目 次 /  NatureLand 9122トップメニュー /  Page3 /  Page5


名 護 市 庁 舎 に 行 っ た 日 ――― 8月29日



1.気持ちのいいアサギテラスで

2.文化が生きるも死ぬも建物次第

3.恋の珊瑚礁では泳げない

4.プライベートビーチとグラスボート

5.沖縄郷土料理を食べる


1.気持ちのいいアサギテラスで


  朝、ホテルのホールでは朝市をやっていて、昨日のアーバンリゾートの朝
市よりは品数も豊富で、ローカルな感じだった。食事は、洋食か和食のバイ
キングの選択だった。昨朝は和食だった。昨晩の余韻も残っていて軽い方が
良かった。昨晩、金がなくて躊躇したフランス料理の方の食堂が会場だった。
レストランの中は、ほぼ満席に近かった。少しきどった店内で、行儀よく食
べている家族が隣にいたが、若干我々には緊張感が欠けていた。オムレツ、
茹で卵、ハム、サラダ、ロールパン、トースト、牛乳とコーヒーを少しずつ
食べたが、味のどこかにアーバンリゾートや昨晩のバイキングと同じものが
あって何か満たされなかった。KとHは牛乳が美味しいと言って飲んでいた。
少し寝足りなかったのか、食が進まない。

  8時頃までレストランでゆっくり食事した。新聞も置いてあったので読ん
だ。今は、テレビも新聞も基地問題一色で、沖縄に来て以来他に気になった
事件といえば、我々が覗いてまわる公共建築物に捜索願いが貼ってある、帰
宅途中に連れ去られた15才の女の子の事だけだった。

  8時過ぎにホテルを出た。今夜もこのホテルに泊まることが、うれしい者
もいた。車にはたっぷりと露がついていた。玄関に車を回すと、大型バスが
2台止まって塞いでいて、学生の団体も結構多いみたいである。車に乗り込
むと、グラスボートの利用方法をフロントで聞いてきたと言う。この旅行の
サービスで子供は無料と聞いていたが、大人もこの旅行代金に1人250円
足すだけで全員乗れるらしい。それに夕方まで適宜利用できるとのこと。

  また、国道58号を北に走る。海沿いがきれいで、名護の手前で国道に車
を停めたまま皆で海辺へ降りて写真を撮った。沖に岩場があるせいか貝殻の
数は少ないが、たいていやどかりが入っていた。じっと見ていると動き出す
のが面白い。
 20分ほどで名護の市街地に入り、国道に沿った市道を走ると、名護市庁
舎の独特の風貌が目に入った。正面から乗り入れて駐車した。ちょっと道草
を食ったせいで、市役所が業務を開始する時間になっていた。思ったよりも
規模は小ぶりで(市が小さいのだから当たり前である。)北側前庭は芝がき
れいな広場だった。どうも沖縄は天然の芝に恵まれているらしいが、芝生に
入らないで下さいという標語に洗脳されていて歩きづらい。

  北面から南に向かって、建物は徐々に高くなっていて親しみやすい面構え
を見せ、北庭に面してアサギテラスが雁行して連続しながら建物にくっつい
ている。このパーゴラを、ブーゲンビリアがツタのように覆って、木陰をつ
くり出しているアサギテラスの奥に、市の職員がデスクワークしている姿が
見えて、ぱっと見には入り口が分かりづらい。しかし、よく見ると玄関扉ら
しき物が見えてその周囲が黄色やピンクの市松の模様に塗られているのでこ
こが入り口かと分かる。神戸や大阪の市庁舎だと、権威主義的な石張りのロ
ビーがあって、多少うさんくさいのも出入りしているので、警備員(これを
ガードマンと言ってはいけない何かがある)がいても、これはオープンな公
共の場所なのだ、と自分に言い聞かせて写真を撮ることができる。しかし、
ここでは邪魔をするなと言われそうなぐらいオフィスが外部に対して直接的
である。だから、企画課へこの建物のパンフレットを求めることにして、移
動しながらフラッシュをたかずに外観の写真を撮った。

  建物の南側に議事堂へのスロープが張り出していて、ダイナミックなフォ
ルムにつられて登っていった。建物全体は、基本的にフレームを強調したデ
ザインで、独立の柱も外壁もコンクリート打放しの仕上げに深い目地をきっ
て、ピンクとコンクリート色に交互に塗り分けて、ブロックを積んだように
見せている。北面の、アサギテラスから徐々に高くなっていくフレームのデ
ザインに対して、南側(海に面した側)はすっぱりと3階建てで、シーサー
がたくさんついている。56体あるらしい。その姿が可愛かった。色々なポ
ーズがある。阿吽(あうん)はどうなっているか、さっぱりわからない。

  ぐるぐる回った後、アサギテラスで缶ジュースを飲んだ。しっぽがカラフ
ルなトカゲを追い回したりして、気持ちのいい木陰空間を過ごした。建築的
には、この建物が今回の私のメインディッシュだった。沖縄の建築は台風、
日射、降雨etc.のきびしい自然から人間を保護することが命題となる。それ
らを工夫した手法は、住宅や学校でこの2,3日見て来ている通りで、ここ
のアサギテラスや、南側の穴明きブロックの手すりの回ったバルコニーもそ
の解決策に他ならない。風の道と名付けた大きな風洞がオフィスにあって、
効果的なのも理解できた。通常、我々は南側の日射の調整を工夫し、南側を
より快適にしたいという習慣があるからか、北側のアサギテラスにどことな
く「ウラ」を感じる。しかし、ここでは北が正面になっていて、南には玄関
はなく、多少控えめな感じの「オモテ」として扱われている。また、太陽高
度が違うからか、北側のテラスにもよく日があたる。海風の湿気が多くても、
沖縄の日陰は結構気持ちいい。それをこの木陰空間で味わうことができた。
TOP

2. 文化が生きるも死ぬも建物次第


  この市庁舎の南側、58号線を挟んで名護市民会館がある。二基建築設計
室設計のこの建物は、コの字型の平面の中に文化会館、児童センター、福祉
センターなどの機能をもつ大きな複合施設で、コの字の開かれた庭が、南側
名護湾に面して大きく開放されている。東側の劇場は開口のない間口36m、
奥行50m、高さ25mの巨大なコンクリートの固まりで、朝、58号線を
北上してきた時から、その遠方、海岸線上にシンボリックに見えていて、一
体あれは何だろうと我々に思わせたそれであった。この建物もまたコンクリ
ート打放し仕上げである。

 この建物も北側が「オモテ」である。北側正面は建物幅104m強、高さ
10m強の大壁面全体から、3m手前に列柱を2m50cmの間隔で配し、大
梁と4段の水平ルーバーで繋いでいて、そのスケールは壮観である。2階の
連続したバルコニーは少し奥まった格好で、ここでもまた穴明きブロックの
デザインがある。この外観は西側にそのまま連続している。
 南側のコの字型に挟まれた中庭に面する部分には、2階に穴明きブロック
の手すりをもつテラスをぐるりと回し、それを覆うようにコンクリートのパ
ーゴラを付けていてそのパーゴラの列柱とフレームが気持ちのいい影を落と
していた。南側は大きく開放されていて広い芝張りの広場に、換気塔らしき
小さい突き出しが1つあるだけで、海の方を向いて潮風に吹かれていると、
大海とこの空間が対話しているようなスケールの大きい密接感を感じた。

 何か、海の彼方から渡来してくるであろう文化を受け入れ、またこちら側
から文化を発信するようなつながりを感じさせる。配置計画に精神性を感じ
た。

  この名護から北の沖縄本島北部の地方がヤンバルクイナで有名な山原(や
んばる)である。

  11時までその辺りを散策し、海洋博覧会が開かれた沖縄記念公園へ向か
うこととした。そこには大きな水族館や海洋博物館や植物園があり、周囲に
はビーチもあって、夕方まで遊べる予定であった。経路としては、このまま
海沿いを走ってもよいが、今帰仁村の方を通ってもよかった。名護の市内か
ら、道路には記念公園への案内板がかかっていて、国道58号線を北へ右折
するようになっていた。直進の方が近いと思えたが、どうも地図で読み取る
道路の広さと、実際とが違うようで、案内板に沿って今帰仁村の方のコース
とした。道路は広く走りやすい。

  やんばる亜熱帯植物園の横を通ったが、記念公園のことを思い、寄らない
ことにした。ここを過ぎてすぐ、沖縄記念公園への整備された道路があり、
まっすぐ58号線を北上すると、今帰仁村の入り口を示す表示があり、穏や
かな羽地内海(はねじないかい)が目の前に広がった。名護からここまで7,
8kmで、この本部(もとぶ)半島を1周するのも小1時間あればできるよう
だった。今帰仁村市街地への近道を抜け、半島の外周、海側を走る505号
線を少し行くと、道路の左手に今帰仁村中央公民館があった。

  この公民館もコの字型で南側に中庭を持っている。平屋建て、延べ145
0u程度の比較的小さい建物だが、夥しい数の列柱を2m25cmピッチで配
し、その上に両流れのコンクリートスラブを乗せた形になっている。その列
柱の奥まった所に9m角の部屋やコーナーを8ヶ所と、それより2周り大き
い講堂を1室設けたもので、内部はどこも暗くて汚い。中では、象設計集団
の呼びかけによって集まった20代の男女が10数人、屋根の木製トラスの
補修を終えて清掃・片づけの残りをやっていた。彼らの1人がワークショッ
プとして全国からボランティアで集まったといった。1977年に発表され
たこの建物は、象設計集団の出世作で当時芸術選奨文部大臣新人賞を受賞し
ている。沖縄の民家に特有のアマハジ(天端、雨端などの当て字を書く。住
宅の内外の緩衝的な部分を指す)に似た空間を造ったとわかりにくい理論を
雑誌に展開していた。それが建築学的意義を持つかどうかはともかくとして、
建築的な感動が起こって来ない。新築当時はまだ見れたかもしれないが。

  ツタが覆っているはずの屋根は、新築当時の写真よりはツタが増えてもの
の、想像したほどではない。ここに来て、改めて名護市庁舎の成功をしみじ
みと感じる。私個人の偏見が多いことを承知した上で言うが、特性に理屈上
の意味を与えられた空間よりも、万人がスムーズにその価値を体感できる空
間の方が、空間にとっても生きがいがあると思われるのである。建物の内部
にも、開かれた南側の中庭・広場にも、当初、施主や設計者が予定したであ
ろう生活・文化活動の痕跡が見当たらないし、その開かれた中庭の先からも
何の匂いも感じない。多少、雑然としていても、生活や芸術文化の発信地で
ある仕事場には、多少なりとも何かしら興奮を促す匂いが感じられるもので
ある。

  この建物と直接的には関係ないが、かつて建築史上に有意義な主義・思想
を位置付けんと、空間や造形に難解な意味付けを持たせようとした行為がも
てはやされた1つの時代は、ポストモダンが成り行きまかせに消滅していく
のと共に終焉を迎えたと確信している。理屈に無理のない安藤忠雄さんや谷
口吉生さんの造形力の勝負などもとどめを刺した一因と感じている。
TOP

3.恋の珊瑚礁では泳げない


  昼も近くなり、行き当たりばったりで飯屋に入って、地元料理を食べよう
と話し合った。また、ここ沖縄へ来て感じていた、ビーチ以外で珊瑚礁を泳
げるような場所は本島にはないのかという疑問を晴らそうということで、適
当な所で泳ごうということになり、飯と泳ぎの後先は問わないこととした。
 しかし、今帰仁の国道には食堂が見つからない。本部半島の北側の海だと
泳げそうな場所が有るかも知れないと考えて、国道を外れて小道へ入ってみ
た。民家もあるし、サトウキビ畑の間にあぜ道もある。曲がりくねりながら
海へと抜けていくと、コンクリートの防波堤の前に空き地があり、漁船が1
艘停めてある個人の停泊場らしきものがあった。空き地の反対側にはペンシ
ョン風の建物が3棟並び、そのペンションとセットの利用地らしかった。

 誰か泊まっているようで覗きはしたが、出て来て何か言う風でもなかった
ので車を置いて防波堤の間から海に降りた。降りて見回すと東は岩場で、西
は湾になっており、防波堤があっていくつかのペンションらしいのがあった。
  砂浜があるにはあるが狭くて、生活排水もあったので岩場を東の方へずっ
と歩いて回った。

 少し広い砂浜になった。海岸は砂浜から5,6mの高さで、海水に激しく
浸食された切り立った崖になっている。鍾乳洞を削り取ったような断面で、
穴の隙間を通って上へ登れそうであった。言わば、万座毛のミニチュア版で
のような感じ。砂浜の奥行きは15,6mで、リアス式海岸状のでこぼこし
た平面形で延々続いている。瑞々しく、つい先ほど潮が引いたばかりという
ような水を含んだ感じで、崖の上を見ると植物が下を覗き降ろしている。
 遠い方に歩く人影も見えた。崖からやや離れて独立して立っている巨岩が
2,3ありその間を抜けて歩いた。岩の高さは海岸と同じで、てっぺんは植
物で覆われているが、足元は4方削り取られて、まるで気球のアドバルーン
の部分のようである。そして、引き潮の今、真っさらの砂浜は新雪のように
きれいで、貝殻も海草も砂利もなく、さくさくと我々の足跡だけが残る。
 砂浜のすぐ際から始まる岩場は、ずっと平らで300mはありそうに見え
る。

 岩場の間で着替え、海に入った。岩場のできるだけ向こうまで行こうと歩
き始めた。水深は30〜50cmで浅いが岩がでこぼこで痛くて歩きにくい。
わざと水に浮いて進もうとするが、あまりに浅瀬でGの浮き袋に穴が開いた
らしい。ここにも岩の間に珊瑚のかけらがある。たくさんのなまこやうにが
住んでいて、歩くと何か踏んだらしい感触にぞっとする。
 行けども行けども着かない気がして、振り替えると砂浜から150mくら
い来たらしい。やや岩が少なくなって、水深1m弱の岩の間についにちゃん
とした生きた50cmくらいの珊瑚を発見した。潜ってじっと見ると、いる!
いる!黄色の縞のくまのみや黒い小さな魚が珊瑚の間にいっぱいいる。そし
て、近くにもそういうのが幾つかある。魚たちが逃げない。その辺りからど
うやら珊瑚礁が始まっているらしい。でもいかにもとげとげしい珊瑚の中を
それ以上歩いては進めない。

 しばらく遊んでいるうちに潮が動いて来た。海岸までの距離もあり、昨日
のビーチの経験から恐怖感に襲われた。慌てて戻ったが、足の届く浅瀬とは
いえ、浮き輪に半分頼っていたGは30mくらい東に流された。海岸でなま
こやうにと戯れて、わずかな貝殻を拾って1時間程度でそこを後にした。

  サトウキビ畑を抜けて国道に戻った。点在する民家は平屋で小規模の寄せ
棟で、ほとんどが赤瓦を葺いたものかセメント瓦を葺いたもののどちらかで
ある。離れらしいのもなさそうで母屋を防風林がぐるりと囲っている。多少
の集落も防風林の上に屋根が乗っているような家並みで、ちらちらと屋根の
下の様子が垣間見えるが、全体に建具の嵌まった縁側のようになっていて、
中には壁全体をブルーのペンキで塗ったような派手なアメリカ風なものもあ
った。廃屋らしいものを見ると混構造で、木造の家屋だったものの部分が壊
れると、できるだけより頑丈になるように、コンクリートやブロックで補修
しているようである。

  食べる所が見当たらないうちに沖縄記念公園に着いた。やっと、飯にあり
けるはずだったが、何と休園日だった。道路沿いの駐車場の入り口からシャ
ットアウトしていて全く近づけない。仕方なく、そのまま車を走らせたが結
局海沿いにぐるっと回って、名護付近まで戻った場所でファミリーレストラ
ンと看板のあったホテルのレストランで昼下がりの名護湾を眺めながら食事
をした。我々はチャンプルー定食を食べた。チャンプルー(野菜炒め)には
ゴーヤ(にがうり)も入っていて、あっさりしていた。お子様ランチもから
揚げなどの普通の盛り合わせに、Gの口に合わないシークワ―サージュース
がついていた。
TOP

4. プライベートビーチとグラスボート


  国道を走っていると、道沿いに墓があった。孫悟空の頭にかぶったわっか
を少しシンプルにしたような平面形の、ブロックかコンクリートの墓で非常
に大きく、骨壷を収めるか献花するか目的は知らないが中央に扉らしき部分
がついている。大きいので、もしかしたら土葬も火葬もせずにピラミッドの
ように埋葬するのかしらとも想像した。大きさもデザインも違いはそれぞれ
にあるし、造られた場所(墓が向いている方向)もやや様々である。

  2時半過ぎにはホテルに戻った。干しておいた物を片づけて、ビーチに泳
ぎに行った。ホテルのバイキングレストランの屋外ガーデンの横に、送迎用
小型バスが来てくれる。それでビーチまで降りたが、ホテルのプライベート
ビーチとはこんなに小さいものかと思わせた。ここには、売店も更衣室もち
ゃんとあって、砂浜には椅子とパラソルも並んでいる。そしてプールまであ
る。海はフェンスまで行っても水深は大人の胸の下だったが、沖に岩場はな
く水温は適当だった。しかし、海は薄汚れていて足の下は珊瑚のかけらだら
けだった。

  沖縄は女の子の3,4人の旅行者が多い。その中には男達が顔や性格を識
別する判断力をなくすくらい露出度とメイクを高めた女の子たちが、アホみ
たいな日本の男の子やアメリカ兵と思われる外国人の男などを、姿態で寄せ
集めては選別する様子はこれまでもビーチの至る所で見かけたし、ここでも
同じである。じっと見ていると、これは結構面白い。しきりと声をかけるの
は男だが選別は女がする。女性が異性を挑発する度合いが尋常でなくなると
男は選択肢を失い、(つまり、女なら誰でもよくなる)たくさん群がって来
た男に対して、女に選択権が発生するという日常とやや違う。日常生活を離
れて彼女たちは大胆になる。但し、そういう観察が楽しめるのはビーチだけ
である。

 ホテルでは観察者側も日常的感覚に戻る。ホテルではそういう旅行者の彼
女たちが見せる、朝食時の寝起きで化粧のりの悪いふやけた顔や、就寝前に
酔ってだらだら歩く姿・・・。地元の人にはかなわない。髪が黒くて彫りが
深くまゆの濃い、いかにも沖縄という顔をした女性たちの、素朴で力強い顔
立ちや姿勢は人の美しさを感じさせる。特に働く「おばあ達」はすごい。

 帰ってから、アイヌ民族に似たような印象のその顔立ちは、縄文人の顔立
ちの名残だと教えてくれた人があった。そういうのと比較して、繁栄の中で
古代のギリシャの知的な顔立ちを無くしたギリシャ人ように、日本も日本人
らしい顔つきを無くしていくような気がした。

  海に入ってしばらくしてグラスボートに乗ることにした。順番待ちはすぐ
だった。(かっこいい)男の子の運転するジェットスキーに1人ずつ乗せて
もらうやつや、5,6人を円筒形のゴムボートに乗せて、ジェットスキーや
モーターボートで高速で引っ張るドラゴンと呼ぶやつなど、マリンスポーツ
(どこがスポーツなのだ?)なるものが若い女性や子供の人気の的で、グラ
スボートと呼ばれるものはまるで“じじばば”の趣味だったから。

  しかし、これは圧巻だった。3グループほど乗って少し沖に出るだけで、
Hは大喜びだった。私とKにとっては、つい6日前に工事中の明石大橋下を
経由し、洲本沖、垂水沖の明石海峡での釣りを楽しんだばかりだったが、船
の底の景色は未経験だった。ガラスには、最初徐々に澄んでいく濁った海水
に、珊瑚の夥しいかけらがぼんやり写っていたが、うにが群れる砂地に変わ
り、水も透明度を増したかと思ったとき、急に深くなって珊瑚礁の岩場にな
った。2,300mも来たかなと思うぐらいの近い距離である。大小様々、
色とりどりの魚が、すごい数群れていて壮観だった。Hは覗きガラスの側面
に書いてある魚の絵と、次から次へ姿を現わす魚との照合をしていた。不思
議なくらい岩場と砂地が交互に訪れて、それぞれ幅10m足らずで入れ替わ
る。岩場は急に上昇して、沖にも関わらず水深2mぐらいしかなく、珊瑚が
びっしり付いている。砂地は珊瑚のかけらだらけで水深25〜30mくらい
あると船頭が言う。それが昆布のひだを縦にしたように繰り返し連続する。
その地形の凹凸が迫力があった。
 魚は珊瑚のついた岩場を中心に群れていて、船頭の投げたウェハースの餌
に池の鯉のように群れて食いついた。中には5,60cm近い大物もたくさん
いて、海面を飛び跳ねるやつもいる。根がかり覚悟の釣りならば入れ食い間
違い無しで、私とKにはある意味で魅惑的な体験だった。最初乗り込んだ時
餌が100円と書いてあり、見えもしない撒き餌の何が面白かろうと思って
いたが、こんな網もない海洋牧場も存在するのだと驚いた。約20分ほどの
ショーはあっと言う間に終わった感じだった。
  プライベートビーチは7時までとなっていて、船を下りてからは最終送迎
バスがでる6時半まで浜辺のプールで楽しんだ。
TOP

5.沖縄郷土料理を食べる


  7時過ぎにホテルに戻り、シャワーを浴び直して着替え、食事に出ること
にした。今朝、名護に着く手前で、国道58号線沿いにファミリーレストラ
ンや郷土料理のレストランを数軒探しておいたので、そのどれかに入ろうと
いうことになった。店の雰囲気を見ながら走って、結局名護の市街地に入る
道分かれの手前にあるレストラン(海鮮という大看板があったが店の名前を
覚えていない)に入った。店内は地元の穀物、野菜、薬草、乾物類、瓶詰め
が入口横からところ狭しと雑然と並び、まるで八百屋に入ったようで、左手
奥に20人程度が座れるだけの3,4個のテーブルがあって、満席かなと瞬
間思わせたが、その奥が座敷になっていた。
 店内には肉類のショーケースもあり、ソーキそばに乗せるスペアリブや豚
足を煮込んだような匂いと薬草の香りが混ざったような匂いがする、古い中
華料理屋のムードに似た食堂だった。客は結構入れ替わり入って来て、地元
ではちょっとした料理を食べさせる店といった風だった。若者たちの12人
くらいのグループが横に座った。彼らは関西なまりで、簡単なそばなどを食
べて嵐のように去った。

  何種類かの沖縄料理が小鉢に入ったフーチバジューシー(よもぎの炊き込
み御飯)付の定食とアシテビチ(豚足の煮込み)を私とMWとGは頼み、K
はトンカツそば、Hはソーキ(牛肉のスペアリブ)そばを頼んだ。ここでも
泡盛を飲んだ。そばはきしめんを固く、丸太くした感じで少し縮れている。
味は淡白で片栗粉を固めたようだ。汁はカツオだしの薄味でわずかに醤油の
味がする。何か薬草のような野菜が入っていて、その匂いも混じった変わっ
た味で、味の何となく足らない所をトンカツやスペアリブに独特の強い味が
あって補っている。泡盛か何かを使っているようでもある。
 我々の定食はMWは喜んで食べたが、私はイナムドゥチ(椎茸や豚肉、あ
げ豆腐、ハンペン入りのあっさり味噌汁)とフーチバジューシー以外は口に
合わない。私にはまるで精進料理であった。スヌイ(太くてごわごわしたも
ずくの三杯酢あえ)や他の豆腐と野菜中心の煮物は、まるで薬草の料理であ
くが効いていて苦いし、大味な魚の刺し身もごま味噌であえて食べさせた。
 逆に、MWは食べなかったがアシテビチはあっさりしていて美味しかった。
どれもかなりの量があった。

  泡盛は度数が高くて酔いも早い。どの店でも氷と水で割って飲めと進める
が、ストレートで飲む方が香りも直接的で、深く酔うほど甘さを感じるジン
に似た良さがある。そして何よりもいいと思ったのは、酔い覚めの不快さが
ない。起きていても、寝てしまってもすうっと知らないうちに無くなって行
くようである。よくできた酒だと感心する。

  沖縄は長寿国だと言われるが、これらの酒や料理を見るとごもっともと思
う。ちなみにオーダーが通らなくて助かった(量が多すぎて食べきれなかっ
た為)のだが、何か魚料理をと言うとハタがあると言うので、塩焼きに、と
言ったらしませんと言う。味噌汁か、唐揚げですと言う。確かに、沖縄で魚
の塩焼きは目にしなかった。帰ってから、私の母いわく、昔からの無医村の
知恵ではないかとのこと。母によると、昔、和歌山の漁師も、とれたての魚
を刺し身で食べず、毒消しになるものと合わせて調理したらしい。

  5000円ちょっと払ってホテルに帰った。ホテルではまたエイサーをや
っていた。部屋へ帰ると、またしてもプールに行くと皆が言う。10時前ま
で、かがり火を焚いたナイタープールで私も一緒に泳いだが、なかなかいい
ものだった。プールのホテル従業員はアルバイトの男の子達で、Gには親切
だった。面倒見よく接してくれた。疲れてプールサイドのベンチに座ってい
ても、酔い覚めが気持ち良かった。

11時前就寝。水遊びの1日の終焉はくたくただった。
TOP

目 次 /  NatureLand 9122トップメニュー /  Page3 /  Page5
ご意見はこちらへ