農道

横野農道:この写真だけでは、何の道なのか分かりませんねぇ。横野へ登る農道です。出来たのは、今から20年くらい前でしょうか?俺が高校生の時には、まだ無かったように思います。石名川の所から登っていきます。結構な急斜面で、コンクリートで舗装はしてありますが、それでもでこぼこです。ここを親父やお袋はガンガンと登って行きます。娘達は、それがスリルがあって楽しいようです。だから、山に登って来るのは大好きですね。この先の左側には、かつてうちの田んぼがありました。もちろん減反で、現在は草茫々となっています。かれこれ5年くらい前に、一度起こした事がありましたが、その時はどじょうがいました。かつてはどこの田んぼにもいて、トキが餌にしていたんでしょうね。
清水:横野農道の途中にある清水。山が険しいので、あちこちから水が湧いています。昔は、山で仕事をするときには、川に下りて水を飲むわけにもいかず、みんなが清水を呑んでいたそうで、だから誰もが色々な清水のありかを知っていたそうです。ここは、コンクリートできちんと整備してあります。びっしりと生えたコケが雰囲気を醸し出しています。冷たくて、仕事で汗をかいて帰る途中でこれを呑んだら、やっぱり美味いですよ。みんなが、ポリタンを置いてありますが、何時取りに来るんでしょうか?我が家の名前の入ったポリタンもありましたが、両親とも取りに行った様子はありません。忘れているかもしれません。山にある分だけ、寺の清水よりはおいしい気がします。
子持山農道:子持山だと思っているんですが、古餅山と書く人もいて、今度きちんと調べておきましょう。前方には横野、遠くに見えるのは弁天崎と入崎。仕事が終わって夕方この坂道を下りると、夕日が沈んでいって、「今日も一日終わったなぁ・・・」なんて、その時だけは農業って良いなぁと思うんです。去年までは、この道は崩落があって通行禁止でした。それで、別ルートの農道を作りました。そこの方が短いので、その道を使う人もいるようですが、俺にとっては、やっぱりこの道が子持山農道です。写真の右下にはうちの田んぼと畑があります。現在、親父とお袋はここの田んぼしか作っていません。この先も作らないんじゃないでしょうか。農業も、俺の両親で終わりかもしれません。定年になって帰ってやるかぁ・・・?
大島:何と言っても石名のシンボル。大島(右)と赤島(左)です。これについては、別の所で書きました。この写真はまなが撮りました。大島の前にテトラポットがたくさん沈められ、昔とは一変してしまいました。田んぼは昔のままのような気もするし、整理されたような気もするし、定かではありません。大波が出たときは、堤防があっても波が来ることがあるんじゃないでしょうか?それにしても、海のすぐそばの田んぼですなぁ。まあ、石名だけではないんですがね。写真は↑とは逆に下りるところで、左下に畑があるんですが、毎夏野菜を獲りに来ると観光バスや旅行者の車、バイク、自転車がひっきりなしに通ります。ただ、路線バスにはほとんど人が乗っていません。