標準よりはゆっくりだけど、着々と成長するありさと、若いときは勉強してたけどだんだんボケてきたありさママ。 いつかは立場が逆転するのね。

平成14年5月2日 木曜日

平成14年5月2日 木曜日

夕方、帰宅後、「ありさの日記」を、見せて、と.ありさに言われたので、このフォームを開いて、以前の分を読んであげると、ありさが今日の出来事を話し始めました。

以下、口述筆記です。

 

今日、学校に行ってて、一年生と一緒に遊んでから、総合遊具の滑り台で遊んでたら、うちが、自分のお尻を見たら、大きな穴が(タイツに)あいていた。

(今朝は、確かに何ともなかったタイツのお尻の所に、直径10cmくらいの穴があいてました。)

 

(学童とレスパイトサービスに行ってから)うちに帰って、勉強のご用意をしてるとき、お母さんがあれ(三度豆)を、切ろうとしていた。うちは「あっ、それ、私が切りたい。」と言って、包丁で、切りました。

 

以上です。

 

ありさは三度豆の端を切ってから、斜めに切って、それから、ジューッとフライパンで炒めました。

たまにしか、お手伝いしないのに、手つきが慣れていて、私がするのを良く見ているんだろうなと感心してしまいました。

 

ちょっと前の話ですが、夜、寝る前に、[お母さん、絵本を書こうと思うのだけど、どんなお話がいい?]とありさに聞くと、

 [うーん。]

と考えて、[くまちゃんの絵本。]

「くまちゃんのどんな絵本にする?」

と、いろいろ話していたら、

「ありさとくまちゃんのワクワク冒険」

というタイトルに落ち着きました。

 

ありさとくまちゃんが冒険に行くことになったのだけど、ありさはほんとは冒険が怖かったので、くまちゃんだけ行くことになりました。

朝、起きて、ありさが「あれ?くまちゃんは?くまちゃんがいないぞ。おーい、くまちゃーん。おーい、くまちゃーん。」と呼びました.でも、返事がありません。

お母さんに聞くと、[くまちゃんは、冒険に行きましたよ。]と言います。

ありさは、走ってくまちゃんを捜しに行きました。でも、見つからなくて、しょんぼりうちに帰ってくると、くまちゃんは、押入れの中で寝てました。

くまちゃんは、おうちの中で冒険していたのです。

押入れに、よっこらしょと、よじ登ってから、下に敷いたお布団の上に、ピョーンと飛び降りて遊んでいる(これは、ありさのお気に入りの遊び)うちに、押入れの中で寝てしまったのです。

 

と、いう話を作って話してあげると、もっと聞かせてと催促されました。「後は、明日ね。」と、おやすみを言いましたが、その後、話していません。

何か、面白い話が思いつけばいいのだけど。

平成14年4月28日 日曜日

先週は、家庭訪問がありました。

担任の先生とは初めてお会いするので、話し合うこともたくさんあり、普通、家庭訪問は10分程度のようですが、うちには1時間近くいらっしゃっいました。

 

宿題が毎日出ていたのですが、宿題で漢字をノートに書くときに、習った漢字のつく言葉と、文を書くようにという指示に対して、(1年生のときそうだったので)言葉だけで、文を書いていなかったり、漢字ドリルの番号を最初に書くことになっているのに、書いていなかったりと、細かいところが違っていたようです。

ありさは、その日の宿題の内容を、宿題カードに書いて帰ってくるのですが、宿題カードは一ヶ月分書けるようになっており、1日分のスペースは3cm四方くらいです。

それで、宿題の内容は略号で書かくことになっていますが、略号が何かをありさは理解していませんでした。

その上、先生が黒板に書かれたことを正確に写していないときもあり、何をしたらよいのかわからないときもありました。

「お母さんも働いていて時間が無いでしょうし、お父さんもお帰りが遅いのですね?亜里沙ちゃん一人ではできなくて、宿題の負担が大きいのでしたら、ありさちゃん用の宿題を考えた方がいいでしょうか?」

 

その時、ありさが 介助ボランティアの方と一緒に 元気に帰ってきました。

そして

「今日は、学童で宿題してきました。」

と、うれしそうに ボランティアの方が言われました。

宿題を 学童で したのは、2年生になってから 初めてのことなので、(確か、1年生の最初の頃、数回だけしてきましたが)

「すごい!偉かったね。」と、ありさをほめました。

それから、ちょうど、宿題の説明をするのに、国語のノートが必要だったので、先生はありさのノートに

「こんな風に、書くことになっています。」

と、見本を書かれました。

そして、ページをめくると、その裏のページに 先生が 今言われた通りの形で、その日の宿題が書かれていました。

きっと、学童で、他の子がするのを参考に、介助ボランティアの方に手伝ってもらいながらしてきたのでしょう。

ちょっと、宿題無理かなあと思っていたところへ、タイミングよく、宿題をしてきたので、ありさは

「すごい!すごい!」

と、パパ、ママ、先生にすごくほめられました。

誉められすぎに、びっくりしたのか、感動したのか、ありさの顔はちょっと泣きそうなくらいでした。

 

先生は

「今日できているから、大丈夫かなあ。」

と、当分 ありさも みんなと同じ宿題にすることに決まりました。

 

宿題 難しくなってきて大変だけど、がんばろうね、ありさ。

 

 

平成14年4月13日 土曜日

平成14年4月13日 土曜日

ありさは昨日、パパと一緒に、脳波検査に行ってきました。

検査は午前中で終わり、それから小学校に行きました。

2年生初めての給食の時間に、間に合ったようです。

 

脳波検査の時には、眠っていなければならないので、検査の前に、水筒1本分くらいのお茶で口を洗いながら眠り薬を飲み、小児科の端の部屋にこもります。

部屋を暗くして、ありさが横になっているカートを、ゆりかごのように揺らし、眠らせます。

寝たら、ブザーを押して看護婦さんに伝えます。

それから、長い廊下をそっと検査室まで運ぶのですが、大抵、検査室のベッドに移し変えるときに起きてしまい、なんとかもう一度寝てもらわなければと、やっきになってしまいます。

目を開けたり、もぞもぞするたびに、「目を開けちゃだめ。」「動いちゃだめ、早く寝なさい。」と言われるありさも辛いところです。

 

今までの、脳波検査はこんな感じで大変だったのですが、帰ってきたありさに聞くと、

「もう2年生だから、寝ないで した。」

とのこと。

「薬飲まなかったの?」

「うん。」

「もう2年生だから、一人でお部屋に入って、パソコンの前の丸いイスに、ちょこんと座ってな、

あの、(電極をつける動作をして)あれをつけて…。」

「それで、ベッドに寝たの?」

「ううん。」

「横になったの?」

「うん。」

 

そういえば、前回、寝るのに失敗したので、起きたまま脳波を取ったのに、てんかん波のスパイクがでていたそうでした。今までは、寝ているときだけてんかん波が出ていて起きている時はでていなかったので、入眠が必要だったのです。大きくなったから、じっとしていられるというのもあるでしょうが。

とにかく、この前の血中濃度と、脳波検査の結果を見て、テグレトールの量を減らそうという話になってきました。新薬のマイスタンが効いているといいのですが。

平成14年4月11日 木曜日

平成14年4月11日 木曜日

今日、レスパイトサービスの方が、いつも通り学童への迎えの後、自宅へ送って来てくれました。

ランドセルを持ってくれているので、黙って家に入っていったありさに「自分で持たなきゃ」と、言おうと思ったら、その方に

「車で少し吐いたんです。酔ったみたいで。」

と、言われました。

振り向いて家に入ったありさを見ると、確かに唇が土気色でした。何も言えずにやっとの思いで立ってるようです。

 

「うちに帰って来たから、もう大丈夫だよ。」

と、抱っこして背中をさすると、泣いてしまいました。

ずっと我慢してたのかと思うと、かわいそうでした。

 

レスパイトサービスは、夕方は利用が込み合い、何人か一度に車に乗せて、送迎サービスをしているので、最後の方になったありさは長い間、乗っていたのかもしれません。

 

ファンヒーターの前で、服を着替えさせて、優しく話していたら、だんだん唇が赤くなってきました。

「少し寝てたほうがいいからね。」と、布団を持ってくると、

「テレビ見てもいい?」

と、口もきけるようになって、一安心。

 

病気で寝てなきゃいけないときだけ、寝ながらテレビを見るのが許されるのを知っていて、ちゃっかり心が、働いたようです。

風邪とか、発作に関係あるかな、と心配でしたが、学童では元気だったと言うし、ちょっと多すぎかなと、思っていたお弁当も、空っぽだったので、ほんとに車に酔っただけみたいでした。

 

そのうち、

「宿題しなきゃ。」

と起きて、「読」という漢字と、一年生の復習の漢字を10個くらい書きました。

国語の教科書も読んで、今日の宿題は終わり。

 

 

平成14年4月7日 日曜日

平成14年4月7日 日曜日

 

平成14年4月7日 日曜日

明日は、始業式。

 

2年生になるまでに、“チャレンジ1年生“のワークブックを終わらせようね」と、春休みの間中、言い続け、そのたびに何か言い訳をしていたありさです。

「明日で、2年生だよ。」 

と言うと、突然

2年生までに、1年生のを終わらせなきゃ。」

と、半泣きで、勉強を始めました。

 

2年生になってからも、1年生の勉強していいんだよ。」

と、慰めたけれど。

カタカナのワークブックを数ページ(これで、やっと半分くらいまでできた)と、“チャレンジ1年生”の6月号、7月号のやり残していた分を、がんばりました。

問題を理解しないまま、答えを書こうとするので、とても疲れるようでした。

多分、私が英語で書いてある問題を前にした状態なのでしょう。

 

その後、一緒にスーパーまでお買い物に行きました。

買い物メモを書くのは、いつもありさの仕事です。

「自転車で行きたい」

と言うので、ちょっと雨が降りそうだったけど、

自転車(まだ、補助輪付き)で行きました。

結局、帰るまで雨は降らず、

「私の言った通りでしょ。」

と、うれしそうでした。

 

お昼の後は、昔話の絵が付いた ひらがなカルタと、カタカナカルタで遊びました。

ひらがなカルタは、ありさが読んで、ママが取りました。

小さい「つ」、「や」、「ゆ」、「よ」、濁音、等、あやしいところが多かったです。

「いっすんぼうし」→「いすんぼうし」、「ぶれーめん」→「ふれーめん」、「じゃっく」→「読めない」等。

 

カタカナカルタは、ママが読んで、ありさがとりましたが、最後に残ったものを見ると、なんだか合わない。

「ヌ」、「ム」などを、間違えて取っていたようでした。

でも、勉強とは思っていないので、楽しい時間でした。

平成14年4月6日 土曜日

平成14年4月6日 土曜日

 

平成14年4月6日 土曜日

昨夜、私は職場の送別会があったので、パパが夕方6時に帰ってきてくれました。

前の日に作っておいたカレーを、2人で食べたそうです。

ありさは、あまりカレーが好きではないのだけど、ママがいない間、ありさがパパにあまり怒られないよう、パパの好きなものを作っておきました.。

でも、子供用甘口カレーだったので、「辛味スパイスを入れて食べてね」と、言おうと思っていながら、忘れていました。

 

帰宅は 10時くらいになりました。ありさはいつも、9時頃から「寝なさい!」と言われて、なんだかんだと寝るのを引き伸ばし、結局10時ごろ寝るので、まだ起きてるかなあと、思いながら部屋をのぞくと、もうぐっすり寝ていました。

 

今朝、起きてきたありさに

「どうして早く帰ってこなかったの。」

と言われてしまいました。

昨日は「もう 9時過ぎてるから 早く寝なさい」と、パパに言われて、すぐ寝たのだそうです。

パパには、引き伸ばし作戦が効かなかったのね。

 

今日は、久しぶりにゆっくり勉強をしました

「カタカナだけは終わらせよう!」

と、ありさも はりきっていましたが、そのうち

「もう、疲れた」 

と、いやになってきました。

 

そこへ、お友達から、

「遊びに行ってもいい?」

と、電話がありました。

 

「勉強してるから」

と、律儀に断ろうとするありさでしたが、

「(お友達が来るまでに)終わらせればいいからね。」と、ママが言って、遊べることになりました。

 

いつも、どちらかが 1時半に遊びに来て、3時に持参したおやつを食べ、5時にお迎えが来ることになっています。

今日も、楽しく遊んで、3時におやつを食べて、5時に 「雨が降りそうだから」と、お父さんが車で迎えに来られました。

 

平成14年4月4日 木曜日

 

平成14年4月4日木曜日

今日は、離任式でした。

数日前、ありさの1年生の担任をされた先生が退職されることを知り、私はとてもがっかりしていました。50代の方でしたが、退職されるお年ではありませんでしたので、クラスの他の方々も、びっくりされていたようです。

クラス役員の方が緊急連絡網を回され、離任式の日、先生に花束と、手紙を渡すことに決まりました。

昨日、ありさに「先生とお別れだから、お手紙書こうね.」と言うと、ちょっと黙り込み、悲しそうな顔になりました。そして、真剣に、時間をかけて書いていました。

「見ないでね」

と言ってましたが、字を聞かれたときにちょっと見ると、「○○先生とお別れするのは寂しいけど、新しい先生がくるから大丈夫」という内容のようでした。

 私も、お世話になったお礼(と言うより、せっかくいい先生だったのに、残念!と言う気持ちがにじんでいるかもしれない)の手紙を書きました。

ありさが、先に書いて、キティちゃんの封筒に入れ、裏に名前を書いていましたが、私のほうの便箋を折るとちょっとはみ出てしまったので、別の封筒に入れ直しました。

今朝、そのことを知ったありさは、

「せっかく、名前書いたのに!別々の封筒にすればいいじゃないの!」

と、ひどく憤慨していました。

お説、ごもっともと、のりをはがそうとしたけれど、破れそうなので、今日は我慢してもらうことにしました。

ごめんね、これから気をつけるね。

 

しっかりしてきたありさですが、昨日の夜、なんだか焦げ臭くて、一人でこそこそ遊んでいたありさに聞くと、マッチをつけてみたようです。

私が怒っているので口が重くなり、なかなか話してくれなくて、どこかでくすぶっていないかと焦りましたが、

「フッとしてから、(ごみ箱に)捨てた」

と教えてくれました。

どうやら、つけたのは一本だけで、ちゃんと消えていたので大丈夫でしたが、「マッチは水に濡らしてから捨てている」ことと、「マッチで遊んで火事になって死んでしまった子がたくさんいるから、もうしないでね」ということを話しました。

多分、もうしないでしょうが、やっぱり、一人でお留守番は危ないと実感した出来事でした。

 

平成14年3月31日 日曜日

 

平成14年3月31日 日曜日

木曜日、いつもの病院に検査に行きました。

この4ヶ月、発作が無かったため、久しぶりの通院です。

採血があって、かわいそうだったけど、待ち時間の間、河原で桜を見て、その後、待ちに待っていたおばあちゃんの家に行けたので、きっと大満足だったでしょう。

 

4/1、2の2日間は学童がお休みなので、4/2の夜までおばあちゃんのうちにいる予定です。

さっき、おばあちゃんの家に電話して、ありさに「お勉強してる?」と聞くと、

「うふふ…」

「ちょっとは、してる?」

「うふふ…」

と笑ってごまかすありさでした。

ママは土・日の間、一人で好きなことができて満足していたので、

「楽しく遊んでいるならまあいいか」

と、いつもより優しいママでした。

 

ある日のありさ 平成14年3月25日 月曜日

平成14年3月25日 月曜日

春休みなので、お弁当作りで、いつもよりちょっと忙しい朝。

朝8時にレスパイトサービスの方が、迎えに来られ、ありさは元気に「いってきまーす。」と車に乗り込んでいった。



夕方、いつものように6時頃、駅から家に向かって歩いていると、ありさから私の携帯にTel。

「明日は、お弁当いらないからね。」

と、ありさ。

明日は、学童でごはん作りの日なので、“お弁当はいりません“と、春休みの予定表に書いてありました。

わざわざ電話してきたのは、多分、学童の終わりの会でそのことを聞いて、重要事項だから、早く伝えたかったのでしょう。



家に帰ると、玄関の前に見知らぬ人がたたずんでいます。

新しい介助ボランティアの方が、「初めてなので挨拶しようと思って待っていた」とのことでした。

ありさは中にいるのに、「勝手に入ったら悪いと思って」ずっと、外で待っていたそうです。桜が咲いたとはいえ、まだ寒いのに申し訳ない。聞けば、「朝にも挨拶に来たけれど、既にでかけたあとだったので」ということでした。



家に入ると、ありさは、「お母さんのお弁当おいしかった!」と言って、空っぽのお弁当箱を見せてくれました。

それから、帰る途中で拾った桜の花を、「お母さん 喜ぶと思って。」と言いながら、かばんから出してくれました。

介助ボランティアの方は、学童が5時に終わり(いつもは5時半までなのですが、春休みなので)、私の帰宅が6時頃と聞いていたため、ぶらぶらとゆっくり帰ってきてくださったようで、うれしくなりました。桜の花はぶらぶらの途中で拾ったのでしょう。



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