2016/3/21 本日は黒沢明監督の映画「まあだだよ」の主人公の名前の由来となった岡山の偉人「内田百閨v先生ゆかりの百間川(岡山市)の往復散歩に出かけた。百關は旭川氾濫予防のため造成されたと聞いていたので山南川か高屋川程度の川かと思っていたが,意外と大きな川だったのに驚かされた。遊歩道も整備され驚きの連続だった。
2016/2/14 外国人にも大人気とのうわさの大久野島に行った。桟橋から多数のうさぎの出迎えがあった。1971年8匹のうさぎが今では,700から1000匹(羽)までに増えたということである。島内のうさぎにも人気のうさぎがいるとのことで,人気のうさぎに偶然であうことができた。
2016/1/11今年の新春登山は神島(笠岡)の八十八カ所巡りとなった。ベイファームで菜の花畑の写真を撮り栂の丸山を目指した。刺激の少ないコースではあったが,瀬戸内海の多島美/福山JFE/笠岡市街/干拓等を堪能できた。
2015/12/7 清水寺,高台寺,幕末維新関連,&世界文化遺産の高山寺(京都らしい明恵ゆかりの古刹)
2015/12/6 東福寺,泉涌寺,清水寺(山)将軍塚,インクライン,南禅寺,平安神宮制覇。充実の一日だった。
2015/12/5 伏見稲荷コース制覇,期待通りの鳥居の数だった。
2015/9/26 メンバーの都合で予定を1日前倒しして出発した。大佐山スキー場の東に位置する低いが見晴らしの良い山だった。下草刈りがされ道は整備されていた。特徴のない山ではあったが,コケが多く癒される気がした。田舎に来るといつも日本の少子高齢化問題が話題にのぼる。解決策が見いだせないままいつも帰路につくのであった。
2015/8/23 県民の森 菅田さんによると「8月23日は小幡さんと県民の森に行ってきました。この時期にしては本当に静かな山登りができました。一組の団体がありましたが。大膳原のベンチは他に一組おられただけでした。ススキが咲いてワレモコウもふわふわしていました。写真を添付しています。」
2015/7/26 歩き始めてから1kmは道が狭く蜘蛛の巣取りとマムシチェックで気を使った。枝が頭に当たるので、この時ほど長身であることがうらめしく思えたことは無かった。しかし、8合目の展望台以降は見晴らしもよく、満足のいく登山となった。星山、櫃ケ山、津K山等周辺には個性的な山が多くある。そこには青葉山岳同好会の本能を刺激する何かがある。
2015/6/28 天候も回復し登山日和となった。福田頭は道路も整備され以前の面影はなくなっているらしい。最初は田園風景、次は熊野古道、登るにつれ屋久島風な風景、頂上からは県民の森のブナ林、下山時は比婆山の風景を彷彿とするようなロケーションだった。30000歩近く歩くこととなったが、満足のいくトレッキングだった。往復松江道を利用したが快適だった。
2015/4/29 今回は新しいメンバー(山ガール、アーリー)を迎えての新緑登山となった。今回は壮年と青年の2つの体力的な世代間格差はあったが、終始なごやかな雰囲気での気持ち良い登山となった。大山を含む中国山地が一望でき満足できた。毎年新緑を見ると、ナタリー・ウッドの映画「草原の輝き」の中に出てくるワーズワースの詩が思い出される。「あの草原の輝きや草花の栄光が還らなくても嘆くのはよそう。残されたものの中に力を見出すのだ」
2015/3/29 早朝より雨が降っていたが、じきに上がるという予報を信じて出発した。美観地区を抜けるときれいに整備された桜並木の倉敷川があった。川沿いは土筆や菜の花が生えて春の息吹を存分に感じることができた。途中、藤戸寺、熊野神社、五流尊瀧院を通って木見より帰路についた。ムスカリ等、日ごろ見慣れた草花を多く見かけたが、知らない植物も多かった。もっと名前くらいは分かるようになろうと思う。
2015/2/15 清音駅から歩いて古墳のある歴史広場から幸山城跡にいくまで、心臓破りの階段があった。直登だったので、下から見ると浄土への階段に見えた。苦しかったが、気が付くと幸山城跡への分岐点に着いていた。気が付くと、30歳になっており、40になっており、50を過ぎていた。登山部も40年になっていた。気が付くと人生が終わりかえていたということにならないよう、気を付けたい。
2015/1/12 5年ぶりの佐木島登山となった。新藤兼人監督の「裸の島」のロケ地だったとのこと。また、ミニトライアスロンの島でもある。リレー方式での参加も可能とのことで、菅田さんがマラソン、小幡さんが自転車、私が水泳で出場しようとの話になったが、実現可能性は限りなく低い。冬の登山は、孤独や死を実感するには最適だと思う。枯れた樹木、三原方面のどんより曇った空をみるにつけ、生きる意味について考えさせられる。メランコリーな気分に浸りながら、港に着くと、ああ、生きていて良かったと実感するのであった。
2014/12/23 今年最後の登山は、井原線ホリデーパスで備中呉妹駅北の石鎚、城山のミニ縦走で締めくくった。風光明媚で暖かい1日だった。南向きで暖かくいい所ですねと言うと、地元の老人は「ここはいいところでも、銭が無いわ」とジョークを飛ばしていた。高齢化とワーキングプアな状態がかなり社会的に浸透していると実感した。毘沙門天の上で写真を撮った。神仏が庶民の脅威であった時代が懐かしいもんだとうそぶいたが、まずかったかなと後悔もした。時間調整で、吉備真備まで歩いて帰った。
2014/11/8-9 今年の忘年登山は参加者の日程が合わず3名のみとなってしまった。初日は姫路、書写山、二日目は、生憎の雨となったため急きょ予定を変更して、大手かまぼこ会社の「ヤマサ」の工場見学と、姫路城見学とした。書写山圓教寺はやたら広く、トムクルーズ主演「ラストサムライ」のロケ現場には容易に到着できたものの、昼食予定地の頂上まで辿り着くのにはかなりの労力を要した。二日目はかまぼこ工場の見学に行った。シルシルミシルのバラエティ番組を見ているような感じだった。その後雨の中、姫路城周辺を散策した。雨に煙る姫路城は紅葉につつまれ、寂寥感を感じさせるものであったが、大手門周辺は外国人や一般観光客も多く、はたまたご当地アイドルまでいたので、割に刺激的な散策となった。
2014/9/23 天候にも恵まれのどかな一日だった。可部の御神水のある駐車場に車を停めて山頂を目指す。ほとんどは山を切り崩した林道を歩く感じだった。山頂から可部の市内を望む。山頂にいた老夫婦が周辺の山と災害の状況について説明してくれた。冠山を通る山道はかつては安芸の国と山陰をつなぐ街道だったらしい。その説明をしている看板がいくつかあった。帰り、世羅の道の駅により、無料の試食のなしをたらふく食べて帰った。
2014/8/24 広島市安佐南区八木で起きた土石流の災害を気に掛けながらの登山となった。玉峰山頂上まであと少しのところから本降りの雨となった。しかし、雄滝、小窓岩、玉峰山山頂、森林公園、砂の器記念碑、道の駅、亀蒿駅の蕎麦、横田の天然水での紅茶等盛りだくさんのイベントがあり満足のいく山行であった。
2014/7/20 朝6:30神辺出発、ほぼ予定通りの大山ユートピアまでのコースを消化した。大神山神社から下宝珠越までのコースは心臓破りの辛いコースだったが、退路を断った兵士の気分で頂上まで進んだ。山ガールが多かったが、お花畑を目的としていたのではないかとの結論となった。帰路、砂すべりは誰しも経験したことのないスリリングなものだった。砂の下には残雪が残っていた。菅田さんの発案であるスパッツの代用品である「土のう袋」が非常に役に立った。帰福はPM8:30となった。
2014/6/29 越智さんも参加された。途中黄色の木いちごが多く見られた。登山口が分かりにくかったが,テレビ塔用の電線があることを確認して出発点を推測した。松田さんのシャーロック・ホームズ並みの名推理で道に迷わずに済んだ。要害桜はソメイヨシノとは全く違った幹と葉をしていた。桜の咲くころに来てみたいと思った。気温も過ごしやすく気持ちのよい一日だった。今日は,大富山城,下横田城,岸本城,五品獄城,九鬼城など多くの城を攻略できた。満足,満足・・・
201/5/25 距離と時間が想定されていたものと違っていたため,秋葉山までたどり着くことができなかった。しかし,初夏らしい山の空気を満喫することはできた。歩数は26130歩で近年では最高数を記録した。ちょっと疲れた。最近,「発見ニッポン城めぐり」という全国3000の城を攻略するゲームをやっているが,今日だけで岡山県の8つの城を攻略することができた。高越山城,猿掛城,矢倉城,小松城,鬼身城,備中高松城,有漢常山城,鶴首城。
2014/4/29 朝方まで雨が降っていたので中止の予定だったが,急きょ再開の運びとなった。写真は菅田さん作。雨上がりの新緑が幻想的な空間を演出している。こんな雰囲気は今の時期特有のものだろう。行けなかったことが残念。
2014/3/21 福山は快晴だったが,JR宮島口は雨だった。その後,雨と晴れが繰り返されていくことになる。途中沢があったが,非常にきれいだった。山が花崗岩であることが理由かと想像した。水がきれいなのが理由なのかどうか不明だが,鳥が多かったように感じた。シジュウカラやウグイスを観ることができた。下山途中「王舎城」というカルト教団の建物に遭遇した。監視カメラが随所に配置されちょっと異様な雰囲気を感じた。かなりな距離を歩いたので20000歩は超えているだろうと思えた。ちょっとした試練の登山だった。
2014/2/11 3日前の土曜の大雪の影響で残雪があったが,登山道は整備されていて快適だった。海沿いということもありシダが多く生えていた。寒河の駅のそばにカキオコの有名店(タマちゃん)があり多くの客でにぎわっていた。天狗山からは瀬戸内海の多島美を望むことができ,中央に小豆島があった。北側,中国山地の上空には雪雲が見えた。春と冬の混在した世界。
2014/1/13(成人の日)風も無くまずまずの登山日和だった。この時期山に登ると光芒という現象に出くわすことが多い。何となく見過ごすのだが,自然の神秘を感じる。途中糸崎駅を出てしばらくして地元の歴史オタクの人に会った。かつて糸崎がいかに栄えたかを切々と説明されて,ちょっと迷惑な面もあったが,糸崎・三原の歴史が若干理解できた。頂上から見下ろす三原の町も少し違って見えた。
2013/12/23(天皇誕生日)岡山の和気アルプスに挑戦。地図を見ると日本アルプスの名前が地名にそのまま使われていた。洒落としても面白い。眺望も良く運動量も適度で良かった。横田さんが送ってくれた写真が今流行りの3Dではないかと話題になった。それはあり得ないという結論にはなったが,今の技術ではあり得そうなので一時,全員が半信半疑になっていた。現代社会ではだれもが半信半疑になりやすいということかも。
2013/11/1(忘年登山2013)
11/1深夜に紀伊田辺(和歌山)の淫靡なビジネスホテルに到着,そのまま爆睡(田辺ステーションホテル)
11/2バスで小広王子に向かう。中高年向(けの遊歩道を散策するものと思いきや,600m級の峠越えを何度も繰り返すかなりヘビーな健脚コースだった。(全21km,通常2日のコース)18:00頃,精根尽き果てた状態で「湯の峰荘」に到着
料理は和洋折衷の豪華なものだった。2度温泉に入り10時過ぎには就寝。
11/3熊野古道 大日越えで予定通りのコースを消化。みんな筋肉痛にさいなまれる。
2013/9/14 351回,耳スエ山の予定がいろんな経緯からここになった。また,3か月近いブランクがあったが,みんな元気で何よりだった。
今回は伊良谷山から毛無,出雲峠という反時計まわりコースで歩きやすく無理のないコースだった。終盤,マツムシソウの大群落に出会えたのは大きな収穫だった。
2013/6/23 350回記念登山。雨の可能性もあったので避難所のある大膳原経由で吾妻山を攻略することにした。三井野原から馬木町を通って行った。たまに小雨が降ったが大したことはなかった。この時期は花も多くカッコーやウグイスの鳴き声が四方から聞こえた。中高年の登山者も多かったが,女性が多かった。男は絶滅危惧種になりつつあることを予感した。
2013/5/26 バーベキューの予定だったが参加者が少なかったので延期となった。道後山登山は予定通り敢行。土肥安希乃がほぼ12年ぶりに参加。月見山のトイレは水が出ないため使用中止だった。帰りは尿意を押しとどめて我慢するしかなかった。道後山の山頂の看板のねじが緩んでいたので菅田さんが針金で修理した。国民の鏡ですね。花が咲き乱れていることを期待したがイワカガミ以外は目立った花が無かった。天気も良好で気持ちのいい一日だった。めでたしめでたし
2013/4/29 快晴で気温も快適だった。津山線は旭川に沿っており新緑が絶景に花を添えていた。三引さんと越智さんも元気な姿を見せてくれました。結果的に2つの山を登ることになったのですが,無事に帰還することができました。めでたしめでたし。
2013/3/20 小雨の降る中での登山だった。三滝寺は滝のある由緒ある気品の備わった寺だったが,雨が降っていたので撮影は断念した。上田宗箇に由来する何かを見つけようとしたが,見つけることができず残念だった。しょうがないので,信長の野望(ゲーム)でもやって戦国時代に思いをはせようかと思う。
2013/2/11 天候にも恵まれてウォーキング日和だった。笠岡駅からフェリー乗り場までが分かりにくく若干戸惑ったが,9時半にはホワイトスター2という遊覧船のような船に乗ることができた。多島美は言うに及ばす奇岩も多く景色が良かった。運動量も適度で大変有意義な一日だった。東から水島コンビナート,寄島,神島,日本鋼管,沼南アルプス,田尻,仙酔島,走島・・・などが一望できた。
2013/1/19 本来1/14の予定であったが雨の為,1週間延期となったが,今日はまずまずの天気だった。三引さんを迎えにぎやかなメンバーとなった。山道の1本道と違い一般道では道に迷うことが多かったが,何とか全コースを制覇することができた。玉島は名刹が多くかつての栄華を感じられたが,今は商店街も活気がなく,どことなく無常観の漂う街となっている。福山も似たようなものだが・・
栄枯盛衰,勝者必滅を感じた。帰路三引さんは玉島の地酒「燦然」を買っていた。燦然とはすごいネーミングだ。
2012/12/24 玉野・深山公園ハイク 寒波の為寒かったが天気は最高だった。深山センターハウスからオリエンテーリングコースを南下した。瀬戸内海と途中の岩山を眺めながらのハイキングはなかなか良かった。玉野の町を注意してみていると,彫刻やモニュメントが何気なく随所に置かれていることに気付く。
2012/11/23-24 さひめ野→孫三瓶→子三瓶の順に登った。なんとか天候ももったので幸運だった。さひめ野の温泉も料理も最高だった。松田さんのご厚志により蟹の差し入れがあったのでありがたく頂戴した。蟹ずくしでみんな腹がはちきれそうになった。
翌日は石見銀山の散策をした。世界文化遺産という高尚な視点ではなく,一般的な歴史の遺産としてみればそこそこいいものではないかなと好意的に感じることができた。
2012/9/22 朝7時に出発して三次経由で浜田線の大朝インターで降りて寒曳山へ行った。気温も20度前後で過ごしやすかった。スキー場があるにしては山はさびれていたが,花やキノコが多く見られた。下山中に真っ赤な「タマゴタケ」と遭遇した。調べると食用可となっていた。毒キノコと思っていたので持って帰ることは控えたが惜しいことをした。これを食べていたらいい経験になっていたのに悔やまれる。
2012/7/28 滝があるということでこの山が選ばれたものの646mと割に低く,塩滝の水量も少なかったので,涼むという目的は達成されなかった。ただ,過酷な環境にも適応する体を作るという自己啓発にも似たトレーニングにはなったと思う。とにかく暑くて日射病の危険との戦いだった。もうすぐ頂上でそこにはオアシスがあるという希望だけが,エネルギーの源となっていた。結局頂上は存在せず行き止まりだったが,一応目的地に到着するこはできた。嘘でも希望だけは必要なのだなということを実感した一日であった。
2012/06/23 梅雨の中休みといった時期と重なりラッキーだった。仏通寺の新緑を見ながら沢沿いに頂上を目指す。1時間半の登りはきつかったが,幸い急登は無かったので何とかなった。登山の最中は良くカメラやハイテクの話になるが,最近の話題として,ハイテク製品は高額品を買うよりは安い最新商品を買って早めに買い換える方が得であるという結論となっている。特にTV,カメラ,プリンタなどは安い新製品のほうが古い高額品より機能が高い。先日,100均でビノキュラーを買ったが,全くそうだなと実感した次第であった。
2012/05/20 前回,呉,休山から若干間が空いたが何とか今年4回目の登山にこぎつけることができた。1年半ぶりに松本さんがやってきた。震災のボランティアもひと段落したらしい。甲山の北側の山だが整備が行き届いていて見晴も良かったが,ややさびれた感もあった。高速のSAのようなモダンなワイナリーや農園が整備されるにつれて従来の娯楽設備は衰退していったのかもしれない。世羅町を鳥瞰する写真は算数の設問の「町の人口」として使えそうな気がした。明日は金環食なので,キンカンを持って行って配ったが,あまり受けなかった。みんなはワイナリーで試飲していたが,私はワインソフトクリームで我慢した。それでも酔った気分になった。松田さんの発案で菅田さんの退職のお祝いをすることができた。
2012/03/17 1日中雨だと思いコンパクトカメラを持参したが,菅田さんの予想通り呉駅到着と同時に雨はあがった。呉は坂道が多く尾道や鞆と同様に道の狭い家の密集したイメージがあったが,当初のイメージと違い軍港らしい異国風な趣のある街だった。気温も18度近くにまで上がり春爛漫といった感じとなった。下山中多数の猫に遭遇した。帰りに大和ミュージアムへ寄って帰った。タイタニックばりの沈船調査のビデオがあったが興味深い内容となっていた。
2012/02/12 1400円でホリデーパスを買って井原線へ乗る。井原線の高架から周囲の山を見るにつけその風景に室町時代の余韻を感じさせる何かがある。総社では,秀吉の高松城水攻めの遺構を見学後,最上稲荷の奥之院(龍王山)の頂上まで行った。今回も昼食後にぜんざいを食した。最上稲荷は日蓮宗と稲荷神社の合体した神仏習合の宗教法人となっている。頂上付近の八畳岩からは総社平野が一望できる。すがすがしい一日だった。帰路の井原鉄道で見たぎんぎんぎらぎらの夕日が印象に残った。
2012/01/07 朝七草粥を食して参加した。新春にふさわしくすがすがしい一日であった。松田さんの提案で今回から青葉山岳同好会の会則を作ることとした。本日より新しい山岳部の門出である。頂上で祝いのお汁粉を食べた。今回はカメラのキタムラで2000円で買った,PENTAX OptioE60の性能を試してみた。結果は左のフレームをクリックしてご覧いただきたい。
2011/12/23 福山から2時間30分かけて大竹玖波駅まで行った。天気は猫の目のように変化し,あられにも降られたが,傘をさすほどではなかった。岩国のコンビナートの煙突からの水蒸気は高く立ちのぼり独特な雰囲気を醸し出していた。
頂上で若い夫婦と思われるカップルに遭遇しただけで他の登山客はいなかった。巨大な岩が随所にあり印象に残った。
2011/11/12-13 2011年の忘年登山は那岐山(岡山)となった。初日は那岐山→滝山コースでかなりハードだった。稜線から那岐町の眺望は抜群の絶景だった。稜線は熊笹が多く茂っていたが,整備が行き届いているせいで歩きやすかった。光芒が多く見られた。宿泊は美作湯郷かんぽの宿。翌日は那岐山の南西に位置する山形仙に登った。気温は10月中旬程度で過ごしやすかったが,自然のサイクルが乱れつつあることに対する脅威を感じた。
2011/10/21 探偵ナイトスクープの反響は予想以上だった。広島,岡山は深夜0時20分からの放送ではあったが,リアルタイムで観ていた人や録画していた人も多く,宣伝もしていなのに何件もの問い合わせがあった。教育出版の名に恥じない学術的な内容で良かったという人が多く,評価も良かった。視聴率も2位を確保できたので一応の成功だったと思う。やれやれ
2011/9/23 天気は良好。気温も20度強で快適だった。毛無山は庄原周辺に3山ある。山名が決められたいきさつは分からないが面白い名前であることは理解できる。頂上はブナ林で広々としていた。まさに癒しの山だった。
高野町のりんごは小さく、味も今一つだった。帰りに東城のリンゴ園にも寄ったが、東城のほうが粒も大きく、味も良かった。
2011/8/27 県民の森では、どんぐりの葉がどんぐり付きでおびただしい数が落下しているという異常事態を目撃。天変地異の前触れかとみんなで心配したが、チョッキリムシのせいであることが判明。晩夏の植物も今が盛りと自己主張していた。
マツムシソウ、ツリガネニンジン、ワレモコウ、ネジリバナ、ツルリンドウ、アキノキリンソウ、白樺、そしてチョッキリムシの犯行。
2011年の夏も終わりとなり、我ら山岳部にとってはひと夏の経験となった。
2011/7/31 吾妻山の休暇村から時計回りのコースで頂上に向かう。キャンプ場からのぶな林のコースは何度来ても気分をなごませる効果がある。稜線に出ると,なでしこなどさまざまな花が咲いていた。頂上から大膳原へ下る。白いなでしこもあった。湿度は若干高めではあったが,気温は快適で気持ち良かった。ほとんどは曇り空だったがかなり日焼けした。日焼け止めの必要性を痛感した。
2011/7/3 生憎の雨であったが,梅雨なのでしょうがない。1週間延ばしたが決行することにした。
今回は頂上に車を止めて徒歩で下山,再度頂上を目指すという前例のない展開で登山を敢行した。
歩行中は雨も降らず快適であった。この時期は5月の新緑とは違った植物の成長の息吹を感じることができ,疲れも感じることがなかった。帰路は庄原「食彩館・ゆめさくら」へ立ち寄った。
福山への帰りも早かったので,蔵王山へも立ち寄った。
2011/4/17東北大震災でボランティアへ2度も参加したという松本さんの経験談をみんな期待していたが,急用で参加できなくなり,また,小幡さんも急用で不参加となった。しかし,行ったことのない福山サービスエリアでのショッピングや福山市街を西の山から望むという経験は斬新なものがあった。自分が住む町を鳥瞰図のように眺めるのはちょっと別世界を見るような不思議な気分になる。
2011/3/26 時々春の雪がちらつく天気ではあったが、後に回復した。三野公園はきれいに整備されている公園ではあったが、半田山は近所の人も訪れることのなさそうな若干荒れた山であった。東日本大震災が脳裏をよぎり手放しでは楽しめない登山ではあったが、春が感じられる一日であった。
2011/1/10 今年最初の登山ではあったが、私的な用事のため参加できなかった。代わりに菅田さんに写真を頼んでおいた。それほど高い山ではなさそうだが、独特な雰囲気のある山のようである。冬の殺伐とした風景と相まって郷愁を感じさせる何かがある。少子高齢化、ジャパンシンドローム、未来への閉塞感。山は巷の喧騒とは無縁でいいと思う。
2010/12/23 青春切符で行く山陽線(可部線)ぞいの登山となった。気温は高く11月上旬程度の小春日和という感じだった。広島市内は春霞といった感じでもやがかかっているという様相であった。広島市近郊ということで登山客も多いかと思っていたが、それほどでもなかった。頂上からは黄金山、似島、江田島などが一望できた。帰り、下祇園からの電車は呉線経由であったが、そのまま乗っていくか、広島駅で乗り換えるかということで、一同悩んだが、結局広島駅で乗り換えることとなった。人は人生の岐路でどちらかを選択して片方を切り捨てるものであるが、コースの選択というミニ人生ゲームを体験した。ちょっと大げさかな・・
2010/11/13 黄砂がひどく、天気予報では晴れであったが、実際は曇り空の様相であった。
津黒高原荘からの景色は良かった。温泉もなかなか良かった。
2010/11/14 若杉山の上部は毛なし状態で見晴らしがよく、御茶ノ水博士の頭のような形状に思えた。
秋の山は物悲しいが、変化の波の一要素と考えれば悲哀を感じることもない。
2010/9/23 松田さんはマッターホルン登頂で欠席。午前4時の雷雨で中止を予感したが、北から晴れるとの情報で登山決行。登山道は整備されておりブナの林はフィトンチッドに満ちていた。稜線沿いに歩くと両側の地形や植生、気候を比較できて楽しく貴重な体験となった。
2010/8/22 記録的な猛暑の中の登山だった。松田さん高松君は欠席だった。割に緩やかなコースでそれほど疲労を感じることはなかった。ただ、登山道が分かりにくく2・3度道に迷った。一時は野宿も覚悟したが杞憂となった。猛暑と湿度の高さからかブトが多かった。しかし、ブナの森林を満喫でき、適度な運動になってみな満足して下山した。。岐路で黒い犬に遭遇した。熊かと思い恐怖で一同固まってしまった。後で分かったことだが、恐怖で固まっていたのは犬も同様だったようだ。
2010/7/19 今日登った大佐山には、かつて横田さん、川手さん、上山さんで行ったことがあります。川手さん、上山さんはタンデム(インストラクターと二人)で飛ぶことができましたが、横田さんと私は高所恐怖症と凪(なぎ)のため断念したという経験があります。その時スカイスポーツは無理という教訓を得た。ずいぶん昔の話です。今日は松本さんの退職記念登山も兼ねていました。松田さんが持ってきたシャンパンでお祝いをしました。退職後の充実した生活を送る秘訣を経験者から伝授してもらいました。趣味を持つこと、地域のコミュニティとの連携を図ることが重要という話でした。なるへそ。今日は非常に蒸し暑く汗だくで頂上までたどり着きました。みんな無意識にパラグラダーが空を飛ぶ写真を撮っていましたが、自由になりたいという無意識の願望を投影していたのかもしれない。梅雨明けでキノコがたくさん生えていたが、食べられそうなものは見当たらなかった。しかし、あの危険なベニテングダケでもロシアのある地区では食べているとのことです。世界は広い。
2010/6/27 菅田家の満中陰も過ぎて、晴れて登山も出来るようになりました。
しかし、今日は終日雨だった。本来、中止予定でしたが、中止公表前に横田さんが県民の森に来ていることが発覚したため、登山決行という結論に至りました。横田さんの行動力に脱帽です!!
結果的には終日雨でしたが、雨、風、気温ともに爽やかで気持ちの良い一日だった。
もののけ姫のラストで、自然が再生するときのシーンが思い出された。蘇生する県民の森といった感じでした。
2010/3/22 前日の春の嵐も治まり穏やかな休日となった。300m程度の山であったが、結局、三谷駅から吉備真備駅まで25000歩歩いた。山岳同好会発足以来2番目?の長丁場となった。足が棒のようになった。しかし、駅名が人名で、しかもフルネームというのも珍しい。自分の名前が駅名になって、呼び捨てで呼ばれるとしたらなんと気恥ずかしいことか。そんなことはありえないが・・吉備真備は遣唐使で14年、唐に行っていたが、当時中国へ行くというのは命がけであったに違いない。
筍の産地でもあり、竹やぶも多かったが、シナ竹との違いはどんなものか歩きながら考えたが結論は出なかった。
2010/2/28 長雨や菅田さんの親戚の不幸等の関係で延期になっていた317回目の登山(ハイキング)がやっと行われた。チリで地震があり、津波の危険があったが、冗談で話題に出るだけで、だれも身の危険を感じる者はいなかった。災害が自分に降りかかるとはだれも思わないものである。瀬戸大橋記念館屋上ではコスプレの撮影会が行われていた。田舎町でこのようなイベントがあることに驚いた。
コース、天候ともに恵まれていた。
2010/1/11 前回と異なり、今回は曇り空であったが、風もなく登山にはいい条件であった。本郷駅には越智さんが来られていた。食後はぜんざいと、きなこもちのデザートとなった。もちは腹もちがいいので一日中腹がはちきれそうだった。ウエストが3cmほど太くなったような気がする。
今回登った「新高山城」は川向の「高山城」から移転して作られていた。なぜ移転が必要だったのか帰りに考えながら、結論の出ない妄想に囚われながらの帰宅となった。
2009/12/23 雨が降ったりやんだりを繰り返す、猫の目のような変化の多い天気であったが、帰路は天気は回復した。頂上での昼食は寒風の中凍える思いだった。長谷川等伯の松林という名作があるが、先の見えない将来を暗示するような天気であった。シダの多い山だった。南に宮島を見ながらの下山であった。下山してからタクシー・バスで車まで行くかどうかの駆け引きが部内であり、結局歩いて出発点の神社駐車場まで行った。
2009/11/28 私は実家の行事のため欠席でした。写真は菅田さんのものです。雨請山というからには雨請いの祭りでもやっていたのでしょうか。冬の殺伐とした風景がなんともいいですね。赤い南天が寒空と対照をなし気持ちをなごませる。
2009/11/8 今回も横田さんとのコラボの忘年登山となった。7日の富栄山、8日の岡山森林自然公園ともに天候に恵まれ大成功となった。紅葉は若干最盛期を過ぎた感はあったが、山岳部員の感性を刺激するのには十分の晩秋風景であった。夜は猪豚の鍋物で腹がはちきれそうになった。泊まりの登山の場合は、初日はハード、二日目はライトな登山にするのがよいという教訓を得た。積み立てをして年に1度は知名度の高い山に挑戦するのがよいのではないかという意見もあった。
2009/9/26 横田さんを大阪から招待しての登山だった。新車のトヨタWISHを拝見した。
横田さんは病気の奥様の看護疲れを感じさせない元気さだった。
サイオトスキー場の頂上のデッキでの食事は格別であった。
今回の注目の花は、「アキノキリンソウ」「リンドウ」だったように思う。
2009/9/5 若干不安定な天気で曇り空ではあったが、かなり日に焼けた。岩樋山から道後山へ快適に移動できた。花も咲き乱れ気持ちの良い一日だった。秋の草原の楽しみの一つにマツムシソウとの出会いがある。菊のような頭花を広げ、淡い青紫色が人目を引く。茎も細く全体的に華奢なイメージがある。竹下夢二の描く女性を連想させたりもする。夢二といえば「待宵草」or「宵待草」が有名であるが、どちらにしても儚さが漂う花である。
異色なタイプであるが、ワレモコウもよく咲いていた。中国・西洋では止血剤として使われていたとか。しかし、一番人目を引いたのは、ゲンノショウコ(フウロソウ科)かもしれない。道後山の花はまた特別な名前があるらしいが、詳細は花に詳しい松本さんの知人に聞くしかない。
この花も下痢止めとして使われてきた薬草である。すぐに効くので「現の証拠」の名前がついたとか。
2009/8/1 7月20日の予定が度重なる雨のため今日になった。今日も晴天というわけにはいかなかった。しかし、小雨や霧の登山もたまにはいいものである。第一、日に焼けない。第二に涼しい。第三に人が少ない。第四に奥田元宋の幽玄の世界を堪能できる。等々いい事ずくめである?!
今回も出雲坂根駅にあった名水「延命水」を20リットルほど持って帰った。
名前からすると延命効果があるということか。延命水をお土産にするという格安プランもあったが、おろちループそばにある道の駅で赤まむしの干物(1600円)を買って帰り、火であぶってみんなに食べさせ、後に真相を明かすというどっきりカメラ的仰天プランの提案があったが、後のヒンシュクを恐れてか、実行しようというつわものはあらわれなかった。
2009/6/20 金ケ谷山の頂上までの道は小ステップの階段もありやや厳しかった。下山の足どりは重くしんどかったが、雨も小雨で済んだのでまあまあ良かった。銘水「野土路」でコーヒーを沸かして
飲んだ。日ごろの穢れが洗い流されたような気分になった。今回写真の才能がありそうなルーキーの参加があった。
2009/4/29 今日は最高の天気、気温だった。松本さんの新型ノア(トヨタ)で行った。田植え前の田んぼでは蛙の声が響き春爛漫だった。
★仕事が忙しく、3/14の操山には行くことができませんでした。というか登山があったかどうかも、知りません。3月4月は大変忙しかった。今は燃え尽き症候群の状態です。千年勤務の人はそんなことも言ってられないですね。
因島は午前中天気が良く、まさか帰りに雨に降られるとは思いもしなかったです。
でも、寒くなく、D60の性能を試すことができ良かったです。
山歩きに参加していると、老後はこんなところで過ごせたらと思える地区が多々あります。
除虫菊を栽培している、こんな風光明媚な島もいいと思えますが、数日いれば退屈して
飽きるのかもしれないです。住みたいと思った地区を1週間ごとに移動できれば、刺激があって
楽しいのではないかとふと思いました。
2009/1/17 NikonのD60がひょんな事から手に入りました。
ライブビュー機能はないですが、アクティブDライティングといって、明るく撮影する機能とか
撮影後の画像の修正機能とかがあり、まあまあ完成度は高いと思います。
Canonの愛用者だったのに、考えを変えなくてはならないかも。
2009/1/10
今日は18000歩ほど歩いたようです。
写真を見てもらうと分かりますが、割りにいい天気でした。帰りに乗船するときに、三原・尾道方面
は雪が降っていました。
山頂は南風が強く若干寒かったです。しかし展望が良くみんな満足していました。
ここも猪の害が深刻のようで、数名のハンターが猪狩りをしていました。
撃たれるのではないかと、みんなびくびくしながら下山しました。
次回は、三原から佐木島へ行く予定です。
前回、閑谷学校タウンウォークでは、松本さんは
インフルエンザで欠席でした。
2008/12/20 年も押し迫ってきました。
次回はタウンウォークの予定
2008/11/23(晴れ)
17000歩歩いた、大して疲れなかった
被写体には恵まれなかった。
映画「愛しのヒナゴン」の舞台
北に雪をかぶった山があった。
方角からいくと、比婆山、立烏帽子あたりになりますが
次回、登山予定
菅田さんから来ました。11/8
次回は303回なのに、202回になってます。
間違いは正さなければ・・・
11/1快晴 三ガ上登山
11/2曇り 県立森林公園
次回登山 未定です。