| 石名のお盆は、8月13日に飾り付けをし、14日に墓参り、15日は寺参り、16日に船流しという日程です。盆のごちそうは、ぼたもち、赤飯、煮しめが定番です。さてその様子をご覧下さい。 |
仏さん:仏壇ですね。我が家の仏さんは、金箔を貼ったような豪華な仏壇ではありません。いたって質素です。それでも、ベニヤ板を貼って綺麗にはしてあります。この仏さんの左上のさんにご先祖様の遺影が飾ってあります。仏さんの右隣は床の間。以前は、明治天皇とご一家の絵の掛け軸が飾ってありました。私のおじさん達がやったのか、落書きだらけでした。戦時中なら、怒られたでしょうね。現在は「天照大神」の掛け軸です。これが、盆になると、下の写真のように飾り付けます。掛け軸は各家で様々なんだと思います。一年で一番、この部屋(座敷と言う)が賑わう時です。(平成14年8月16日撮影) |
床の間:今年も綺麗に飾り付けが出来ました。掛け軸を3本、その前に雛壇を作って、お供え物を飾ります。仏さんの位牌はこっちに移します。花を飾り、提灯を飾り、だんごと必ず水をお供えします。この写真はお供えがまだ途中ですが、一番下にお膳が並びます。お膳には、ご飯、汁、おかずの3品が載ります。3食お供えします。お供えする水は清水寺に湧く清水です。子供の頃は、夏になると毎日水を汲んでくるのが子供仕事でした。特に盆は、ラジオ体操にやかんを持って行って汲んで来るんです。どこの家の子もそうでした。今は、娘達がやっていますが、ラジオ体操はやっているんだか分からないしね。ここのお供えは、16日に船に乗せて流します。(平成14年8月16日撮影) |
神棚:仏さんのある部屋の隣が「おま」。正確には「おまえ」だそうです。この部屋は何処の家でも一番広い部屋です。玄関に入るとこの部屋になります。ここに神棚があります。榊を飾り、お社があります。恵比寿さん、大國さんとあとは何でしょうか?昔はどこの家でも半農半漁でしたから。小正月(1月15日)には、木の枝に小さく切った白や赤の餅(繭玉)を付けて飾ります。この繭玉は、油で揚げて醤油を付けたり塩をまぶして食ったりすると美味いんです。止まらなくなります。冬場のおやつですね。葬式の時はここは白い紙で隠します。我が家もだいぶ古くなってきて、お社も棚も柱も天井もすすけてきました。でも、昔から黒かった気がしますね。今でこそ、ここでこたつをしたりしますが、大体の家ではここは明けてあって、何かあると(冠婚葬祭)人が入ります。(平成14年8月16日撮影) |
あけびの馬:一般にはナスやキュウリを使う所もあるようです。石名でも面倒くさい人はナスで作るようになりました。山に行って青いアケビを取ってきて作ります。足は柳の枝、尻尾はネコジャラシです。ネコジャラシは、私達は、馬の尻尾と言っていました。標準語でネコジャラシって言うことを知りませんでしたね。これを4匹作って、仏さんと床の間に二匹ずつ飾ります。最後は船に乗せて流します。もちろん、毎年私が作ります。作りたてを撮れば良かったんですが、時間が経っちゃってしなびています。ナスにしてしまえば楽なんですが、やっぱりねぇ、アケビでないと雰囲気が出ませんねぇ。(平成14年8月16日撮影) |
墓参り:14日の夕方に、行きます。よく、お彼岸に墓参りなんてテレビに出ますが、石名ではお盆くらいですねぇ、みんなで墓参りをするのは。花を飾り、だんごを供え、線香、ろうそくを灯して拝みます。特に信心深い婆さんなんかは「般若心経」を唱えます。一応、綺麗な格好をして来るんですが、我が家は普段着のまま。写ってはいませんが、お母さんはわら草履を履いています。自分の家だけじゃなくて、親戚の墓にもお参りします。お墓が一年で一番賑わうと言っては変でしょうか?賑わう時です。ちなみに、お袋実家(ちゅうじれー)の爺ちゃんは、来てないなぁ?なんて思っていたら、息子達から遅れて、とてもダンディな服装でやって来ました。きっと、どの服を着ようか迷っていたんじゃないでしょうか?一同大笑いでした。(平成14年8月16日撮影) |
灯籠:新盆の家はこれを飾ります。杉の木作ります。由来や意味はよく分かりませんが、どこでも必ず立てます。電球を点けてあります。これは「はちろめー」のものです。父ちゃんが亡くなりました。「かへい」とはかなり近い親戚です。今年は他に「ごんにょめー」と「とうじれー」が新盆でした。結婚や出産は、ほとんど無いけれど葬式だけは毎年のようにあります。過疎化が進んでいる証拠です。まあ、私も過疎化の片棒を担いでいるわけで、何とも言いようがありません。まあ、辺鄙な所ですから致し方無いかも知れないですね。才覚のある人は、石名に暮らしていけるんでしょうけど、私のような者には、ここで暮らすの難しいのかも知れません。(平成14年8月16日撮影) |
そうら船:「グレープ」が歌って大ヒットした「精霊流し」と言う歌がありました。たぶん「精霊船」がなまって「そうらぶね」になったんだろうと思います。船を流すのは石名だけじゃ無いようですが、どこら辺までが流すのか、ハッキリは知りません。昔は何処の家も麦藁を編んで作りました。我が家でも何年か前までは作りましたが、麦をそれ程作っていないようで、現在は発泡スチロールの箱で作っています。情緒が無いと言えばそれまでですが、かといって自分は作れ無いしね。今度挑戦してみましょうか?これは「ちゅうじれー」の爺ちゃんが作りました。舵が大きいですね。海に浮かべるときは、だんごなんかを入れてバランスを取ります。それでも浮き上がる時は石も入れます。流すのはもっぱら男の子でしたが、最近は男の子もいないので、爺さんが流したりと色々です。帆は新聞の広告を使うようになりました。(平成14年8月16日撮影) |
船流し@:浜に石を並べてだんごを置き、線香を灯して花を飾ります。即席の仏壇みたいなものです。鐘を叩いて念仏を唱えます。大体は男の子が船を泳いで流します。天候にもよりますが、風を読んで帆と舵を調節すると面白いように沖へ沖へと船は進みます。去年、上手く行かなかったので、今年は一生懸命考えて調節しました。北からの風(しもげ)に乗って、泳ぐよりも早いくらいのスピードで沖に進んでいきました。今年の船流しは楽でした。子供の頃は、船に積んであるお供えを泳ぎながら食うのがかっこ良かったんですよ。「俺は泳げるぞ〜」みたいな感じでね。この年になると、そんなことはどうでもよくなっちゃいます。今年は何も食わずに帰りました。(平成14年8月16日撮影) |
船流しA:写真を換えました。遠くて分かりにくいですが、これが船流しの風景です。浜では船が沖に進むのと夕日を見ながら鐘を叩きながら念仏を唱えますが、最近はあっさりしたものです。ちなみにこれはまなが写してくれたものです。泳いでいるのは私です。昨年の船は、本当に西方浄土に帰るように、西へ西へと船は進んで行きました。今年は、風がやませで、帆も舵も真っ直ぐにしておけば、どんどんと沖へ進んでいきました。でも、盆の16日は、やはり仏さんがあの世に帰る日だからでしょうか?海に漁に出てはいけないと言われています。ここ何年かは海も静かでしたが、けっこう荒れることがあります。そんなときは、海に放り投げます。すると、直ぐに波に打ち上げられるんですよ。これで本当に仏さんは帰れるんだろうか?なんて思っちゃいます。でもね、昔は麦藁とか麻紐とか笹とかだったから良いけど、今みたいに発砲スチロールじゃあ海洋汚染になりはしないかと心配したりします。(平成15年8月16日撮影) |