戦国珍事件     


仏教VSキリスト教
日本では、違う宗教同士で、どちらが正しい宗教なのかということを口論することがあった。
ある時、信長が仏教僧・日乗とキリスト教宣教師・ルイス・フロイスにこの宗教口論をさせた。
まさに、注目の戦いである。当初二人は、冷静に話し合いを進めていた。
だが、フロイスの弁舌の方が上であった。
日乗は、怒りだしついには刀を抜いてフロイスに切りかかろうとまでした。
これに対し、信長はフロイスの勝ちとした。
信長が、キリスト強を優遇していたこともあるだろうが、信長のそばに仕える日乗をうち負かすフロイスの凄さには、驚きである。



信長、マムシの兵で城をまもる
1554年(天文23年)織田信長は、今川方の村木の砦を攻めた。
この時、信長は手勢のほとんどを動員した。
那古野城の守りはというと、なんと斉藤道三の兵を借りて守らせた。
いくら道三は信長の舅とはいえ、斉藤道三といえば戦国を代表する梟雄である。
信長がこのようなことをしたのには、わけがあった。
当時、信長の弟・信行が織田家を継ごうとしていたために、奈古野城を空にするわけにはいかなかったのだ。
とはいえ、信長も大胆な男である。


その2

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