越後くびき野 近未来ビジョンへの「道」 > 大愚コラム >役員所感
2002年3月13日更新

役員所感

ビジョン策定特別委員会
委員長 永島善樹

この原稿に向おうとした矢先、アメリカ合衆国において同時多発テロ事件が発生しました。第一報からテレビの前に釘付けとなり、生中継で映し出される惨劇には、そこはかとない恐怖を感じざるを得ませんでした。

冷戦後の世界情勢の見方、あるいは21世紀の国際秩序のありかたについては様々な考え方があるでしょうが、文明と文明の衝突、民族紛争の存在を抜きにしては語ることはできないものだと思います。

日本周辺に目をむければ、東アジア諸国は政治、経済の形態が様々であり、言語にしろ宗教にしろ、異質なものが隣り合わせている状態ですから、かなり複雑な地域といえるでしょう。

様々な問題で荒れ狂う大海のような21世紀初頭の国際情勢を日本はどのように進んでいくべきか、ましてや国内にも多くの問題を抱えつつ、どのような進路を見出していくか。我々もその舵取りに何らかの責任をもって、様々な局面で判断をしていかなければなりません。人間であるから、強い主張に感化されたり、あるいは多数に流されたり、一時の感情に支配されることもあるでしょうが、確固たる信念をもたなければならないと思っています。

昨年の夏、小泉首相の靖国神社参拝について、賛否両論がありました。私にはどちらがいいのかわかりませんでした。諫早湾の問題もそうでした。水門を開けるべきかどうか。もっと個人的な話でいえば、将来、我が子にTVゲームや携帯電話を買い与えないつもりですが、多少悩むところもあります。

マスメディアの発達により、様々な論評やニュース解説などをふれることができますが、よくある結論は「国民一人ひとりが真剣に考えなければならない」あるいは「議論しなければならない」というものです。知識や情報は昔よりも手に入れやすくなっていますが、どんなにIT化が進んでも判断は自分の頭で行なうしかありません。その判断する力というか、モノサシは自ら勉強しないと作れないと思っています。日々起こる事象だけを追い、速効的な方法や手段を求めるのではなく、もっと観念的なもの、目に見えないもの、歴史的な知恵などを勉強したほうが、判断の助けとなると思います。

JCの世界には「地球市民」という言葉や、最近では「LOM主権」という言葉があります。何となくわかったつもりになりやすい言葉でありますが、一度疑ってかかったほうがいいと思っています。それらの言葉のうち最大たるものが「まちづくり」なのかも知れませんが、自分の言葉でそれを説明できるようになるまでは、気をつけて使うべきだろうと思います。

最近は情報を手に入れた段階で思考を停止してしまうような風潮と、知らないことについては口を出すべきでないという風潮が強いように感じます。どちらも個人の意思の表現を抑制するようなものだと思います。インターネット上の掲示板も、活発な議論が交わされているかのように見えてもその匿名性により誹謗中傷が絶えません。それでも表現しなければ何も始まらないわけで、先に書いたことと矛盾するかもしれませんが、失敗を恐れず表現する姿勢も大事だと思っています。

解決すべき課題は複雑で、それを理解して自分なりの意見をもつには色々と勉強しなければならないわけで、今年一年しっかり勉強しようと思います。

(以上)