
現代史の原点。
ヒロシマは、人類にとって、両極端の未来を見せてくれました。
このまま、滅亡へ向かうのか。それとも、これを教訓に、平和な未来を築くのか。
今でも、その問いは続けられています。
私が訪れたヒロシマは、週末の穏やかな昼下がりでした。
にもかかわらず、重い気持ちを拭い去ることはできませんでした。
![]() |
太田川(本川)にかかる相生橋から見た原爆ドームです。 原爆を積んだエノラ・ゲイ号は、この川が二またに分かれる、この場所にかかっている橋を目印に、原爆を落としたとも言われています。 |
| 原爆ドームとは、旧広島県産業奨励館の建物跡です。 原子爆弾は、この建物の上、約600mで爆発し、半径約2kmにわたって焼き尽くしました。 周囲は見渡す限り、焼け野原だったと言われていますが、鉄筋コンクリートのこの建物は、このような姿で残りました。 原爆直下、摂氏6千度の残骸です。 |
![]() |
![]() |
平和を祈る時計塔です。 原爆が投下された8時15分になると、毎朝鐘を鳴らします。 |
| 同じく、平和公園内にある、平和の鐘です。誰もが自由に撞けるようになっています。 私が訪れた時は、母親に連れられた小さな女の子が撞いているところでした。 問わずもがなの思いにかられました。 |
![]() |
![]() |
原爆で亡くなったのは、日本人だけではありません。これは、韓国の方たちを慰霊する碑です。 無差別に命を奪う戦争・原爆に怒りを禁じ得ませんでした。 |
| 原爆慰霊碑です。この前にある広場で、毎年8月6日に式典が行われます。 慰霊碑の向こうに、原爆ドームが、そしてその手前に平和の火が見えるのがわかるでしょうか。 碑の中央には石室があり、原爆死没者名簿が納められています。そして、そこには、「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」と、刻まれています。この言葉を、皆さんはどう受け止めますか? |
![]() |
![]() |
原爆犠牲国民学校教師とこどもの碑です。 台座には、「太き骨は先生ならん そのそばに小さき頭の骨あつまれり」と刻まれていました。 同じ教師として、涙を禁じ得ませんでした。 |
| 肉親を失う悲しみと戦争の非を問う「嵐の中の母子像」です。後ろに見えるのが、広島平和記念資料館と「祈りの泉」です。原爆の犠牲者に恵みの捧げる水を、噴水で表現していると言われています。 | ![]() |
![]() |
広島出身の詩人、峠三吉の詩碑です。 「ちちをかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ わたしをかえせ わたしにつながるにんげんをかえせ にんげんの にんげんのよのあるかぎり くずれぬへいわを へいわをかえせ」と刻まれていました。 |
| 原爆の子の像です。 ドキュメンタリーか何か作っているような人たちが盛んに撮影していました。 周囲に捧げられた千羽鶴が、ひときわ目立っていました。 |
![]() |
いつになく寡黙な、というか、なかなかこのページを作ることができませんでした。
生来の怠惰が影響しているのは当然ですが、ヒロシマの持つ重みに、ペンが進まなかったというのが本音です。
原爆ドームをはじめ、いくつかの碑の紹介しかできない、と言うのが残念です。
あとは、皆さんに訪れてもらうしかありません。
そして、素直な気持ちで、「平和」公園を歩いてもらうことを願います。