平成14年の帰省は、晴天に恵まれなかった。ある雨が降ったり止んだりの日、貰って帰る米を摺った。蔵に置いてある籾を出しながら、撮った蔵の写真だ。1

入り口@:以前は独立していた物を、馬屋(まや;納屋)を改築したときに移動して、中に入れてしまった。それでも蔵は蔵としてそのまま残っている。その昔は、入り口の重たい扉も閉めることが多かったけど、今は馬屋の中なので閉めることもないようだ。”∧”に”加”が我が家のマークだろうと思う。農機具などにその家のマークを入れるが、それは”∧”に”一”だ。破綻した山一証券と同じで、母親の妹のご主人の勤めが山一証券で、父親は喜んでいた。今でも、石名のどの家でも、馬屋も蔵もある。金持ちの家はもっと立派な蔵かも知れない。一階に見えているのは、盆やふるめぇ(振る舞い)に使う食器、あとは何があるのか?そう言えば、昔使った机があって、懐かしい写真も見つかった。(平成14年8月14日撮影)slkfjぁkdsflかdflkjだslfkjdlskjflだkfjlkdjfljkfj
入り口A:入り口には木と竹で作った物がある。来年は名前をちゃんと聞いてきますが、ネズミを入れないようにする道具だと思います。猫は飛び越えて入れるけど、猫の食い物は無いから、その必要は無いわけだ。物を出し入れするのには、ちょっと面倒な物だけど、ネズミに入られたら堪らないから。一番上には、太い竹がついている。さすがのネズミも滑って這い上がれないように工夫されているんだろうね。(平成15年8月14日撮影)
入り口B:観音開きの重たい扉を開けると、次には重たい引き戸がある。まあ、子供じゃぁ、ちょっと開けるのは難しいだろうね。実際に開けてみると、大人でもけっこう力がいる。(平成15年8月14日撮影)
入り口C:重たい引き戸を開けると、網が張ってある引き戸になる。頻繁に使うときは、この戸だけを閉めてある。ここには鍵穴があるけど、鍵は見あたらない。でも、どこかにあるんだと思う。(平成15年8月14日撮影)
せえろ:父ちゃんに聞いたら、サイロとも言っていた。昔からそう言っていたのかは知らないけど、サイロってのは英語だ。このつながりは、どうなんだろうか?まあ、それは良しとして、サイロの名の通り収穫した米を入れておく所だ。三つあって、写っているのは字の如く”中”。上の板から外して米を出す。恐らく昔は米をそのまま入れていたんだろう。今は袋に入れてある。米の量も少ないし。柱には作った年月日と作った先祖の名前が書いてあった。明治43年に作ったらしい。祖父の産まれた年だ。作ったのは祖父の祖父だそうだ。貼ってある紙は、お札。便所や色々な所に色々なお札が貼ってある。そんなお札の一つだ。板や柱に書かれた字と同様に、昔の人の姿が浮かんでくるようだ。
階段:”ネズミ返し”なんて聞いた気がする。階段を上っていったネズミは、この戸が閉まっていれば上には登っていけない。二階にはタンスがあって、着物が入っているようだが、詳しいことは母ちゃんしか知らないんじゃないだろうか?一階は色々と物の出入りがあるが、二階はあまりないようだ。お祝いや葬式の時には、出入りがあるのかも知れないけど、もうお祝いもないし、葬式も祖母が亡くなってから14年間無いし。ただ、父ちゃんが病気で『一週間がヤマ”なんて言われたときは、色々なことが頭を駆けめぐった。葬式の時はここに荷物を入れたり、何か出したりするのかなあなんて、不謹慎だけどね。まあ、それも思い過ごしで終わって良かったけど。