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初 め て 沖 縄 で 泳 い だ 日 ――― 8月28日



1.首里城周辺を歩く

2.浦添の美術館にて

3.これが沖縄の海なのか?

4.万座毛とバイキングディナー



1.首里城周辺を歩く


  朝から暑かった。那覇の人は、我々関西人と同じような朝の生活を始めて
いた。6時半に泊海岸を散歩した。ここ‘とまりん’は1階に船舶の旅客タ
ーミナルがあって、岸壁には4方の島々へのフェリーが多数停泊していた。
水中観光船などというのもあった。海岸を少し歩いた。海岸べりは沖縄の海
といった感じではないが、時々細長い褐色の胴に、クリーム色のラインの入
った魚が群れていて、瀬戸内海とは違うと思わせた。(あとでテレビで見た
がリュウキュウベラに似ていた)部屋に戻って食事に行くことにした。
  朝食は7時からと聞いていた。6時58分に食堂に入った。一番だった。
ホテルの宴会場に会食形式のテーブルが並べてあり、200人程度は十分入
る様だった。和食のバイキングは初めてだったが、我々はオムレツ、味噌汁
ご飯、あじの開き、パンやフライドポテトなどを取ってきて、色々テーブル
に並んだしつらえに上機嫌だった。我々は食事時間を長くとった。我々が食
べ始めて10分もすると、この宴会場は満席になり、ワンサイクル入れ替わ
った人たちとほとんど同じ頃に食べ終わったように思う。特に若い女の子の
グループは10分足らずで食事が終わる。

  8時に出発と決めていた。チェックアウトして、荷物を車に積め込んで駐
車場を出たのは8時少し前だった。ガイドブックの地図では、首里城周辺に
は駐車場が2ケ所しか載っていなくて、昔の姫路城程度に思えたので、満車
になるとかなり遠くまで歩かされると想像していた。9時から拝観開始にな
っていた為、早めに到着して金城町の石畳みを見ようと思っていた。那覇か
ら首里まで15分あればいけるはずだった。ところが、直近まで近づくと案
内が無くなってしまい、結局周辺をぐるぐる回って10q程度余計に走って、
駐車場に着いたのは8時半頃だった。駐車場は首里社館(すいむいかん)と
いう大きな展示・休憩の建物の地下になっていて、かなり広く、道に立った
沢山のガードマンが誘導してくれる。我々は3台目くらいだった。この建物
が面白くて、見学している10分ほどの間にぞくぞくと車やバスが到着して
きた。

  守礼門周りは琉球王朝時代の衣装の女性たちが、貸衣装での記念撮影の案
内をし、土産物屋もたくさん出ていて賑わいが始まっていた。人の流れにつ
られて守礼門をくぐって、首里城へと入っていった。すぐ左手に園比屋武御
獄(そのひゃんうたき)があった。園比屋武御獄は門のような形の拝所であ
り、城の守り神である。現在も市民が拝みに訪れるらしいが、他の門に比べ
て小ぶりなこの拝所は木製の扉を除いて、壁から屋根にいたるまですべて石
造でディテールも立派である。首里城へは外郭に沿って、ゆるやかな登り坂
や階段を上がっていく。アーチ型の石積みの上に、木造本瓦葺の櫓(やぐら)
がのった歓会門、城壁の石積みの上に、木造入り母屋の櫓をぽこっとのせた
瑞泉門と漏刻門(漏刻とは水時計のこと=太鼓を打ち鳴らして時間を知らせ
る係りがいた)の順に進んでいき、木造の広福門をくぐると下の御庭(した
のうなー)という広場に出た。左手は正殿の入り口となる大きな奉神門があ
り、3ヶ所の扉がついていた。閉ざされた門の前の石段の辺りでわずかな時
間を待ったが、開館前には7,80人ほどになった。広福門脇が券売場にな
っていた。広福門から登ってきたコースを振り替えると、首里周辺が一望で
きた。この後回る予定の城西小学校の赤瓦の方形の屋根が連なり、重なり合
うさまや首里高校、沖縄県立博物館などが俯瞰できた。登ってきた道は幅4
mから6m程度で、ゆるやかにうねったフリーハンドの曲線で造られており、
両側は石灰岩の分厚い石積みになっていて、その高さは通路から1m50p
内外である。万里の長城と似た石の文化がここにある。

  奉神門をくぐると右手に南殿・番所(なんでん・ばんどころ)、正面東側
に正殿(せいでん)、左手に北殿(ほくでん)があり、これらに囲まれて御
庭(うなー)という約40m角の広場がある。御庭は茶と白の2トーンカラ
ーになっている。奉神門の中央の扉からまっすぐ正殿に向かって浮道(うき
みち)という幅2mくらいの茶色の主通路があり、その両側は正殿に平行に、
1mピッチくらいで茶色と白のストライプになっている。これらの茶色の部
分は、屋根瓦と同じ方法で土を焼いたブロックを敷いてあり、間の白い部分
は、土間のタタキのようになっていて、白い石に縁取りされている。

  建物はすべて石の基壇の上にのり、南殿・番所は板張りの素地、他の3棟
は赤色に塗られ、正殿以外はとてもシンプルだった。正殿のアプローチの石
段は、ハの字型の平面で先細りになっていて、両側に、手前に大龍柱、奥に
小龍柱が立っている。その石段の手すりに連続して石の高欄が基壇の上にあ
り、シーサーがのっていた。正殿の2重屋根や3ヶ所の龍頭棟飾り、正面の
唐破風や黄金の龍、火焔宝珠、極彩色の獅子や龍の絵の数々は全体としてあ
まり派手ではないが、中国、朝鮮に似た感じである。南殿・番所から入って
コの字に全体を回った。内部は琉球王国関連の展示場になっている。194
5年の沖縄戦で文化財をほとんど失った沖縄にあって、1992年に復元さ
れたこの首里城は、かなり大きな希望を与えたのではないだろうか。最後に
土産物コーナーがあって、子供向けの首里城の解説書や絵葉書を買った。そ
こで、缶ジュースを飲んだが、自動販売機に沢山入っていたシークワ―サー
のジュースにした。簡単に言うと、さっぱりしてやや苦甘い、変わったみか
んジュースだったが、口に合わない人もいるようである。シークワ―サーは
沖縄特有の柑橘類で、和名をひらみレモンというらしい。酢橘(すだち)に
似た形をしていて、沖縄ではレモンの代用品として使うと書いてあるが、味
はレモンと言うよりもみかんである。

  首里城を出て、城西小学校に行った。守礼門のすぐ脇にある通用門は小扉
だけが開いていた。黙って中に入らせてもらうと石畳の通路が首里城公園側
を回っていて、ぐるり外周を歩くことはできるが、建物間の通路や中庭には
門扉があって中には入れないし人気もない。建物は低学年をクラスルーム毎
に平屋方形屋根の建物に分節して、それらを回廊式につなげている。民家風
に重なり合う赤瓦葺屋根の連なりの中に色々なシーサーが立ったり座ったり
している。高学年の校舎は、運動場に面した3階建てのコンクリート打放し
の建物で、ここでも穴明きブロックによるデザインが見られる。こちらの側
も建物間の通路や中庭には門扉があって中には入れない。

  原弘司さん設計のこの建物は1987年に発表され、当時としてはまだ走
りだったワークスペースが、充実した空間として紹介された。トップライト
を備えた吹き抜けが構成する上昇性の豊かな内部空間と、パーゴラや植栽と
共に沖縄風東屋(あずまや)がうまく配置された中庭などの、連続性と意外
性が楽しい学校である。それが体験できなかったのが残念だった。ただ、基
本的な平面計画から複合的空間構成へとどの建築家も頑張っていることが刺
激になる。この小学校の周囲でも、昨日見たような住宅や教会などが随所に
あった。首里社館(すいむいかん)へ戻って休憩し、そこで首里城の骨組み
模型をKが興味を持って見たのを待って、浦添へ向かうことにした。
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2.浦添の美術館にて


  首里社館の駐車場は1日300円(安い!)になっていて、そこから出て
すぐ右折したら住宅街の細い道に入ってしまった。道を間違えたとは思った
が、ぜんぜん慌てなかった。方向感覚は確かだったし、朝、ぐるぐる回った
ので、広い通りに出れば見覚えを頼りにできるはずだった。逆に、また面白
い住宅にいくつか巡り合えた。沖縄の市民と建築設計者のレベルが高いこと
は、この頃から当たり前になりはじめていて、あまり驚かなくなった。首里
の外周を北に回って、儀保という交差点から県道を北向きに走った。この交
差点の近くに菓子屋があって、朝通った時4,50人が並んでいたが、11
時になった今でも同じように並んでいた。儀保交差点辺りには儀保まんじゅ
うや山城(やまぐすく)饅頭などを蒸したてで売る店があるとは、ガイドブ
ックに書いてあったがそこではなかった。人気が毎日のものなのか、旧盆だ
からかと考えを巡らした。

 程なく浦添市に入った。しばらく行くと、市の中心部に近いと感じさせる
商店街があり、儀保交差点にあったのと同じ名前の菓子屋があって、ここで
も行列が続いていた。行く予定の美術館の案内を探しながら走っていると、
道も広くなり5分も走らないうちに浦添から出てしまった。どうも、走って
いると思っていた道と違うらしい。西に走って海側に出ようと考えた。しば
らく走るとすぐ海が見える。どうも地図を大きく見ていることに気づく。地
図を見直そうと止まったが、今どこにいるのかが分らない。横に、浦西中学
校という面白い学校があった。その外観も那覇西高校と同じような感じだっ
た。学校の裏手に階段状の墓地があった。墓もまたコンクリート製らしく、
2m程度の立方体に方形屋根をのせたものが規則正しくびっしりと並んでい
た。

 海側に走ると国道に出た。沖縄本島は、沖縄自動車道以外に縦に3本の国
道が走っているが、真ん中の330号線だった。現在地が特定できなくて、
トヨタの店に入って聞いてやっと理解できた。沖縄自動車道にのる為に作ら
れた高架のバイパスと、旧国道が重なっていて道の区別が地図でわからなか
った。30半ばの男性と女性が親切に教えてくれた。さっき見た浦西中学校
も位置確認に効果的だった。浦添美術館に行きたかったが、ずいぶん通り過
ぎたようだし、あきらめる件を話したら絶対行った方がいいと言う。3分も
あれば行けるといって、目印も丁寧に教えてくれた。そのとおりに行くと本
当にすぐ着いた。

  内井昭蔵さん設計のこの美術館は、美術関係の図書館との複合施設で、体
育館や図書館、市民会館、社会福祉会館などと共に、広大なカルチャーゾー
ンの公園の中にある。氏の作品はどことなく中近東風で宗教的な形態と、グ
ロテスクなまでにしつこい表情の印象が強かったので、話のついでに見るつ
もりだったが大きく予想を裏切られた。

  建物や駐車場は海へ向かって下る斜面地を削ってつくられていて、駐車場
側が1段低くなっている。建物下はピロティーで、日よけコーナーになって
いて、小さな階段を上がってグランドフロアーに出る。建物は、駐車場側か
ら見るとかなり大きく見えていたが、玄関前にたどり着くと軒先が親しみの
ある高さになった。外壁は別焼きの、面の一部が出ているモザイクタイルで、
なかなかいいタイルだった。また、中近東っぽい塔状の3重の屋根の形も意
外に抵抗感を感じない。この建物もまた平屋の文節型の平面計画で、各展示
スペースが個別にトップライトのある屋根を持っていて回廊式に繋がってお
り、建物間の通路、中庭がいい外部空間になっている。特に東側のアプロー
チの植栽、外構は素晴らしい。ゆったりしていて、広すぎもせず、植栽が豊
かでハイビスカスが可愛らしい。首里城で見た、高さ3mくらいのハイビス
カスの生け垣のような大味な感じもなく、ここでは陽射しが気持ちよい。

  中央付近の物見塔はシンボリックで、どのアプローチからも正面に位置し、
その塔の前に行き着いて立ち止まると、管理棟、展示室のロビーが解るよう
になっている。ロビー部は2階建てで、大きな円形の吹き抜けがあり、上部
はトップライトのある3重の塔状の屋根の形そのままの内部空間で、2階を
図書コーナーにしている。玄関庇の高さを2mぐらいまで抑え、2階に上が
る階段も小さくつくっている為、それほど広くない室内が壮大に感じられる
よう演出されている。デザインはかなり違うものの、原さんと平面手法は同
じである。沖縄に媚びないデザインもいいものだとも思った。

  内井さんは別に図書館も設計していたが、見損なった。市民会館、社会福
祉会館などの周辺を回って海の方へ降りる途中に、第一工房設計の体育館が
あって、そこでは高校ハンドボールの県大会をやっていた。昨日、那覇西高
校の練習はこの為だったかと思った。この体育館は、コンクリート打放しの
外壁に金属屋根(恐らくステンレス防水)という現代建築で、全体が沖縄の
民家を大きくした形になっている。山の斜面をがばっと削り取り造成した敷
地に建っていて、公道からは埋まってみえる。つまり、山から海への眺望を
妨げない。外部には住宅の格子を意識したような、ルーバーを兼ねたコンク
リート製の25cm角ぐらいの細い格子を縦横2mピッチぐらいで連続して設
けているが、デザイン上よく効いている。その内側にスチールサッシがあり
そのまた内側、つまり室内に面した部分に穴明きブロックがびっしりと積ま
れていた。1階は、なぜか体育室の入り口扉と思われる部分がベニヤで塞が
れ、円筒形の階段室を2階に上がると、簡単なホールがあって体育室になっ
ていた。ホールの一部はそのまま外部になっていて、その辺りだけに濃いブ
ルーのモザイクタイルが貼ってある。そして、サッシの外側にコンクリート
格子のない部分の窓は、ガラスがすべて取り外され、穴明きブロックの内側
にクロスが張ってある。具体的に考えがまとまらないが、使用上、運営上、
気候の解釈上かなり問題があったらしい様子である。室内全面に穴明きブロ
ックを積んだら、窓の開け閉めやガラスの掃除etc.に関する諸問題はどう解
決されていたのだろう?第一工房という一流事務所がそこら辺の問題をこな
すのは訳もないはずで疑問はつきない。

  1時前になってさすがにお腹がすいた。体育館を後にして沖縄コンベンシ
ョンセンターに向かう為、海沿いの国道58号線に出た。このコンベンショ
ンセンターの近くのピザハウスという店で食事を予定していた。店は想像し
ていたよりも小さかったが、30席程度の小さな店内に5,6人の従業員が
いてマクドナルド風に注文を聞き、1時になっても客は結構多かった。

  東南アジア風のカレーや焼き飯などもやっていたが、チーズをチキンライ
スで俵型に包んで油で揚げたライスボールは好評だった。メキシコ料理タコ
スを春巻きにしたタコス春巻や、Mサイズのミックスピザとペプシコーラを
頼んで、ちょっと変わったランチタイムを3000円ほどで楽しめた。
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3.これが沖縄の海なのか?


  コンベンションセンターの駐車場に車を入れようとすると、年配のガード
マンにどこへ行くのかと呼び止められた。コンベンションセンターですと言
うと、うなずいて適当に止めろという感じだった。この建物は大谷幸夫さん
による設計で、大展示場、劇場、会議場の3棟の建物が、中心にしつらえら
れた池の周りに配置された、巨大な施設である。この建物見学もまた、話の
種にと言う程度のつもりで、トイレ休憩になった。ウェーブした自由曲線の
屋根がダイナミックで、その金属屋根に付随した比較的繊細で手の込んだ装
飾も悪くなく、それらを支える架構は大胆で、アクロバット的である。造形
的にもすごいが、とにかくスケールに圧倒された。劇場では武田鉄也のコン
サートを開演するらしく、扉を完全に閉めて中にスタッフらしいのが何人も
いて、外では10人足らずがたむろしていた。海洋博覧会のイベントもいま
いちと聞いていたし、こんなばかでかい施設が生かされているのだろうかと
いう疑問が湧いてくる。(後日橋本総理の沖縄訪問のニュースで、この建物
の鳥瞰映像がかなり映っていた。存在感に感心した。)

  こういうダイナミックな空間に入ると通り抜けてみたくなる。会議場棟か
ら劇場棟に向けて、中2階レベルにガラス張りのレストランがあり、その目
の前にビーチが広がっているのを見つけて、泳ぎに行こうと言うことになっ
た。車で30分も走ればサンセットビーチに行けるはず!!

 駐車場へ戻って、さきほどのおじさんに施設の利用率は割と高いと聞いた。
どこから来たか、どこへ行くのかと聞かれたので、兵庫県から来てサンセッ
トビーチへこれから行こうとしていると答えた。ここ宜野湾(ぎのわん)の
ビーチも茶谷(ちゃたん)のサンセットビーチほど大きくないがまあまあで、
駐車場もちゃんとあると勧めてくれたので、寄ってみようという事になった。

  ビーチは、このセンターの隣のヨットハーバーの脇から入ってすぐだった。
駐車場はかなり広く、穴明きブロックできちんと舗装されていて、どうもた
だらしい。4割くらい駐車していて、楽に止められた。駐車場から、海は防
波堤で見えず、これを越えて着替える所がなかったら困るので、車で着替え
ていった。防波堤に上がるとビーチは一望できた。この西海に面する馬蹄形
のビーチは、砂浜が少し黄色っぽくて、延長は800m足らずで小さい気が
した。ビーチの北端は、防波堤の幅が100m近い広さで、芝生が一面に生
えていて公園広場のようになっていたが、どうもそこでビーチは終わりらし
い。やしやら南方の植物が沢山生えている防波堤から、砂浜はなだらかに海
に傾斜していて、100m以上ある。しかし、海の面積は小さくて、すぐ先
にオイルフェンスのようなネットが張ってあり、海の泳げる部分は奥行き3
0mぐらいしかない。そのフェンスの先は広大で平らな岩場が露出していて
5,600m以上はあると思われた。遠い沖の方で2,3人がなにやら袋を
持って採集していた。海は浅い水溜まり状態で、波もなかった。ネットまで
行っても水深50cm程度である。そして風呂のように熱い。海草のかけらも
なく、砂には小石や貝殻がほとんど混じっていない。何だ、これは!まるで
池じゃないか。水を飲んでみた。からい!瀬戸内海よりからい。透明感のあ
る小魚がお湯の中で群れていた。

  水着を着て泳いでいる若者は20人程度、ほとんど若い女の子か子供。防
波堤の上辺りで体を焦がしている人4,50人。全体の半分弱がアメリカ人
で黒人もちらほら見える。2,3人の黒人グループで音楽をがんがんかけて
いるのが少しいるが、全体的には静かである。レストハウスが北の方にあっ
て何やら人が沢山出入りしていたが、土産物屋風に見えたし、海に興ざめし
てしまって、サンセットビーチへ行こうということになった。ここはトロピ
カルビーチと書いてあった。早々に引き上げることとした。

  しばらく走り、すぐ茶谷町に入ったかと思うと、3時頃にはサンセットビ
ーチについた。国道は3車線で車は多いが走りやすい。大きな看板に誘導さ
れて左折し、広い道を直進すると駐車場に突き当たった。広い駐車場の先に
施設があって、中央ゲートをくぐってビーチに入った。駐車場では料金も何
も取られず、施設の中のマーケットも安かった。ここへ来るまで色々考えて
いた疑問を晴らす為、レジで店の人に満潮は何時かと聞いた。7時ごろだと
言った。なるほどやっとわかってきた!

  とにかくまず飲み物を買って海辺に出た。が、ここも同じだった。大きさ
はさっきの1.5倍くらいはあるが、泳いでいるのは家族連れ2組くらい。
防波堤で寝そべっているのも20人も見えない。驚くほど閑散としている。
沖縄の海は終わったんかなぁと話した。ここは水際からネットまで50mく
らいはあったが、どこまで行っても水深30cmから50cm足らずだった。
そして海の底は、サンゴの破片を一面に敷き詰めた状態で、痛くて足触りが
悪い。しばらくそこで泳いでいたが、仕方なく無理矢理ネットの下をくぐっ
て外に出た。と言っても、すぐ岩場である。平らに見える岩場は石灰岩で、
かつては珊瑚がくっついていたと思われ、かなりがたがたで足が痛い。しば
らく、かにや魚を見つけては遊んでいたが、4時過ぎ頃からか突然潮が流れ
出した。

 潮は岩場の低い部分をつたわってきて、最初はゆっくりと、しかし、数分
も経たないうちにかなり流れが早くなった。周囲の岩の上にも流れが走り始
めた。潮がざあっと来たような気がした瞬間、どこにいたのだろう、20cm
くらいの何10匹もの魚の群れが一斉に水面を跳ねた。あれっ?魚?

  ふと沖を見ると見える岩場は半分ほどになっていて、白波が岩場の上を這
い始めるのが見えるようになった。岩場の上を潮が流れてかなり歩きにくい。
もっと満ちてくると、流れの急な川と同じで、浮き輪毎さらわれるような気
がして、一旦戻ることにした。ネットの下を潜ってくぐれないGは、石積み
の急な防波堤を1人で上り下りした。

 砂浜へ戻ってみると海の水の深さは1.5倍ほどになっていて、砂浜のビ
ーチマットを下げても下げてもどんどん満ちてくる。思えば、岩場も含めて
延長1kmあるか2kmあるかというような遠浅は経験がない。ビーチへ新
しい海水が入ってくるようになると海の底の方は大分冷たくなってきた。水
深も1m以上になった。しかし、温度の違う海水同士はすぐには混ざり合わ
ないようである。そして、ぞくぞくと若者たちが押し寄せて、5時半頃にな
るとかなりにぎわい始めた。周囲の岩場の水跡から推察すればまだ2m近く
満ちるはずで、満潮になるとかなりたっぷりとしたビーチになるとやっと想
像に達した。これが沖縄の海なんだなあと話し合う。今から思えばトロピカ
ルビーチの方も良かったかもしれない。

  施設の中はシャワー室も更衣室も便所も清潔で充実していて、シャワーは
雨水を貯水しているようだった。100円で3分間、スイッチを1回押すと
20秒ほど出て自動的に止まる。実際には4,5回使うと4人分には十分な
水量だった。
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4.万座毛とバイキングディナー


  6時半頃の夕日を、万座毛(まんざもう)で見たかった。1時間ほど走れ
ば着くだろう。サンセットビーチから58号線に出る手前に、バイパスがあ
ったのでそれを北に走ることにした。軽く海で遊んだ満足感が私達にあった。

 飛行場のある嘉手納を通り、軍用地を仕切る長いフェンスに沿って読谷村
(よみたんそん)を縦断すれば、西海に面して縦に長細い恩名村(おんなそ
ん)に出る。そこからは58号線はずっと西海際を走って名護へと続く。万
座毛はこの恩名村の途中にあって、サンセットビーチから行程2,30km足
らずの道のりだが、地図のスケールアウトと、嘉手納からは道路が空いてい
て信号もなく、普通の走りで30分程度でついた。
 沖縄の現地の人は田舎のゆっくりした走りをする。ガイドブックにはスピ
ード違反で捕まるなと注意書きがあったが、取り締まりは1度も見なかった。
レンタカーの観光客も多くて、皆、自分達の生活に合わせた走りをどうして
もしてしまうものらしい。

  万座毛(まんざもう)は海面からの高さが20mくらいの、一面天然の芝
に覆われた広大な平地で、沢山の根っこが地面から飛び出て空中に自立した、
ソテツのような植物が所々に群生していた。海岸はリアス式海岸のように海
に侵食され、言わば、東尋坊のように海面に近い足元を波に食われた崖っ縁
が連続している。昔、琉球の王がここに来て、万人が座れる毛(もう=座る
所という意味らしい。そう言えば毛氈(もうせん)は座る織物の意味かなぁ
?)だと言ったのでこの名がついたと言う。海岸沿いを回遊して歩けるよう
にしてあり、ビーチと違って波が高い。
 陽はまだ高く、海は沖の方(海水の下に隠れている思われる岩場のもう少
し先)がエメラルドグリーンで、足元の海水の透明度はビーチの比ではなか
った。陽射しは、大きな波の揺れが海水をさらうと、時折水中の岩の上に直
接届く様子で、やはりここにも海草が見当たらない。瀬戸内海で釣りをして
いると、海草のないところに、あまり魚はいないという認識がある。ここで
は、ずうっと沖の平らな岩場の、その沖にあの珊瑚礁と熱帯魚のような魚が
群れているのだろうと考えた。
 しばらく待ったが、まだ日が沈むのに時間がかかりそうである。海岸線を
このまま走るうち、またいい景色があるかも知れないと考えて、ホテルに向
かうことにした。

 万座毛を出た先に、沖縄工芸村があって車を停めた。吹きガラスの工房で
は、実演していた。陶芸、ガラス細工を中心に色んな物を置いていた。Kは
かつて珊瑚の置物を壊したらしい。同じような珊瑚の置物が15〜20万円
していて、茶碗もガラスもいいなと思うものはとても高いのに驚いた。

 6時半過ぎ、念願の夕日を途中で見たが、雲がちょっと邪魔だった。ホテ
ルには7時前に投宿できた。かりゆしビーチリゾート恩名という海を見下ろ
す山の上に建っている大きなホテルで、屋外プールや室内プール、大浴場を
持っている。レストランも和食、洋食、中華、バイキングが揃っており、居
酒屋、バーやカジノ、スポーツクラブ、コンビニエンスストアーもあった。
子供向けアニメ映画の無料上映もやっていた。
 ホテルは2棟あって、5階建の棟の中央のホールがフロント・ロビーで、
全階大きな吹き抜けになっており、客室はその周囲に並んでいた。海に近い
側の棟は、下にレストランがある8階くらいの円筒形のタワーになっている。
フロントも他の従業員も、アーバンリゾートと違ってカラフルな開襟シャツ
を着ていた。那覇の方は都市ホテル風のきちっとしたコスチュームだった。
チェックインして部屋に案内されると、大人用ベッドと子供用のやや小ぶり
なベッドが併せて4つ並び、他にベビーベッドまであった。風呂は独立のバ
スだけのユニットで、便所も洗面も広かった。
 荷物を降ろし、食事に行こうと出かけた。ホールに降りて、ホールから別
棟へ向かうガラス張りの通路から見下ろすと、広い屋外プールになっていて、
周囲にかがり火を焚いてムードを演出していた。

  バイキングは屋外テラスにテントを張ってテーブルを並べていた。生バン
ドの演奏があり、やはり周囲にかがり火を焚いて雰囲気を盛り上げていた。
バイキングは豊富だった。ステーキ、鳥足の焼き物、野菜サラダ、マカロニ
サラダ、何種類かのスープ、魚のマリネ、野菜の煮物、ひやむぎ、ハンバー
ガー、フライドポテト、すいかやオレンジ、パイナップルのトロピカルフル
ーツetc.沖縄の味ではないがそれぞれ悪くなく、好みの軽食もたくさんあっ
た。沖縄の水はおいしい。(沖縄の水は硬水である。)好きなだけアイスク
リームを食べて、何回も水をおかわりした。

  8時に部屋に戻ると、皆泳ぎに行くと言う。私はさすがに行く気にならず
MW達は4人で行った。ホールには人がたくさんいて、水着姿の若い女の子
の姿もちらほら見えた。沖縄の民族舞踊と、太鼓を打ち鳴らして踊るエイサ
ーのショーの為に、従業員が100席ほどのしつらえをしていた。その合間
を子供たちが水着で駆けていくのが見える。
  4人は9時半頃までプールで遊んで帰って来た。(プールは10時まで)
Kはプールの水温が、海と違って気持ち良かったと言った。大浴場へ行こう
とロビーに出ると、丁度エイサーの荘厳な太鼓の音が鳴ってホールの出し物
はまさにクライマックスを迎えていた。和太鼓の音は、日本人の血の鼓動を
刺激する音である。マーチの太鼓よりも、心に、そして血に響いてきて自然
と興奮させる作用がある。エイサー、エイサーという掛け声もなかなかいい。
今日も車から、何ヶ所かでエイサーの練習風景を見た。9月1日に沖縄市で
全県のエイサー祭りをやるらしい。 
 
  コインランドリーで洗濯をした、その待ち時間、11時頃までカクテルを
飲んだ。乾燥機にかけても全部乾かなかった。水着はバルコニーに干し、下
着やシャツは部屋の椅子の上に広げて並べた。窓を開けると、外は真っ暗で
月明かりもない。海に1艚だけ観光用クルーザーが浮かんでいたが、このホ
テルの明かりをわずかに反射していた。
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