これまでのあらすじ
委員会の実質的なスタートは茶道体験。門外漢ながら「これぞ日本文化の総合芸術」と着想したため。いきなりハイレベルなものに飛びついてしまったものだ。一度きりの体験でわかるものではないが、その深淵を垣間見ただけで圧倒されてしまった。
岡倉天心『茶の本』は体験後に読まれるべきであろうし、また「利休七則」や「和敬清寂」など勉強になりそうなことは山ほどある。知れば知るほど「もてなしの心」とは軽々しく口にできない心境だ。斎京先輩ご夫妻、直江津信金茶道部の方々にお世話になりました。
恒例の京都会議。しかし茶道を体験した目でみるとかなり違う。庶民的な店で寿司をたいらげると皿に俳句が現れ、季語は冬。お店の人に訪ねたら、夏には夏の句の皿を出すとのこと。
日本の美は圧倒的な自然観察と大胆な省略。不完全な美が「侘び寂び」と知る。全てを表現しきらない、不完全の部分を観る者が想像し、そこに自己を投影する余地がある...。
奈良まで足を運び、仏像彫刻の面白さを知る。それがきっかけで仏教の世界観に興味が出てきた。
地域のビジョンをつくる上で、この「第一義」という言葉は避けて通れようか。あらためて勉強してみると、言葉そのものの意味よりも、なぜ謙信公がこの言葉を大切にしたか、その経緯のほうが重要と知る。林泉寺の笹川住職にお世話になりました。
一方に「無我」「無欲」「無常」という仏教的な考えがあり、他方「ビジョン」という理想、欲があり、この2つをどう関係づければよいのかわからず、2月例会講師の小田全宏氏に質問する。答え「物事をあるがままに受け止めるといっても意味は深い。人間なかなか欲は捨て切れない。キリストや釈迦でさえ、人々を救いたいという大きな欲があったのではないでしょうか。」
日本の一地方の将来も世界情勢とは無関係にいられない。S・ハンチントン『文明の衝突』はかなり分厚い本だが、その後に新書版で読みやすいものが出て、これを委員会のテキスト第1号とした。
これとは別な見方の本を探しているうちにF・フクヤマの『信無くば立たず』という本と出会う。これは彼の前著『歴史の終わり』に続く経済版と呼ばれるものだが「信頼」をキーワードに世界を斬っている。確かに「信頼の崩壊」というのは現在社会を表すキーワードと思う。
地域ビジョンといっても結局は「一人ひとりの生き方の問題」だとの思いがある。先ほどの「信頼」については郷土の誇り、上杉謙信の生き方から学べるのではないかと思い、 林泉寺の笹川住職、そして 永見完治先輩からお話を伺いました。
戦国の武将は手柄のあった家臣に土地を与えるが、謙信はそれをせず、もともと領土的な野心がなく、家臣に与えるのは名誉だけ。武力や経済力だけの人だったのではなく、根底には宗教心があり、芸術文化面にも秀でていた。「信頼」についてはどうもその辺に答がありそうで、特に宗教的側面を見なければ謙信公という人物をとらえることはできない。
また今に伝わる美談や武勇伝が全て歴史上の事実かどうかわからず、それだけを見て理解した気になるのも危険である。とはいっても充分魅力的であることに変わりない。
櫻井よしこ『憲法とはなにか』をテキストに。護憲側の著作としては大江健三郎、井上ひさし等あるにはあるが....。各論ではどこまでいっても結論が出そうにない。塩野七生さんの「まず96条のみ改正すべき」に共感する。
米と水は日本人にとって、単なる食糧を超えた精神的な物質。それを原料とする酒もそう。
小林元先輩曰く「酒はくびき野の宝」「本物の酒を知らずに過ごしてしまう人が増えるのを危惧している」と。これは酒以外にも当てはまる。それを宝と感じるか、単なる酒と感じるか。さらにいえば、我々は単なる住民なのか主権者なのか。心がなければ見えるものも見えず。
以上、これまでに実施したこと、考えてきたことをご紹介しました。まとめると「自然には逆らえない」などの簡単な言葉になりますが、それを導き出す経緯が重要だと思っています。一見脈略のないことをあれこれやっているのはそのためです。今後も 「和菓子づくり」や「乗馬体験」など予定しておりますが、当委員会はレクリエーション委員会ではございません。お里が知られないよう、まだまだ勉強は続きます。