曾祖母の日記


尺八の思い出 

 舅様の話は続きます。

跡継ぎの秘密

 資産の無い、大多数の貧農の間では、跡継ぎの有無は、労働力の有無として以外、問題にならない。貧農に跡継ぎがいないことを問題にするのは、むしろ彼らに金を貸してる、地主階級のほうであったろう。そして、上農以上では、なまじ引き継ぐべき資産があるため、跡継ぎの存在と、その血筋は大きな問題であった。特に郷士以上、すなわちいざ鎌倉、などというときに、兵卒として駆り出される士分にとって、主君のために後継者を確保しておくことは、極めて重要な義務でもあった。

 跡継ぎ誕生のため、愛妾を抱えることの出来るのは、家中でも一握りの名門だけである。多くの侍は、自分の女房だけが、跡継ぎを産んでくれる、頼みの綱であった。そのため、三年子無きは去るということが、当然とされる慣習が確立されていた。それは生産の場から離れ、ただ、産み、養い、養われるだけの存在となった、侍の女房の、女人としての弱い立場を象徴するものでもある。しかしながら三年ということには、きちんとした根拠もあったのである。

 もちろん子が出来ないのは、女体の問題である場合もあるが、男に子種の無い場合のあることもよく知られていた。そのため、婚姻後、二年にわたり、子の生まれる兆候が認められぬとき、舅は年齢にかかわらず、お城勤めを、結婚した家督に譲り、隠居し、子作りに励むことになる。子作りといっても、老妻相手に励むわけではない。父に代わって息子が出仕中、その嫁を相手に励むことになる。夜這いの盛んな風土が、嫁と舅との関係を黙認し、跡継ぎの存在を重視する藩風が、その際の姑や息子の不本意さを表に出させない、そのような密かな慣習を生み出したのであろう。

 もちろん、そのことは、公にはいかぬ。老妻にも密かに、家督にも密かに、ことを運ばねばならぬ。もちろん、老妻にはそのことを、いつまでも隠しとおせるわけではない。一方嫁のほうは、そこで子が生まれなければ、離縁された上、石女のレッテルを貼られることにもなるので、必死に舅に尽くすことになる。石女のレッテルを張られて離縁したら、もう、年寄りの後家さんにでもなる以外、道は無い。何しろ舅に子種のあることは、跡継ぎがいるのだから、証明済みである。

 嫁が舅に一生懸命になればなるほど、嫁と姑の仲は険悪になる。嫁の役割を十分承知している姑でも、理屈と感情は別物である。多くの場合、跡継ぎは生まれる。舅との関係は続くときもあれば、そこで終わる場合もある。大身の侍ほど、跡継ぎ候補の数は多くなければならず、またその経済的余裕もあるので、嫁と舅の関係は、長く続くことになる。

 姑は嫁につらく当たるようになるが、嫁は素直に姑に仕えねばならない。なぜなら、夫を裏切っているのは事実であるし、そのことを秘密にするためにも、姑のいじめに耐え、夫に尽くさねばならないわけだ。救いは、舅との睦言を交わす時だけとなる。こうして、夫に尽くす素直な嫁への、姑の理不尽ないじめと、嫁をかばう舅、という、世間一般の構図が出来上がる。

舅の本音

 おまえも、ここに嫁いでから一年ほどになるが、まだ子の兆候は見えないようだ。本来なら二年待つのが筋だが、このようなことは早いほうがよい。

従順な嫁

 舅様の長いお話の結論はそうでした。要はなかなか懐妊の兆候が見られないので、旦那様には子種がないのかも知れぬ。これからは旦那様の代りに、お舅様が私に子種を下さるという、思いもかけぬお話でした。話の内容も、聞くだに恥ずかしく、下を向いたまま、返事もできずに居りました。

 実は私、ここ二月ほど、在るべきものが無く、里の母に相談の上、医者へ行くつもりでおりました。でも、そのようなことは、まずは夫に報告しなければ、譬えお舅様にでもお話はできません。お舅様の話に、とっさの返事もできずに困っていると、舅様は沈黙を同意と思ったのでございましょう。私は転がされ、腰を持ち上げられ、四つんばいにさせられてしまいました。足首のところから、脹脛を撫で付けるように腕が入れられ、着物の裾が払われます。

 仰向けにされなかったのは、結んだ帯を潰さないための、舅様のご配慮だったのでしょう。乱れた着物の裾が、さらに左右に割られ、背中へと捲り上げられてしまいました。舅様に対し、反抗するなど思いもよらない私は、ただ身をすくめているだけです。
 背中へ捲り上げられた着物が、左右に広がり、私の司会をさえぎり、お舅様の姿が見えなくなりました。今と違い、着物が捲くられてしまえば、そのままお尻が剥き出しになります。こうなればもう、素直にお舅様のなされことに従わねばなりません。

 舅様は露にされたお尻に手を掛け、その下の毛叢へと指を伸ばしてきました。もう、必死で声を出さないよう、堪えるだけです。夫よりは柔らかいようですが、その分一寸長いと思う一物が、スルリとホトの中へと潜り込んできました。両手で私の腰を押さえ動けないようにしてから、舅様だけが腰を前後に動かし始めました。腰の動きと一緒に、舅様の魔羅がホトの中を行ったり来たりしています。

 夫も、魔羅を私のホトに入ると、上下に腰を動かし、狭いホトの中を、奥に突っ込み、浅瀬に戻りと、忙しく動き回り、私の気が行く前に、御種付けが終ります。それはそれでありがたいことでしたが、もっと何かこう、抱いていただいたとでも感じる満足感が欲しい。抱くこと、抱かれること自体を、互いに楽しんでいただきたい、というような気持ちが残ることを禁じえませんでした。

 舅様の魔羅の動きは、ゆっくりでは在りますが、単に奥に入るだけでなく、上のほうや、下のほう、左右をいろいろ探るように動いています。そのうち、魔羅が通ると、ざわざわざわッとした心地で、むずがゆく感じるところがありました。舅様は私の腰を押さえつけ、私が動けないようにしてから、そのむず痒いところだけに、何度も続けて、魔羅を擦り付けてきました。
 たちまちにそのむず痒さは、身体の動きを止めようも無いくらいの心地よさに変わり、魔羅を放してなるものかとばかりに、ホトが勝手に収縮して魔羅を包み込み、まるで握り締めたかのようでした。

 魔羅を包み込んだことで、心地よさはそのまま残りますが、魔羅が動いていたときのような、だんだんに高まる心地良さの強まりがなくなりました。するとどうでしょう。舅様に抑えつけられ、腰は動けずにいるのに、腰の内のホトが、細かく痙攣し、魔羅との擦り刺激を、自ら求め始めました。舅様の腰は、私の尻に押し付けられたまま、動いておりません。それにもかかわらず、舅様の魔羅が、私の中で細かく動いているのと感じるのは、私のホトそのものが、痙攣するように動いているからでした。

 夫に抱かれたときには経験したことの無い、私自身の身体の動きで、天を突きぬくような悦楽の気が、身体を股間から頭のほうまで走りました。同時に、ホトの奥が、熱いものを浴びて、思わず身体が引き締しまりました。舅様の魔羅が短く、柔らかくなっていきます。私のホトがそれを追いかけ、引き締まっていくのが判ります。最後には、小さくなった舅様の魔羅が、ホトの孔の入り口に、かろうじて残っているだけ。其処まで魔羅を追いかけたはしたなさを感じて、恥ずかしくも思い、身体の力が抜け、お床の上に、突っ伏してしまいました。

 舅様も、私の身体の上に覆いかぶさり、けだるげな動作で、着物のわきの下から、胸に手を入れ、乳房を嬲り始めました。ゆっくりゆっくり、乳房を揺らしてくださいます。崩れた身体に、何か力が満ちてくる思いです。やがて舅様は乳房をぎゅっと握り締めてきました。その心地よい痛さに、身体がしゃきっといたします。

 舅様の魔羅が抜け、舅様が布を使い始めました。慌ててお手伝いしようと思いましたが、思いがけぬほどに身体がだるく、舅様のほうに、向き直ることすら出来ません。そんな私を舅様はやさしく抑え、

 いやお前は、思いのほかの名壺であった。これでは倅も、さぞ毎晩可愛がっているであろう。

 いえ、はしたなく、もうしわけありません。こんなにも我を忘れるなぞ、初めてのことです。旦那様のときは、こうまで夢中にはなりませんでした。後始末のお手伝いもせず、もうしわけございません。

  いやいや、わびることではない。しかし倅も、もったいないことをしている。お前の先ほどの、あのホトの動きは、いつものことではないのか。

 はい、私自身も今が初めてで、何がどうなったのか、自分でも驚いております。思い出すだけでも恥ずかしゅうございます。

 そうか。それでもお前も、だいぶ気がいっていたようだな。いくいくと大声を出しておった。

 そのような恥ずかしいことをおっしゃらないでください。はしたのうございます。どうぞ、お許しください。

 詫びることなぞない。正直、これほど好い思いをしたのは、ワシも始めてであった。これからも時々、密かに楽しませてくれ。お前もこれで拭くが良い。

 舅様は新しい生成りの絹布を、渡してくださいました。舅様に背を向けてと思いましたが、そのままそのまま、とおっしゃいますので、舅様に見守られながら、股の始末をいたしました。夫の白い濁り液に比べ、ホトから溢れ出てくる舅様のそれは、黄色味を帯びておりましたが、ドロッとした感じは、より濃いようです。舅様の目の前で、股を拭うなど、恥かしかったのはもちろんですが、なぜか舅様の見つめてくださる視線が嬉しく、ゆっくりゆっくり、ホトの孔口を広げて見せたりして、時間を掛けて拭いました。

 舅様がご自分を拭かれた絹布も受け取り、部屋を失礼しました。こればかりは、姑様にも、下女にも、洗わせるわけにはいきません。翌日、里の母と一緒に、お医者様を訪ねました。やはりお目出度とのことで、次の日の朝、旦那様に報告。旦那様と一緒に、お舅様お姑様にご報告いたしました。お二人ともとても喜んでくださいました。喜ぶお舅様のお顔を見て、子供が出来てしまえば、お舅様にはもう、可愛がっていただけないものと、寂しく覚悟いたしました。

ご奉仕のそれから

 姑様がお茶会にお出かけになられた日は、お舅様に始めて可愛がっていただいた日から、数日後でした。お舅様に呼ばれ、お部屋へ伺いました。洗い清めた絹布だけでもお返しせねばと、懐に忍ばせ、書斎へ伺いますと、奥の間へ案内されます。奥の間には、すでに床が延べてありました。驚き、恥かしがる私を見て、舅様は、黙って頷きました。舅様に見つめられながら、帯を解いていきます。途中、洗い立ての絹布を枕元に起きました。

 ありがたいことに、まだお腹の膨らみは目立ちません。舅様を迎えるべく、床の上に横になり、脚を広げ、膝を立てます。その膝を掴みながら、舅様は、私の脚の間に跪き、覆いかぶさりながら乳房を嬲ってくださいます。乳房を嬲る手が、胸から背中へ、背中から腰へ、腰からお腹へ、お腹からお尻へ、お尻から鼠径部へと移り、ついにホトの孔口まで来てくださいました。ホトの孔が舅様の指で開かれます。思わず舅様の魔羅を握ってしまいました。早く、もっと早く、入ってきて欲しかったのです。

 里の母のところへ行き、お医者様に見ていただいたところ、やはり懐妊しておりました。旦那様に子種はあったのです。旦那様と一緒に、お舅様お姑様に懐妊の報告をいたしました。お二人ともとても悦び、特にお舅様は一人で満足してはいかん、これからも二人でより励め、とおっしゃり、お姑様からたしなめられておりました。

 お舅様との二人だけの秘密もあり、早々に御前を退散させていただきましたが、旦那様もお舅様のお言葉に刺激されたのでしょう。部屋に戻ると私の身体を求めてきました。

 でも、お腹の子に障らぬよう、ただでさえ淡白な営みが、さらにあっさりとしたものとなり、もっと可愛がって頂きたいとの思いが強まるばかりでした。でもお種さえいただければ、何の不満もありません。これからも旦那様のお子を、何人も産むことになるでしょう。

添い寝

 そして抱かれることの悦びは、舅様には、それから何度も何度も、与えていただけました。舅様に抱かれるたび、舅様の魔羅を包み込み、放そうとしない私のホトの、勝手な動きを御しかねながら、私は舅様の身体にしがみ付くのがいつものことでございました。

 長男が生まれ、日に日に可愛くなりました。だいぶ大きくなった赤子に、乳を含ませながら、添い寝し、ついうとうとしていたとき、舅様がお出でになりました。胸が肌蹴たままでしたが、赤子が乳を吸っており、直すわけにもいきません。
舅様は、私の背のほうに廻り、裾に手を入れてきます。後ろから、ホトをまさぐり、そっと魔羅を入れてきました。でも、赤子に遠慮してくださったらしく、先端を入れただけで、それ以上のことはいたしません。

 むしろ私の方がじれて、ついついお尻を突き出し、お舅様の魔羅をホトの内へと咥え込んでしまいました。ゆっくりとお舅様は魔羅を動かしてくださいます。そして手を伸ばし、私のお豆さんを嬲り始めました。ホトの中ではお舅様の魔羅が蠢き、ホトのすぐ上のお豆さんはお舅様の指に嬲られ、内と外から同時に嬲られて、もう、声を堪えることもできず、ついつい、はしたない嬉悦の悲鳴を上げてしまいました。

 お舅様はすぐに身体を離してくださいましたが、出すものはしっかりと出してくださったようで、太股に生暖かいものの垂れてくるのが判ります。畳を汚さぬよう、慌てておりますと、お舅様が絹布を出し、私のそこを綺麗にぬぐってくださいました。

 うれしいやら恥ずかしいやら、私はお舅様の目の前に股を開いてさらけ出す姿勢のまま、赤さんを抱いておりました。私の身を拭い終わると、お舅様は赤さんを抱き取りながら、脚を広げられます。赤さんの換わりに受け取った絹布で、私はお舅様の魔羅を清め始めましたが、すでに生乾きのところもあり、なかなか綺麗にできません。

名演奏

 思わずお舅様のそれを口に咥え、湿らせてから拭おうと思いました。でも、お舅様のそれを口に入れると、お舅様が思わずというように歓喜のうめき声を出されました。思わず屈みこみ、お舅様の魔羅を口いっぱいに咥え込んでしまいました。

 舌を使って清めた後を、絹布で拭うと、さすがに綺麗にふき取れました。

お前の尺八も、なかなかの腕じゃ。これからも、時々頼む。

そんな、思わずはしたないことをしてしまいまして。申し訳ございませぬ、どうかお許しください。でも、尺八とは何の謎でしょうか。

 判らぬまま思わず聞いてしまいました。

虚無僧に似ておるからじゃ。

なにが、でございますか?。

魔羅を口に咥えて首を振る様子が、虚無僧の尺八を吹く様子に似ておるからじゃよ。

 時々門付けに回ってくる虚無僧の姿を思い出し、思わず納得しながら、恥ずかしさに顔を赤らめてしまいました。旦那様にもしたことのない尺八を、それからはまず最初にして差し上げ、太く、硬く、長くなった魔羅をホトに導きいれるのが慣いとなりましたことは、いうまでもありません。舌を激しく動かしたときのお舅様の喜悦の声を聴くのが、私のひそかな楽しみでもありました。

 舅様には、最初の子が、昔の侍の子なら元服する歳の頃まで、可愛がっていただきました。舅様も姑様も、旦那様も亡くなられ、私一人が生き延びてしまっている今、舅様との懐かしい思い出を、誰に遠慮することなく、ここに書き記しておきます。でも、家の他の者には、決して知られてはなりません。