創設者 Soraida Salwala女史からのメッセージ


1987年、カオヤイ国立公園の中のヘアウナロックの崖から無惨にも崖下に転落した二頭の子象を目にした。一頭は即死、残る一頭の子象は死んだ友達の側に歩み寄ろうと折れた足を引きずりながら懸命にもがいていた。私は偶然にもこの映像をテレビのニュースで見ることとなった。テレビを消し、私が生涯会員でもある野生動物保護協会のオフィスへ電話を入れた。この傷ついた子象を助けるよう頼むために。私は何度もヘリコプターやつり鎖など考えられるあらゆる方法を彼に頼んだ。彼の答えに驚いた。

“誰も手など貸してはくれないよ”

それでも私は諦め切れず助けを呼んでくれるよう懇願していた。しかし答えはこうだった。

“誰も助けに行けないのだから貴方があの崖を登ってみてはどう?ソライダさん”

そしてこう続けた。

“象は毎日のように死んでいるんだ。なのにどうして二頭の子象でクヨクヨするんだ!”

暫く沈黙が続いた。私の目からは涙がこぼれ落ちていた。私はあの子象のことを考えていた。象には生きる権利がないのであろうかと。

沈黙を破るかのように彼は続けた。

“象さんだけにかまっていたら仕事がお手上げだよ!”

私はアメリカとロシアが共に手を取り合い、凍った海の中からクジラを救い出している姿を思い出していた。そこにかすかな望みを感じていた。

四年後の1991年のことである。象保護元年と銘打って1992年に予定されていた野生動物保護のメンバーであったトップクラスの数名に象保護の依頼をする機会に恵まれた。しかし私は笑うことしかできなかった。1992年8月、カオヤイの崖からまたしても八頭の子象が転落するという事故が起きたのである。

1993年5月、私は兼ねてから顔見知りであったランパーン州のPreecha先生に連絡を取ることにした。彼と会い、タイにおける象の保護活動について真剣に話をしようと考えていたのだ。多くの象が毎日のように死んでいく。アクシデントに見舞われ、癒やす時も与えられないままに。しかし彼らを看病し、第二の人生を与えてあげる場所がなかった。誰も本当に彼らを治療してあげようとは考えていなかった。また誰も彼らの運命を気にも止めていなかった。そんな中でこの施設が設立された。

1993年8月10日、我々はあるプレス会議の席上で我々の目的とゴールについて発表した。500,000バーツの資本と国際文化協会委員会の援助を受け1993年10月19日に“アジア象友の会(FAE)”が扉を開いたのである。カオヤイ国立公園の崖から二頭の子象が転落を遂げてから5年後のことである。この5年間に不当な扱いを受けたり事故に遭遇したりして多くの象が死んでいるのをただ見ているだけの自分が歯痒かった。小さな希望の種がアジア象の上にもまかれたのである。

Solaida Salwala

September 1995


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