新緑の奈良は、修学旅行生であふれていました。
都の大きさから、それぞれの寺院まで、一言で言えば「巨大」。
なぜ、こんな大きなものをつくろうとしたのか。
年輪を感じさせる並木道を歩きながら考えました。


奈良に都が移されたのは、710年。
唐(中国)の都、長安にならって碁盤目状につくられました。
天皇を中心とする国家の完成…、だったのでしょうか。

 JR奈良駅です。
 古都にふさわしく、瀟洒(しょうしゃ)なつくりになっています。今回の旅は、ここから始まりました。
 ただ、この駅舎も作り替えが検討されているようで、少し心配です。
 朱雀大路(すざくおおじ)から見た朱雀門です。朱雀大路は、道幅が70mもあり、まるで広場のようです。こんな道路が、約4kmにわたって続いていたのです。
 復原された朱雀門(すざくもん)です。ここが、平城宮の入り口になります。平城宮は、都の北部中央におかれ、その手前に東西4km以上にわたって平城京が広がっていたわけです。
 色鮮やかなつくりから、「青丹よし…」の歌がしのばれます。
 朱雀門から入った(といっても鉄道が通っているので直接は来られませんが…)、風景です。ここに大極殿(だいごくでん・天皇が政治をする場所)がありました。今は、ただ原っぱが続くだけです。
 この原っぱの先に、遺構展示館があります。ただ、広い!の一言でした。

 東大寺の入り口にあたる南大門(なんだいもん)です。周辺一帯は奈良公園になっていて、シカが放し飼いされています。みんな、楽しそうにシカせんべいを与えたりしているのですが、足下をよく見て歩かないと大変です。
 南大門にある金剛力士(こんごうりきし)像です。もっとも、この像は、戦乱で東大寺が焼かれた後、鎌倉時代に再建された時に造られたものです。鎌倉武士の力強さを感じます。
 東大寺中門です。この中門を正面とし、左右に大きな回廊が続いています。当時の典型的な寺院のつくりになっています。
 大仏殿(金堂)です。訪れたのは、朝一番だったので、誰もいませんでした。比較になるものがないのでわかりにくいかもしれませんが、横の長さは57mもあります。これでもつくられた当時の3分の2になってしまったそうです。世界で最大の木造建築です。
 世界で最大の鋳造仏、奈良の大仏です。高さは約16mもあります。
 聖武天皇は、仏教の力によって、国を平安に治めようとしました。願いが通じたかどうかはともかく、膨大なエネルギーを大仏完成に注いだわけです。
 当時のまま現在も残っているのは、台座の花びらの一部だけですが、壮大な意欲を感じました。
 私にとっては懐かしい、大仏殿の柱の穴です。中学校の修学旅行で訪れた時、この穴をくぐり抜けました。やっと体が通るくらいのこの穴を、頭から抜けると頭がよくなると言われました。
 弥次喜多道中(東海道中膝栗毛)でも、この穴の話が登場します。
 奈良に春を告げる「お水取り」の儀式で知られている二月堂です。たいまつをもって回廊を駆けめぐり、火の粉を散らすあれです。
 斜面を利用して建てられた建物は、下から見上げると、大変美しく見えました。
 二月堂の回廊からながめた景色です。先に見えるのが大仏殿の屋根、さらにその先が、奈良の町並みです。そして、はるか向こうに平城宮があります。
 東大寺は、平城京の北東のはずれに建てられたわけですが、平城京の大きさが実感できます。

今回、どうしても訪れたかった正倉院は、不勉強で公開していないことを知らず、近くに行くこともできませんでした。
その代わり、奈良国立博物館に行ったわけですが、ぜひ、機会を見て再訪したいと思います。
次は、駆け足でなく、のんびり、ぶらり、という感じで。