
世界で唯一の象専門病院“Elephant Hospital”では、日夜を問わず運ばれてくる病んだゾウさん達の看病に追われています。人の手助けをし、そしてその人の手で傷つけられたゾウたち、森に仕掛けられた罠に陥り大怪我をしたゾウ、ハンターに頭を打ち抜かれた子供ゾウなどが悲痛な叫びを挙げています。
左に示す写真は生後3カ月で母親を失った“ウンパーン”君です。ゾウも我々と同じく生後1年程度は母親の母乳で育ちます。ところが何らかの理由で母親からの授乳が受けられなくなると、それは子ゾウにとって死を意味することになるのです。

上左のゾウは左目の上を密猟者に打ち抜かれてしまったパイバーン君です。病院に収容されたときは虫の息であったということですが、今ではこの通りすっかり元気になり、世話係のブル君と大の仲良しです。
上右のゾウは衰弱しきったパイバーン君です。現在1歳と3ヶ月です。彼は幼い頃に母親と生き別れ、授乳を受ける機会さえ得られず衰弱しているところをスタッフに見付けられ現在療養中であります。獣医のDr.プリーチャーが毎日様子を見に来ます。大嫌いな治療の日です。ところがどういう訳か今日はおとなしく点滴を受けています。世話係のトンコムさん(写真左)がいうには、ゾウというのは大変頭が良く、痛い治療を初めは嫌がるが皆が自分のために治療をしてくれているということを理解し、治療すれば自分が健康に戻れることを知るや、暴れることは止め皆に親近感を感じ始めるというのです。その他にも親子愛、仲間意識というものが人間並みに勝っているということです。ゾウは一度やられた仕打ちは一生涯忘れることがないようです。逆に親切にされたことも忘れないということです。
![]() | ウンパーン君のリハビリ大作戦 弱り果てていたウンパーン君もこのままでは足腰がダメになり寝たきりとなってしまう可能性があります。そこでDr.プリーチャーが考案したリハビリ施設です。施設とはいっても人海戦術で作り上げるわけです。まず現在彼の寝ている小屋の脇に深さ1.5m、幅2.5mの片側に斜面を有する溝を掘ります。溝の中には水が満たしてあります。いわゆるプールを作ろうというものです。そしてクレーンでウンパーン君を吊り下げプールまで運び、そして吊った状態で彼に歩行訓練をさせようというものです。人間のリハビリと同じであります。計画が練り上がってから一日で完成しました。 |
病院で働く人々は全員がタイ人で、獣医さんを始め多くのボランティアの力で成り立っています。しかし、皆が言うには、今の若者は自然やゾウさんなどには興味を見せず、新生活に憧れ都会へと出てしまう若者が本当に多いとこぼしています。ましてやゾウに使える仕事(飼育係や、掃除の世話係等)は汚い仕事として仕える人もいないのが現状であるとのことです。
![]() | 創設者のソライダ女史とDr.プリーチャー
忙しい中を時間を割いて我々と象の将来について語ってくれた。彼女自身足が悪く、歩くときには杖を使う状態であるが、毎日精力的にタイ全土を駆け回っている。昨日はチュラロンコーン大学で象について4時間も講演をしてきたと笑っていた。 Dr.プリーチャーは酒を飲まないときはいたって不機嫌そうな顔をしている。初めてお会いしたときには何で怒っているのだろうと心配したものだ。彼はオフィシャルでは森林局の役人である。いつもは制服姿に帽子を被って役人を演じているそうだ。 | |
Dr.プリーチャーという人間について:
現在48歳、タイとカンボジアの国境近くで生まれ育った。我々を迎えにチェンマイまで車を飛ばしてやってきてはくれたが、お互いに顔も知らなければ名前も知らなかった。結局、約束の時間に約束の場所で会えなかった。我々の訪問を知り快く出迎えまで引き受けてくれた(決して我々が要求したのではないのですが…)のに互いのいい加減さが彼に無駄な時間を浪費させてしまった。そんなこんなで彼の機嫌が悪いのかと思ったが、ある日、我々が象使いの特訓から病院(我々は病院事務所の2階の板の間に宿泊していた)へと戻ると象使いの一人が“トモ、酒を飲もう”という。酒は大好きなのでウンパーンの小屋の隣の藁葺きの屋根の下へと向かう。我々が宿泊している部屋以外は壁というものがなく、皆藁葺きの屋根の下で寝泊まりをしているのである。そこにプリーチャーが赤い顔をして座っていた。太陽の位置からすると、未だ午後3時くらいであろうか。
今日はみんなで力を合わせリハビリ用のプールを作ったので、一杯やっているところだという。象使いやら世話係やらが4〜5人彼を囲んで座っている。自分もその輪の中へ混ぜてもらった。酒は地ウィスキー、つまみは豚のホルモンとピーナッツである。皆ウィスキーを炭酸で割って飲んでいる。一杯引っかける、これがまたバカ旨である。立て続けに2杯を飲み干す私を見てプリーチャーが笑った。
象使い達がプリーチャーと話している。みんな真剣な顔つきである。タイ語であるので皆目見当がつかないが、話が一段落付くとプリーチャーが英語に訳してくれる。どんな話で盛り上がっていたのか興味津々で聞いていたが何のことはない。今日、病院の真上を一台のヘリコプターが飛び去っていったそうだが、一人が“俺は以前、目の前でヘリコプターを見たことがある”と言ったら、皆が信じようとせず、逆にからかわれて気分を害してしまったそうだ。その彼が躍起となって説明している姿にまた周りが冷やかしはじめプリーチャーがなだめ終わったところであるという。
象使いや世話係の人達の年齢はまちまちである。二十歳程度から六十歳までの男達が年に関係なく熱く激論を交わしている。地ウィスキーが3本空となった。空が暗闇へと転じる。星がちらほら見えてきた。7時頃であろうか、いつもなら執心の時刻だが今日は終わらない。草刈りに出ていた男達やら始めてみるオッさん達が何処からともなく集まってくる。酒がなくなったのでプリーチャーが財布から紙幣を摘み出し、隣にいた若者に酒を買ってくるよういった。彼は暗闇の中へと消えていった。こんな辺鄙なところで酒が買えるのであろうか?不思議な気がした。
皆酔ってきた。タイ語はわからないが雰囲気で話している内容についていけるようになった。何時の間にやら女房が座って笑っている。彼女も酒には目がないのである。先程誘いに行ったときには、久しぶりにシャワーを浴びると言って、便所のケツ拭き用の冷水でバシャバシャやっていたので声を掛けないでいたのに…。
座が一段と盛り上がってきた。皆も我々をお客さんとは思っていない様子である。我々も手振り身振りと覚えたての象使い語で会話に入っていく。話題がゾウの話となる。この中に象使いの名人がいる。彼は誰もが手を着けられなくなったマスト期に入った凶暴な野生象を幾度となく鎮めたりしているそうだ。彼の話に全員が耳を傾ける。特に象使い見習いの若者は真剣である。次から次へと質問を浴びせている。名人も満面に笑みを浮かべ答えている。つまみに鶏の丸焼きがでてきた。
また酒がなくなった。プリーチャーが買ってこいといって財布からお金を摘み出す。もちろん自腹である。今度は私も付いていくことにした。酔っ払いが車に乗る。その荷台に飛び乗る。女房も続く。荷台に横になり真っ暗な大空を見渡してみる。あ〜、星ってきれいだな!なんて感傷に浸ってみる。何やら走っていくと一本の街道に出た。そこには一軒のドライブ・インの灯りが見える。酒と煮込みを買い込み再び夜の静寂の中へと走り去った。
プリーチャーは言っていた“俺はカンボジアの国境で生まれ育ったカントリー・ボーイである”と。彼は続ける。“小さい頃から本はロウソクの下で読むものだと思っていた。しかし都会は違う、みんな電気の中に暮らしている。電気を使えることに何の不思議も感じていない。星すら見ることを忘れている。若者は皆都会へ出て行きたがる。しかし都会は狭い、土地も狭ければ見る視野も狭くなる。それでも生きていけるのだから当然のことなのかも知れぬ。しかし自然の中で生活を営めば、そんなものが如何に必要のないものかを感じる。太陽と共に起き太陽と共に寝る。人も動物も。そんな当たり前のことに気づくのだ。そうであれば人がこの自然の営みを汚すことは許されないのである。象は我々の親友である。昔から互いに助け合いうまく付き合ってきた。象が生き続けられる自然を残すことは我々の未来を残すことにつながるのだ。象と人は一体である。だから自分のために象のために、そして他のすべての生き物のために俺は一生をここに捧げたいのである。普段は制服を着て、机に向かって何やら仕事をしているが、俺はここが大好きだ。こうして皆と語り合い、そして酒を酌み交わす。素敵ではないか!みんなは俺の家族なんだ!”。
大分良いが回ってきた。頬を掠める風が心地よい。象使いの若者がプリーチャーに訴えている。韓国のキックボクサーに似ているというので、韓国名で呼ばれていた彼である。“俺は象使いに憧れている。いつかは親爺のような立派な象使いになってみせる。しかし何だ、友達は俺のことを象使いといってバカにする。どうしてなんです先生!給料だって一日30バーツ(約150円)しかもらっていない上にバカにされるんでは割があわないですよ!”と。プリーチャーがゆっくりとした口調で彼に話しかける。何を言っているのかはよく分からない。話し終えると、いきり立っていた彼が“コープクン・カップ(タイ語でありがとうございましたの意)”と言って両手を目の前に合わせていた。彼が自分の小屋に戻っていった後で、プリーチャーが先程の話の内容を教えてくれた。“象使いは皆悩んでいる、名誉と嘲笑の狭間で。象使いの多くは代々象使いの家系である。そこでは象使いは名誉な仕事である。しかしその他の人々には汚い仕事、時代めいた仕事と映るらしい。嘲笑されることすらあるのだ。給料も安いうえに笑われたりなどしたら誰だって悩むであろう。でも彼は大丈夫だ、象使いの心を忘れてはいない”。
何時だろう酔っぱらった。明日も朝が早い、5時には起きなければ。残っていたプリーチャーと数人に寝ることを告げ、そして部屋に戻った。向こうに懐中電灯の明かりが揺らめいている。遠巻きに目を細めると、先程プリーチャーに手を合わせていた彼であった。自分の担当のゾウさんをなぜている。そしてその横にぽつんと一人座り空を見上げサトウキビをかじっていた。
なんとなく素敵な日が過ごせた。ありがとうプリーチャー先生、ありがとうみんな!