 7月8日(土曜日)

五目おにぎり
二日酔いのために少し体はきついが、「そんなになるまで飲まなければ良いのに」などの小言が飛んでくるので平気な顔で出かける。最近、子供の要求が具体的なので捨ておけない。京樽に寄って、五目おにぎり一個を購入。店横で食べる。

2000年 7月7日(金曜日)

タイムマシン

タイムマシンが出来たら、過去の自分が未来の自分を著作権侵害で訴えたりして。学生時代の交換日記とか、若気の至りで書いた私小説。第三者には絶対見られたくないもの。年をとって、恥ずかしい気持ちが麻痺してきたら、自分でも何をしでかすか判らない。のび太に相談しても、埒はあくまい。

子供がポスターや新聞から、瞬時にしてイヌとネコ、はたまたゾウを探し出す。ちょっとレインマンみたいだ。

2000年 7月6日(木曜日)

斑鳩

千代田区九段北1-9-12 明星63ビル1F
目白通り飯田橋1丁目交差点を東へ。日刊工業新聞社の手前、右側。

12時を少し回った昼休み、店内には俺を合わせてカウンターに3人。4人掛けのテーブルは、3脚のうち1つだけ客がいました。ほら、嫌な感じでしょ。

オーダーは、ラーメンと焼き豚丼のランチセット。一定時間が経つと自動的に麺が上がってくるズンドウが、目の前にあります。なんだかカップラーメンが出来上がるのをジッと待っている風情です。

家族経営でしょうか。

流し場では真っ先にリストラの対象となりそうな親父が、ひどくゆっくりとした調子で丼を洗っています。母親らしき女性は、炊きあがった飯を大事そうにしゃもじでかき回しています。妹(若妻)らしき娘も、勝負に乗ったクチでしょうか。店内で唯一、声を出して注文を聞いている健気な姿が、むしろ哀れを誘います。

ここまで書けば、味について細かく説明するまでもないと思います。立地条件を言えば、大通りに面しているとはいえ、飯田橋「秀栄」の方がよっぽどよくありません。実際、数件先の喫茶店(夜はスナック)のラーメンは女性客を含めていつでも満員です。

ラーメンなんて真剣に喰うもんじゃないという方には、お勧めの一店です。

2000年 7月5日(水曜日)

ギンレイ

会社帰りに映画鑑賞。
『シックス・センス』
THE SIXTH SENCE

『ストレイト・ストーリー』
THE STRAIGHT STORY

自分の預金をCDで出す際、営業時間外だったり、他行だったりすると、当然のごとくに手数料を取られる。105円とか、205円とかの話だが、どうにも面白くない。サービスの一環で、それくらい無料でしたらんかい、と思うのは俺の身勝手でしょうか。

2000年 7月4日(火曜日)

雷雨

作家の安部公房は62歳の時、簡易着脱型タイヤチェーンで第十回国際発明家展銀賞を受賞したらしい。スキー愛好家なのか?

二日続けて、夕刻に雷雨。土砂降りで帰りそびれる。向いの酒屋で、いつものビニールガサを購入。500円とはいえ、一体一年に何本買っているのか。降っていない時に、用心で傘を持って出るのが大嫌いなのである。500円で済むなら、それで良し。

最寄の駅に着いた時には、すっかり雨は上がっていた。有難いが、少し悔しい気分。

2000年 7月3日(月曜日)

熱帯夜

近い将来、夏休みの宿題もホームページの形で提出するようになるかもしれない。絵日記に自由研究。情報はいくらでもコピーできるので、知識より知恵が重要となる課題。暗記だけでは全く歯の立たない試験。そうなっても、自信は全くなし。

夕刻になって驚く程の雷雨。外では雷が落ちる度に女子学生の嬌声が聞こえる。ようやく夏らしくなってきやがったぜ。

夜は熱帯夜で、いたく寝苦しい。

2000年 7月2日(日曜日)

プランター

午前中には出かけようなんて言っていながら、気がつけば夕方。

兼ねてからのプランターを、近くの園芸店で購入。玄関口に置きたい、ローズマリーの鉢も合わせて買う。土やら揃えるとかなりの出費。

2000年 7月1日(土曜日)

バースディ

かみさんの誕生日。
井之頭公園横の三角公園で、昼飯。買ってきたビール500Nで良い気分。途中から昼寝。起きたら誰もいなくなっていた。

吉祥寺『八百屋』に河岸をかえる。少し調子に乗り過ぎたか、締めて会計13,500円也。まあ、めでたい席だし、旨かったから良しとしよう。特にマグロが、舌でとろけた。普段あまり刺身を食べないかみさんだが、ぺろりと喰った。勿論、子供もあるだけせがむ。


ご希望とあらば、さらに昔へと続く・・・