お互い様


 診察を受け終えて、出てきた患者がぼやいていた。もう11時発のバスが出てしまった。この後は4時まで無い。聞くともなしに聞いていると、私の故郷の町の人だ。私の診察が終わったら、送っていきますよ。と目配せし、呼ばれた診察室に入った。

 短い問診だけで、尿酸排出促進剤の処方を受け、薬局へ。彼女も待っていた。二人とも、何も言わずに目配せだけで行動する。互いに何もしゃべらないのが、私の故郷に残る、こういうときのルールである。

 車に乗り、故郷の町へと走る。故郷の町までは、車では、40分くらい。バスでは2時間近くかかる。おまけにバスは、日に三本か二本ほどしか走っていない。そのため、顔見知りでなくても、この町の者であることがわかれば、互いに遠慮なく車に乗せたり乗せられたりが、当たり前の習慣ともなっていた。

 車を利用しあうときには、もう一つのルールがある。特別な事情がない限り、知らぬもの同士は、必ず無言を通すということである。掟どうり、二人とも無言で車にのった。もしまっすぐ帰りたければ、世間話をすればいい。どちらかが話し出せば、今日はこのまままっすぐ町に帰るという意思表示になる。

 もし、二人とも黙っているということは、同乗したものが、その謝礼としての義務を果たす意思があるということであり、運転する側も、それを期待しているということになる。お互い様というわけだ。病院を出て10分ほど走ると、横手にラブホが見えてきた。二人とも依然として無言のまま。私は喜び勇んで、ホテルへ車を回した。

 部屋へ入った後も、二人は無言のまま裸になり、ベッドに入る。こういう場合、時間をかけずに、ことを済ませるのが礼儀である。ベッドに横たわる彼女の股間は、指を入れて愛撫するまでもなく、すでにもう、十分に濡れていた。このような場合、女性は自分で濡れさせておくのが、それなりの義務となっている。

 ゆっくりと、彼女の股間に、私の身体を埋める。彼女が股間をぎゅっと締め付けてくる。その締め付けを味わいながら、私は腰を回転させ、身体を前後に動かし、彼女のクリちゃんを刺激する。互いの腰の回転と、同時に締め付けてくる彼女の股間の力で、私の激情は一気に高まり、身体の内から湧き上がり迸り出る液を、放出させた。同時に彼女も、腰を高く突き上げ、可能な限りの快感を、貪欲に身体に取り込んでいたようであった。

 彼女の身体をもう一度、いとおしみながら抱きしめ、腰を少しだけ動かし、彼女の身体に満足したことを伝える。彼女も再び腰を突き上げ、快楽の余韻を楽しみながら、満足の小さな喘ぎ声を上げた。これで、車で送ってもらうことに対する彼女の義務が果たされた。

 後は無事、町まで送り届けるのが私の役目である。二人とも無言のまま、すばやく後始末をする。私がティッシュで股間を拭っている間に、彼女は下着を持って、バスルームに消えた。男は拭うだけでもいいが、女性はどうしても、できるだけ痕跡を消す必要がある。でもティッシュで拭うだけでなく、シャワーまで使うことで、彼女が、亭主持ちであるとの見当がついた。

 二人とも無言で、車を走らせる。やがてのんびり走るバスの後姿が見えてきた。バスを追い抜き、その先の彼女が希望する停留所に、車を止める。彼女が乗り込んだとき、バスの中に知った顔があっても、一応疑問に思われない停留所がいい。町まで車で行ってもいいが、その場合、皆、見てみぬふりをするのが礼儀とはいえ、やはり人目には付かないほうがいい。

 本来なら、このまま黙って分かれるのが礼儀である。口を利くことは、便宜を図ってもらったことへの謝礼を越え、不倫の関係になることを意味する。二人の付き合いは、今日が限り、であらねばならない。黙っていることは、さっきのホテルでのことが、車で送られたことへの単なる謝礼というだけで済ませるという、暗黙の了解でもある。

 でも、彼女の身体の弾力と、腕の中への納まり具合、そして股間の締め付けは、忘れがたいものがあった。このような時、質問することだけは許されるだろう。こんどはいつ?。もちろん通院する日の予定を聞いたのである。その日が判れば、病院ロビーで、受診が終わる彼女を待って、また車で送ることができる。もし彼女が返事をくれれば、彼女も又逢うことを楽しみにしてくれているということであり、黙っていたら、今日は偶然の出会いにたいする義理を果たしただけで、それ以上の出会いは、拒否されたということになる。

 息を呑んで返事を待つ私に、彼女は囁いた。二週間おきの火曜日に通っています。万歳、これからはバスを先回りし、途中で降りた彼女を拾って病院へ送るときと、その帰りとで、二度のチャンスが生まれることになる。こいつは新春から縁起がいい。遅れてくるバスを待つ彼女を残し、女房の待つ家へと、私は車を向けた。

 店を営む我が家では、私と女房のどちらかが、店番をする必要がある。今日は私が病院へ行ったが、明日は女房が病院へ行く日である。病院へ行くときは、女房は車ではなく、バスを利用する。今まで女房がまっすぐ帰ってきているのか、親切を受けたお返しとして、その義務を果たしてきているのか、私は気にしたことはなかったし、それを詮索しないのが、この町の掟である。山奥の、辺鄙な町ではあるが、楽しみは少なくない。この町に生まれてよかったとつくづく思う。


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