1994年、真夏生まれ。30年ぶりの猛暑の中、クーラーの無い病院で生まれました。
ありさの母も30年前の暑い夏生まれです。
身長、体重ともに標準くらい。生まれたときは、2640g、45.5cmと小さめ、哺乳力、食欲ともに低く、4歳くらいまでは、(母子手帳に載っている)成長曲線の下限に沿って成長してました。
首すわり5ヶ月、つかまり立ち10ヶ月、一人歩き1歳8ヶ月、2語文話すようになったのが2歳半。
オムツが取れたのは3歳.。
睡眠
赤ちゃんのころ寝つきが悪くて、抱っこして子守唄を歌いながら歩きまわりながらやっと寝かしつけてもすぐ泣いて起きてしまいました。「眠たいのに寝れないよ!」と、言って泣いてるように思えました。
今は、枕に頭がついたとたんに寝ています。
お風呂
お風呂が大嫌いで、生まれたその日から、お風呂の間中、「殺される!」と思っているように泣き叫びました。
泣かずに入れるようになったのは3歳くらいかな。
歯磨き
歯磨きも大嫌いで、2歳くらいまでは歯磨きのたびに泣いて逃げ回りました。
今は、自分で磨いてますが、仕上げはママです。
指しゃぶり
赤ちゃんのときから寝るときは指しゃぶりがかかせません。
3歳くらいからは、やめさせようと腕にダンボールつけたり、手袋はめたり、いろいろしましたが、大抵抗に合って長続きしませんでした。お陰で、ひどい歯並びです。
何度もやめなさいと叱られて、ありさも今では、やめる決心をしているのですが……
寝る前
は「指しゃぶりをしないぞ!」と我慢しているけれど、熟睡するとチュパチュパやってしまうのです。
2歳半から3回熱性痙攣を起こしていたので4歳半の頃、軽い気持ちで脳波をとりました。
何週間か後、結果を聞きに行きましたが、診察室に1歩入ったとたん、医師の様子から悪い結果だったことがわかりました。
てんかんの疑いでした。
毎日元気に保育園に通っていた子が、突然入院して、たくさんの検査を受けました。
薬の血中濃度、副作用を調べるために繰り返される採血。
脳波、MRI、CT、SPECT検査のために、すごくまずい睡眠薬(抱水クロラール)を、ありさは何度もがんばって飲みました。検査のための点滴もありました。
複雑部分発作という薬の効きにくい型のてんかんで、原因は恐らく、妊娠中の脳形成不全とわかりました。
てんかんの薬は、3年間にテグレトール、フェノバール、セレニカ、マイスタンを試し、今は、テグレトールとマイスタンの併用です。発作は、最初発熱時だけだったのに、熱が無くても睡眠中に起こるようになり、更に起きて元気にしていたのに突然起こすようになってしまいました。幸い、保育園や小学校では一度も起こしていません。
1歳半検診で歩いていなかったため、2歳過ぎまで保健所の発達クリニックに通っていました。歩けるようになってしばらくするともう通わなくていいと言われたため、安心していました。
ちょっと遅いだけと思っていたので、3歳からは普通に保育園の年少組みに入園しました。
できないことが多く、時々泣いてどうしようもなくなるありさに、ベテランの先生は本当に優しく上手に接して下さったので、両親は発達の遅れを気にしていたことさえ忘れていました。
でも、入院中の発達検査の結果は、発達指数70でした。
単なる遅れではなく、器質性の障害だとわかり、何とかしなければと望みを託して通った市の療育施設は、月2回、1.5時間程度で、ちょっとがっかりでした。うわさどおり、希望してから実際に入るまでは3ヶ月かかりました。
でも、同じくらいの友達数名と優しい先生方と一緒にとても楽しい時間を過ごし、ありさはその教室に行くのを何よりも楽しみにしていました。
ママは病気がわかってから仕事をやめていましたが、障害児療育に理解のある保育園にも入り、毎日9時から4時まで過ごしました。先生方にはご苦労をかけましたがなんとか普通通りにやっていました。
入学前検診は非常に簡単な検査で、発達の遅れについて何も言われませんでした。でも、保育園の先生には、特殊学級のほうがいいのではないかと言われていました。
入学する小学校の校長先生に相談すると、特殊学級の先生、養護の先生とありさの様子を検討し、保育園での様子を見るため保育園まで見学にもいかれました。
養護の先生は特殊学級のほうがいいという考えでしたが、保育園の友達と普通学級に行くと信じて楽しみにしているありさの気持ちを考えて、とりあえず普通学級で様子を見ましょうということになりました。
入学式の日、張り出された組み分けでは、保育園で仲良しの友達と同じ組でしたが、恐らく配慮下さったと思います。
後からわかりましたが担任の先生も評判のいい年配の方でした。
授業中気の散りやすいありさを、前のほうの席にしたり、授業の遅れをお残り勉強で補ったりと先生が何かと気にかけて下さったお陰で、なんとか1年生は終わりました。
学童は、小学校から徒歩20分くらいのところにしかありません。そこまでには、踏み切りもあり、歩道の無い狭い、交通量の多い道も通らなければなりません。ありさを一人で歩かせるわけには行きません。学童からの帰りは30分くらいの道のりになります。
学童に相談すると、市のほうが週に3日は介助ボランティアを雇ってくれるということでした。小学校までのお迎えと、学童にいる間の補助、そして学童から自宅まで送り届けてくれるサービスを、無料で受けられることになりました。
週のあと2日は自分で何とかしなければならないと聞き、別に保育サポーターの方にお願いするつもりでしたが学童の先生が骨を折ってくださり、小学校への迎えと学童での補助は介助ボランティアの方に結局毎日やってもらえることになりました。
学童から自宅へ送り、30分一緒に待ってもらうことを、保育サポーターの方に週2回、1000円/回でお願いしました。
保育サポーターとは、市の講習を受けただけの個人のことで、個別交渉で、仕事や報酬を決めることになっています。
最初は電話帳に載っている民間のベビーシッターサービスに登録してお願いしようと思っていましたが、こちらは最低2時間からで、時間外料金、交通費などのため、4000円/回以上になるようでした。保育園の頃、実際何度か頼みました。風邪気味で休んだときに1日お願いしたら、7時から19時までで2万円くらいになりました。
その後、その方がやめられ、障害者支援施設のレスパイとサービスの存在を学童の先生に教えていただいていたので、そちらにお願いすることにしました。年会費、登録料などが数万円かかりますが、365日、24時間対応で、料金は650円/時間と、送迎費1回200円(ただし、デイサービスとあわせての利用のみ)です。
介助ボランティアの方が見つからないときは、学童を休まなければならないため、そういう時もレスパイトサービスにお願いします。下校時から夕方まで、施設で過ごし、その後自宅へ送ってくれます。
最終更新日 : 2002-03-31
2002年03月31日
14時12分36秒
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