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岡山民謡太鼓保存会と私

太鼓との出会い
中学1年生
 今から25年前,初めて太鼓を叩くことになった。
 町内の盆踊りの太鼓を叩いていた金子のお兄さんが引っ越すため,その後釜に,中学生たちに白羽の矢がたった。何人かが一緒に練習をしていたが,残ったのは,山本と吉田のお兄さんと私だけ。
 何とか叩き方を覚えて,叩いた1年目であった。


藤本会長との出会い
 2年目から,太鼓は稚拙ながら,山本と「営業」にでる。「営業」とは,町内会長さんの家に行き,「太鼓を叩かせてください。」と頼み回ること。
「太鼓は難しいよ。まあ,やってみられ。」
という感じで,いろんな町内を叩き回った。
中学2年生 山本と

 各町内には,いろんな太鼓の叩き手がいた。鋲をすりあげるようにして胴を叩くおじさん,ばちの持ち方から教えてくれる親切な?おじさん,「首輪でつながれとんじゃあ」というおかしなお兄さん・・・。
 そんな中に,妙に太鼓の巧いおじさんがいた。前年に,金子のお兄さんに連れて行ってもらったRSKバラ園の太鼓を叩いていた人。それが藤本勝英会長だった。
 次の年くらいに,岡山民謡太鼓保存会に入会。会長からはっぴもいただいた。(私は,「健」・・・金子のお兄さんがかつて着ていたはっぴ。山本は「勝」・・・会長のはっぴだ。)

はっぴ手前から 犬飼 山本 会長 中村 副会長
 *82年RSKバラ園・・・会長,畑先生,山本,私。副会長と中村も。 


岡山民謡保存会
岡山民謡太鼓保存会は,今から三十数年前,藤本会長と副会長で,この会を立ち上げたそうだ。
初めは,岡山城前の広場に太鼓を担いぎ上げ,練習をしていたらしい。さらに,金子のお兄さんや新見の人(会ったことがあるらしいが良く覚えていない)などが加わっていった。さらにさらに,金子のお兄さんは,会長の叩き方を耳で取り入れて自分のものにしていたとも聞いた。(それなら,私は知らない間に会長の叩き方を教わっていたことになる。)

 まあ,そんなかんなで,78年に私たちが加わっていった。
 その頃は,いろんな町内会で,叩いていた叩き手が集まってきたという感じかな。直接指導を受けるっていうよりも,見て盗むみたいなところがあった。

 それから,会の太鼓を聞いて,「教えてほしい」と徐々に新しい会員が増えていく。
後ろ 大岡 成清 川手 竹内 犬飼  前 山本 会長 坪井
 * 99年の写真・・・会員全員ではない。

 94年度から,会で太鼓を購入するため,いざという時のため(私は,町内の太鼓を破ってしまわないか心配でたまらなかった。)に,会費を集め始めた。スポンサーなどない団体だから,安い太鼓を探し回り,95年にやっと一基購入できた。(京都の池繁さんには,大変お世話になっている。)
 古道具屋みたいなとこで,1つ6万5千円の太鼓を3つ購入したこともある。(この太鼓はひどかった。買ってすぐに私が2枚皮を破ってしまった。皮が古くて固くなっていたんだろう。鋲はプラスチィックで割れまくるし,胴には竜の彫刻。おおおおお)これも,後に池繁さんに頼んで,直してもらった。
 
 さて,いくつか太鼓が集まった97年,岡山城築城400年を記念する行事が,岡山市で開催された。築城400年を記念した催しを市民が企画するものに会で応募し,見事採用された。その中で,創作太鼓もすることになった。

<創作太鼓がやってみたいなあ>
 「創作太鼓」をしてみたいと会長にはかなり前から言っていたんだけど,「うちの会は,盆踊りの太鼓を叩く会。踊り子が主役,太鼓は裏方。目立つ創作太鼓がやりたいんなら,別の会に行け。」と言われると,ひっこまざるえない。でも懲りずに,「創作太鼓」と言ってしまう私。

 転機は,福祉センターの盆踊り。盆踊りの合間に,太鼓を叩いてほしいと要望があったこと。
 踊り子さんたちが喜んでくれるのなら・・・と,会長も創作太鼓へと乗り出した。
創作太鼓 山本と会長の掛け合いの場面
*石山公園で,市民総踊りの一場面
創作太鼓 犬飼がソロで入っているところ
*99年 福祉センターでの創作太鼓

<創作太鼓>

始めたばかりの頃の創作太鼓は,上のように立ち台?にのせた1つの締め太鼓と4.5の太鼓を櫓台?にのせて叩いていた。太鼓の数も人数も多くなかったし,縦置きにする台もなかった。

 (~ヘ~;) 99年頃は,私もソロを少し叩いていた。だめだったから,やっぱり山本中心になっていくんだけど・・・。

 そんな中,大岡さんが講習会で創作太鼓を習い始めた。私にとっては,とても新鮮で,吸収したいものだった。

2002.1.13 ふれあいセンター
  20数年,盆踊りの太鼓を叩いていて,「まだだめだ!」と思うこともよくある。
相馬盆唄も今一つ。備中松山踊りも,まだまだ。カラカッカさえ・・・。そんなんで,よく創作太鼓を・・・なんて思ったりもするけど。練習がんばるかなあ。

 <太鼓の講習会>
 01年7月,職場で太鼓の講習会のチラシが回った。神戸で,創作太鼓の初心者向けの講習会があるというのだ。出張になるか打診したところ,ダメ。まあ,しょうがない。参加費・交通費はちとかかるが,夏休みだし,行っちゃえ!
 01年8月に1回,02年3月に1回。まだまだ初心者の私には,ためになることが多い。
 (詳しくはここをクリック。 新しいウインドウが開きます。)
 今年の夏休みにもあるかなあ。また行きたい。でも,習った曲目,全然練習してないな。もっと上手に叩きたい。

 <2002年>
 さて,2002年の太鼓。会長が新しい曲を作り始めた。少しずつ練習。今の曲より,ゆっくりめだ。
 山本は,昨年から太鼓のうち回し?がすごくなってきた。遠いところへ行ってしまう。
 私はと言うと,7月24日に,おしりのできものを切開した。太鼓シーズン直前のハプニング。序盤の盆踊りを叩くのは無理だろう。8月中旬には,太鼓の講習会がある。行けるんだろうか?
 序盤の盆踊りは叩けなかったが,吉備から叩くことができた。須磨君,藤原君がとっても上手になった。力強く太鼓を叩く姿を見て,力いっぱい叩いていない自分が見える。「歳とった。」
 思い切り叩きたい。思い切り叩いてのるのが私の太鼓。愛の里で,思い切り叩いてみた。久しぶりの充実感。でも,長くは続けられない。しょうがないか。
 創作太鼓の山本のソロに木を打って合わせてきた。山本にではなく,坪井さんにであった。山本から木の叩き方の要望あり。山本に合わせて,「カカ,カカ,カカカカカカカカカ・・・・」こんな感じだ。平福で叩いてみたが,少し同じ調子すぎた。ここの練習を山本としないといけない。
 夏休みに太鼓の講習会に参加した。わだつみの方に「花がたみ」という曲を教えていただいた。全然覚えられなかった。まわりのおばさんがたがすごく思えてしまった。

 <ちょっとお休み>
 太鼓は私にとって大きなものであるが、子供会のスポーツの監督をしないといけなくなった。そのため、太鼓の練習には参加できなくなった。寂しい限りであるがしょうがない。

<2003年>
 練習には、全くといっていいほど参加していない。しょうがない。
 しかし、盆踊りの太鼓は少し叩かせてもらった。気持ちがよいです。

 シンフォニーホール
 そんな状況の中、岡山シンフォニーホールで太鼓を叩く企画がもちあがった。ずっと昔、武道館で叩いたことがあったが、その時のお客さんは数十人だったような記がする。
 今回は、創作の太鼓で、その時とはお客さんの数の桁も違いそうだ。
 岡山シンフォニーホール・・・。「一生で一度かもしれん。」と会長。そんなすばらしい舞台である。

 みんなに少し遅れて会場入り。ステージから見た客席、天井の広かったこと、高かったこと。舞台袖で出番を待ちながら、緊張感が高まる。集中。
 今までになく、集中できた。終わった後の充実感。今までで最高の感じだった。

* 上の「シンフォニーホール」をクリックすると、動画のページにいけます。その中の「シンフォニーホール」をクリックすると、動画の画面がでます。
 私がでている動画は、これだけ。中列の向かって左から2人目が私です。木部を叩いています。
 8Mくらいあったので、ちょっと時間がかかるかも。

taikoスナップ

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