漁師:網を繕っているのは、私の育ての親とも言うべき、母方の祖父だ。明治43年生まれの91才。今のところ、石名で一番の長寿だそうだ。海軍に召集されたが、病気で生き残った。10年程前に胃を切った。妻(私の祖母)が亡くなった時は肺炎を起こしていた。数え上げればキリがないほど、しぶといジジイだ。最近は耳が遠くて、都合の悪いことは聞こえないらしい。「ひょうひょう」と言う言葉がぴったりの人である。今年の春も東京の娘(叔母)の所に避寒に来ていた。3年前に来たときは、我が家にも遊びに来て、近所を歩いては、スーパーで買い物をしていた。西日の当たる納屋で気が向むままに網を繕ったり、わら草履を編んだりしている。この日も暑く、帽子に汗が滲んでいる。とにかくこの爺さんは海が好きだ。今は息子(叔父)が、この人以上に海好きでやっている。爺さんは息子が使う網を、暇さえあれば繕う。どうもこれが長寿の秘訣らしい。段々と、石名にも、こんな爺さんは少なくなったというか、いなくなったようだ。わがやの庭には、この爺さんに選んで植えた木が、順調に育っている。(平成14年8月16日撮影)
かんこ:今でもそうだが、どこの家でも船を持っていた。比べる物がないので大きさが実感しにくいけど、船外機で何とか想像して下さい。長さは3間4尺だそうですから、6mちょっとになりますね。同じ佐渡でも小木の方は岩場が入り組んでいるので、小回りの利くたらい舟が有名ですが、こっちは入り組んだ岩場はないからこれでOK。これで飛び魚漁やワカメ漁をしていました。好きな人は更に、サザエやさんめあみ(三枚網?刺し網?:色々な魚を獲る)漁、イカ釣りなどをやっていた。その昔は、もちろん櫓を漕いでいましたが、今は船外機を使いますから、そのためには小型船舶免許が必要です。金儲けよりは、趣味でやる人が多いと思いますが、それで生計を立てている人もいるわけです。石名の暮らしは、海とは切り離せない。定置網もあったが、今では無い。各部落では港も整備されているが、やはり若い者がいないんだなぁ。(平成14年8月16日撮影、平成15年加筆)
石名港(あんじゃんぐち):今でこそ、町だか県だかの方針で、各部落に港が整備されたが、その昔は家の下の浜に置いて、シーズンが終わるとここ赤崎に置いていた。ここにはみんな船小屋を持っていて、今でもそれはある。昔から前に見える岩とその反対側にも岩場があって、天然の良港だった。荒れて波が高くても、ここは静かだった。港湾として整備されて、昔の浜はなくなってしまったのは、残念と言えば残念だけど、渡れなかった岩にも行けるし、以前なら釣ることができなかった小アジなんかも釣れるようになった。舟はみんなで上げていたが、今では軽トラで引っ張り上げる。大体、人がいないから一人で上げるしかない。昔ながらの木造船(手前)だけど、グラスファイバー(軽トラの前の白い舟)で出来た舟を持っている人もいる。(平成14年8月16日撮影)
もぞく(もずく):海産物は色々とあるが。これはもぞく。標準語ではもずくだけど、石名ではもぞくと言っている。もぞくには3種類あって、藻に生えるのが、太いのと細いのの2種類。これは”藻もぞく”と言った。高級品だけど、手間の割には沢山取れない。それに比べて、この”石もぞく”は沢山取れる。海の石に生える。石と言っても小さい物は漬け物石程度から、結構な大きさの物まで生える。岩には、すでに藻が生えているので生えない。これを手で「ブチ・ブチ」と取っていく。かなり気持ちが良い。これを9kgと塩を3kg混ぜて1箱になる。これが、中学の頃で4000〜5000円くらいになった。これが中学の頃の小遣いだった。ただ、7月の物が柔らかくて上物。盆に帰って取るのは、ちょっと硬くなり過ぎかも知れない。でも、その歯ごたえが良いって人もいるけど。一般に売っている沖縄産の物とは全然の別物って感じ。俺も、沖縄産よりはこっちの方が好きだけどね。(平成15年8月16日撮影)
サザエとアワビ:夏に帰って海に入ったら、ほとんど条件反射のようにこれを探す。もちろん漁業権があるので、ホントなら取っちゃいけないんだけど、家の下なら良いだろうと言うことなっている。ホントは赤崎とか大島に行けばいっぱいあるんだけど、中には悪いヤツがいて、アクアラングで潜ったりしたことがあって、そっちでは泳いではいけないことになっている。何年か前に藻もぞくを取りに行ったけど、誰かに文句を言われたような気がする。赤崎は岩場なので、バフンウニがいる。これが美味い。でも、”李下に冠を正さず”でやっぱり泳いでいれば睨まれる。それでも、家の下でもサザエもアワビもいるから、贅沢言わなくても十分だ。一度泳げば50個くらいは取れる。これが帰省しているときのおかず。と言っても、刺身か煮るか、カレーの具にするくらいだけど。(平成14年8月15日撮影)