戦国その後の話
武将達の中には、敗戦や主家の滅亡のために歴史の表舞台から消え去った者達が数多く存在します。
ここでは、そんな武将達のその後の人生を紹介します。
 
武田信虎編
信虎は、ご存知のように武田信玄の父である。
若い頃から、勇猛果敢で自らの手で家督をもぎとった。
しかし、あまりに乱暴な性格がたたり、1541年(天文10年)嫡子である武田信玄によって駿河へ追放されてしまった。
その後は、今川義元のところで厄介となっていたが、義元が桶狭間の合戦で信長に討たれると、京や奈良などを転々としていた。
ところで、この義元が打たれた後もしばらくは駿河にいたようで、このようなエピソードも残している。
1564年(永禄7年)、すでに義元なく徳川家康が織田家と組んだ頃の話。
今川氏真は、鞍替えをした松平家康を討つべくその支城である一の宮城を攻めた。
もちろん、攻めるといっても貴族文化に溺れる氏真が自ら出陣するわけもない。
当然配下の武将に命じたのであるが、この時一の宮城を攻略を命じられた者こそこの武田信虎なのである。
かつては、客将としてあつかっていたはずなのだが、どういうわけで信虎の出陣となったのであろうか。
一の宮を守るは、本多百助。
しかし、攻めるのは猛将として名高い信虎であり、2万もの兵を率いてである。
この事態に、家康は配下2000を引き連れ、救助にのりだした。
家康の家臣達は撤退するように進言したが、三方が原の合戦でもわかるように家康は若い頃血気盛んな性格であった。
これを退け、信虎率いる今川軍を迂回して一の宮城に自らかけこもうとした。
これを知った信虎は、それに対する軍議を始めた。
信虎はその荒々しさから独裁者というイメージが強いが、実は軍議をするのが好きだったらしい。
今川家の家臣への配慮もあったのかもしれないが、時は一刻を争う事態である。
信虎が軍議をしている間に、家康軍は一の宮城の城兵を連れだし既に引き揚げてしまった。

その後、今川家は滅亡し信虎はどうやら機内の方へと向かったようである。
1573年(天正元年)武田信玄が西上してくると、近江にいた信虎は六角義賢と共に甲賀の土豪を集め信玄と信長を挟み撃ちにしようとするが、信玄が病気で実現はしなかった。

まもなく信玄が病死したと聞くと、孫である勝頼に甲斐に戻る許可を得るため信濃高遠で面談した。
信虎は勝頼を軽視していたようで、名刀「左文字」を勝頼に見せ「わしは、この刀で家臣50人あまりを斬った」と凄んでみせた。
これで勝頼が甲斐入国を許可するわけもなく、信虎は甲斐に戻れないまま1574年(天正2年)81歳で死んだ。
信虎という武将は、全くもって不可解な武将である。

農姫(帰蝶)編
信長の正室・農姫は美濃で自害した、本能寺の変の時に信長と共に死んだ、等といろいろと説がわかれていた。
しかし近年発見された資料によると、信長の死後も存命であり信長の次男・信雄の庇護を受けて暮らしていたらしい。
農姫は78歳という天寿を全うし、その墓は大徳寺総見院にあるという。


今川氏真編
今川家は桶狭間の合戦以後衰退の一途をたどり、武田信玄と徳川家康の挟撃によって、ついに滅亡となった。
この時、家康はかつての主君ということもあり氏真を助命し、血縁がある相模の北条氏康のもとへとおくりとどけた。
だが、そこでの暮らしも長くは続かず、氏康の死後にその嫡子である氏政によって追い出されてしまった。
氏真は、かつての家臣・家康を頼って浜松に行き牧野城主となるが、それも長くは続かず氏真は京へと向かった。
氏真は歌や蹴鞠にかけては優れており、京で公家の庇護にあったのであろう。
それでも、一時は乞食同然の生活もしていたという。
またある時は、氏真は父義元を討った仇敵である信長の前でも蹴鞠を披露している。
氏真は、1614年(慶長19年)まで存命であった。
下は、氏真の辞世である。

なかなかに世をも人をも恨むまじ 
時にあはぬを身の科にして
悔しともうら山し共思はねど 
我世にかはる世の姿かな

六角義賢編

1568年(永禄11年)上京を目指した織田信長は、抵抗した六角義賢をうちやぶることに成功した。
敗北した義賢は、以後も信長打倒をはかり続ける。
1570年(元亀元年)には、杉谷善住坊に鉄砲による信長暗殺未遂や、朝倉・浅井と結び兵を蜂起したりして旧領回復をねらった。
しかし、織田家一の猛将・柴田勝家との戦いで敗北。
その後は、武田勝頼のもとへと落ち延びていく。
1582年(天正10年)織田軍が武田勢を滅ぼした時、義賢(子息の義治という説あり)は恵林寺にいたが密かに脱出に成功した。
ちなみに、これが原因で恵林寺は織田信忠により焼き討ちされることとなる。
その後、1598年(慶長3年)に病没している。
子の義治が豊臣秀吉、義定が徳川家康に使えているので、晩年は秀吉か家康の下にあったと思われる。
                                              

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