仙台への出発前、10月初旬は東京競馬場やら新宿やらに、日帰りで行っていたり、試験料(3万円)や渡航費を、何を血迷っ
たか馬券で工面しようとたくらんだりして結局失敗したり・・・・(核爆)
10月29日の出発日の前日までバイトに明け暮れていた(爆)
10月29日
出発日、当初は新大阪から名古屋まで、JR新快速(米原で乗継)だけで行こうとしていた。モチロン、電車賃をケチるためである。
目的地が仙台なのに何故名古屋に向かったのかというと、今回もフェリーで行こうとしていたからである(笑)
私はヒコーキは使うつもりは全く無い。その理由は4つ。
・航空運賃はバカ高い!!
・いつ落ちるか分からんからコワい(爆)
・私はヒコーキだけは酔いやすい。
・最近「エコノミークラス症候群」が問題になっている!!!
エコノミークラス症候群とは、クソ狭いシートに長時間、姿勢を固定していることにより、大腿部の静脈に血栓が生じ、それが全身に
回って頭痛・吐き気・目眩が起こり、最悪の場合、死に至るという症状である。国際長距離路線の乗客に起こりやすいと考えられ
ていたが、国内線の乗客にも、その症状があったと思われるケースが多く報告されているという。
話を戻そう(笑)。JR新快速だけで名古屋まで行こうと考えていたが、近鉄電車でも学割が適用できると聞き、大阪・難波からの
ノンストップ特急「アーバンライナー」で行くことにした。おまけに、「禁煙車・デラックスシート」のキップを買った(笑)
私は普段から、近鉄電車は西日本一最低なクソ私鉄と罵っている。関西最大手私鉄のくせに、大学までの電車の本数は1時間に
3本しかない上、他社私鉄との協調性がないし、時刻表は特急中心に編成されているから不便なことこの上なし。そして、何よりも
最悪なコトは、真夏のクソ暑いときにクーラーの出力を抑えて電気代をケチってるから、車内がクソ暑いことこの上なし!!
私は大学に行くためだけに利用してやっているだけである(笑)
そんな近鉄でも、特急となれば、わざわざ特急料金を取ってるだけあってサービスはいいはず、と思っていたのが大間違い。
車内乗務員のネエチャンはやる気ナシモード全開だったし、シートに取り付けるヘッドホン無料貸与サービスも忘れてやがった。
やっぱ最低な私鉄だ(笑)
また話がそれてしまった(笑)。近鉄特急のゆったりしたシートだと、名古屋に到着するまでの間、試験直前の勉強が出来ると
考えていた。が、途中で居眠りしてしまい、気がついたら名古屋に到着してしまっていた(爆)
名古屋の名鉄バスターミナルからフェリーターミナルまでのバスが出ているので、それに乗った。所要時間が30分くらあるから、
何か読もうと思っていたが、外は真っ暗なので車内でも読めず、断念(笑)
フェリーターミナルに到着。今回乗る「太平洋フェリー」は初めて乗るフェリーだ。たとえ受験前だとはいえど、初めての船内を
探検したくなるのが人間の性(笑)。ということで、乗船後30分くらい船内を探検していた。。。
20時に出港した。仙台港到着は翌日17時。所要時間は21時間。舞鶴−小樽間の31時間よりは短いなぁ(爆)
料金は、B寝台で(大学生協窓口申込で)5100円。A寝台はTV付の「カプセルホテル」のような寝台だが、そこまでする必要は
ないと考え、B寝台を申し込んでいた。近鉄特急の料金が4100円(学割)だったから、足しても9200円。ヒコーキなら伊丹−
仙台で27000円。ヒコーキに乗るのがバカバカしく感じるのもムリは無かろう(笑)
船内で勉強、と考えていたが、腹が減ったのでレストランを覗いてみた。このフェリーのレストランはバイキング専用。で、ディナー
バイキングが1800円。普通の人には非常にお得に感じられると思うが、この時の私は、交通費や宿泊費以外の自由に使える
軍資金、つまり小遣いが7000円くらいしか無かったので、1800円は非常に重く感じられ、ディナーバイキングは断念した。
翌朝のモーニングバイキング、昼のランチバイキングはそれぞれ1100円、900円だったが、いずれも断念した(泣)
結局、喫茶兼ラウンジて感じのトコでチキンドリア(500円)だけ食べた。食事の後、勉強しようと思っていたが、大ラウンジで歌謡
ショーがあったのでそこで1時間以上、時間を潰してしまった。結局勉強する気分になれずに喫茶兼ラウンジでビールを2杯ほど
ひっかけて寝ることにした(爆)(就寝時間23:00)
10月30日
7時前に起床。船内デッキを10分ほどウロウロして目を覚ましてから、船内展望風呂に入った。朝風呂は気持ちいい!(笑)
喫茶兼ラウンジでモーニング(600円)を摂ったあと、昼までちょこっと英文を読んで勉強した。船内がちょうど気持ちいい温度に
保たれ、気持ちいい「揺れ」具合だったので、途中、睡魔との格闘だった(爆)。
昼食(またもやチキンドリア)後、眠かったので仙台入港まで何もしなかったような気がする(爆)
14時台に、「操舵室見学」という船内企画があったので、ちゃっかり参加した(笑)。もちろん、操舵室に入るなんて初めてだった。
17時、仙台港入港。フェリーから下りて仙台駅までのバスに乗った。仙台の空気に触れたが、全然寒くはなかった。周囲の人々は
何故か厚着していたが、気のせいだろうか(笑)。私は8月下旬〜9月上旬の服装・薄手の服2枚だった(爆)。そして、バスの中は
東北弁、いわゆる「ずうずう弁」で埋め尽くされる。聞き耳を立てても何言っているか全く分からない。この時考えた。私がこれから
受験する大学院の研究室に合格し、来春からそこに通うようになったら、ずうずう弁が私を襲ってくるのだろうか、と(笑)。その場合、
私はコテコテ関西弁で応酬してやろう、などとくだらんコトを考えていた(爆)。実際、北海道に行ったときも九州に行ったときも、意識
して標準語をしゃべろう、なんて微塵も考えていなかったし(笑)。(本音は、関西弁と標準語の区別があんまりわかっていないのだ)
仙台駅に到着。私は「青葉城恋唄」で仙台をイメージをしていたのだが、そのイメージは一気に崩れ去った(笑)。
大阪や東京と何ら変わらない都会。で、駅前の大歩道橋の上ではナンパ野郎がいたり、通路上でイチャついてるバカ(ップル)が
多かったり。駅の建物に入り、仙台名物って何だろうと思って見回っていたが、「牛タン塩焼」と「笹蒲鉾(ささかまぼこ)」しかない(笑)。
かと言って夕食で牛タンを食うほどの余裕はナシ(泣)。だが(その時視界にあった)マクドだけは意地でも行きたくなかった。
何が悲しゅうて仙台来てまでマクドで食わなアカンねん!と思っていた。結局、落ち着いた先は「ヨシギュー(牛丼の吉野家)」だった。
大して変わらんじゃねーか(泣)
牛しばいた後、仙台駅前バスプールへ。大阪駅前バスターミナルの、ざっと1.5〜2倍くらいの大きさか。そんな大きなバスプールが
駅の東側と西側にあるんだから、いかに仙台駅前がバス交通の中心かを物語っている・・・。
そこからバスで宿へ向かった。バス停を下り、広瀬川沿いに南へちょっと歩いたら、何ともアヤシゲな、今回の宿に到着した。西隣が
瑞鳳殿(ずいほうでん:伊達政宗の墓)ということもあって、いかにもオバケが出そうなアヤシ気たっぷりの場所だった(笑)
宿に着いたら、フロントに誰もいない。しばらくして、宿の管理人の奥方だろうか、オバチャンが出てきて「今責任者が外出してるから」
とか言ってしばらく待たされた。私は待っていたのだが、そのオバチャン、急に部屋の鍵を私に渡し、宿泊費を徴収した。その番号の
部屋に行って鍵を開け、部屋に入ったら、、、。・・・おいっ!!(怒)
私は鍵を閉めて慌ててフロントに行ってオバチャンに叫んだ。
「この部屋、既にだれか入ってる部屋じゃないか!!」
既にチェックインしてるヒトが外出してフロントに預けていたキーを私に渡していたのだった。。。
オバチャンはひたすら私に謝ると、再びロビーで待つように言った。
10分後、ようやく部屋のキーを管理してる従業員が帰ってきて、ようやく部屋に落ち着くことが出来た。その部屋は4階だった。
・・・エレベーターも無いのかよ(笑)
TVがあったのでスイッチ入れて、1時間ほど「HEY!HEY!HEY!」を見てしまった(核爆)
モーニングコールを設定したかったので、とりあえず宿のシステムの説明とか見ようと、TVの上に置いてあった冊子を見た。
ところが、冊子に書いてある内容が、宿のシステムとかは一切記載しておらず、元気が出る言葉とか活力を失う言葉とか、誰かの
名ゼリフとか、以前出版された「マーフィーの法則」の中に書かれてあるような言葉とかが10頁ほど、ひたすら書かれているだけだった。
・・・・何なんだ?この宿は。。。オバケよりも怖い気がしてきたのは気のせいだったのだろうか(^^;)
就寝前のビールだけ近くの酒屋に買いに行き、小1時間ほど勉強して結局ビール飲んで寝てしまった(爆)。(就寝22:30)
10月31日
朝6:30に起床した。さすがに10月末の仙台の朝は肌寒い。10分ほど暖房を入れた。
東北大学北青葉山キャンパスの理学部生物棟に9時、ということで8時までに宿を出発しようとしていたが、何故か8:20頃に
なってしまった(爆)。タクシーを拾い、運転手には「東北大学の理学部生物棟まで。途中、朝メシ買うからコンビニ寄って」と
言ったのだが、広瀬川から西側(青葉山側)にはコンビニが全くない。運転手は「先にあっち回っておけばよかったねえ」と。
ンなコトぬかすんだったら最初っからそっち行っとけよ・・・。さらに「試験でしょ?朝メシ抜いたら辛いねぇ。どうする〜?」
などとぬかしやがる。私はあきれるだけだった。どうする?って、仙台の地理を全く分かってない人間に言うセリフかよ・・・。
と思ったが試験前でもあったので落ち着くことにした(怒)
結局、朝メシ抜きで英語の試験に挑むことになった(泣)。
問題量は過去問と同じだった。普段は2時間半で解答するところを、今回は2時間だったので、途中、非常に焦り、落ち着きを
取り戻して英文読解を一通りこなすと、和文英訳が残っていたが時間がほとんどなかった。知っている英単語を並べて書き殴った
とでも言えようか(笑)。時間は足りなかったと言えよう・・・。
この日の試験は午前中の英語だけだった。昼から、志望する研究室を訪問させてもらう約束をしていたので、その研究室を
訪問した。昼メシ時だったので、そこの研究室の4回生の、とてもカワイイ女の子2人と一緒に学生食堂へ(笑)。
とにかく腹が減っていたので、安いことをいいことにチキンカツカレーの他にいろんなモノを取りすぎてしまい、少々残飯に
なってしまった。ここのカレーは結構辛かった(^^;)
この研究室の教授は学会で出張していたので不在、20:30に帰ってくるということだったので、(その時間まで宿に帰って
再び来るという手もあったが、あのアヤシイ宿にはあんまり長居したくなかったのもあって)その時間まで研究室に居座っていた(爆)
実験操作を実際に助手の先生の横で見せていただき、そして、寮に住んでいるD3(後期博士課程3年生)の方に学生寮に関する
さまざまな話もたっぷり聞けて、かなり楽しかった気がする。
教授が帰ってこられて、1〜2時間ほど話し込んだ。研究の内容や研究生活のこと、私の意志や出願時に提出した、志望理由を
書いたレポートの内容、その他世間話や昔の(教授の大阪在住時代の)話など。教授が大阪で生まれ育ったということもあって、
気がつくと関西弁同士で話していた(笑)。いやあ、仙台に来て関西弁が聞けたり、阪神ファンがいたりするとは思ってもいなかった(笑)。
逆に、研究室のメンバーに仙台出身の人間は居ないとのこと。
11月1日
翌日、昼前に面接試験だった。
面接室前で待っていたときに助手の先生が来て、話をしてくださって少々落ち着いた。さらに、面接試験で話した内容が、前夜、
教授と話をした内容・セリフをそのまま再現したのが大部分だったような気もするのは、気のせいだというコトにしておく(笑)
(面接官は、この研究室の教授と他の研究室の教授2名の計3名)
外は雨が降っており、市内で遊ぶだけのカネも無かった(残金1200円)ので、大阪行き夜行高速バスの出発時間まで、研究室に
居座らせてもらうことにした(核爆)
夕方に合格者決定会議があったようで、私が帰る時間の40分前には会議が終わって合格内定者が決まっていたらしい。私は
助手の先生に「大阪に帰り着くまで結果は知りたくない」と言うなど非常に消極的になっていた。帰る20分前、助手の先生が
私を引っ張って1Fの掲示板前に連れていこうとする・・・。私は腹を決めるしかなかった。。。
掲示板を上から順に見ていた。う〜ん、(私の名前は)無いなぁ・・・と思いながら見ていると、
「ここにあった」と助手の先生の声。確かに私の名前が合格内定者名簿の中にあった(笑)
帰る直前に教授に御礼の挨拶をして、雨の中、ウホウホしながら仙台駅前行きのバスに乗った。そして、大阪行きの夜行高速バスに
乗るまで、雨が降っていたにもかかわらず傘を差すのを忘れていた(爆)
11月2日
朝7時前、大阪・難波のOCATに到着。
どうやらバスは東北道→磐越道→北陸道→名神高速と通って帰ってきたようだ。
11月1日に仙台港発名古屋行きのフェリーはなかったので、12230円でバスに乗ることにしたのだった。
・・・ケツが痛い!12時間も座ってたら、1日中ケツが痛かった(泣)