伝説の唄
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交流会の時に披露してもらった「屋久島エレジー」の唄を覚えてますか?
この唄は民宿「やまちょん」のご主人が作られたということで楽譜を送ってもらいました。
この唄ができた背景も紹介していただきました。

メロディーを聴きながらどうぞ 
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昭和19年4月屋久島、種子島、口永良部島の青年たち(19才20才)全員が徴兵検査の
ために種子島西之表に集合しました。
今までの徴兵検査適齢は満20才まででしたけれどもこの年に1年下がり19才からになりました。
永田の青年たちは西之表の納曽というところの集会所に宿泊して検査を受けました。
無事に検査も済み明日は屋久島に帰るという日の昼下がり、みんなで唄を作ろうということになり、あーでもないこーでもないと言いながらペンを取り出来上がったのが屋久島乙女の唄(すぐにエレジーに改正)であります。
その夜、西之表の公民館で全員集合のもと演芸会が開催されその席上で唄を発表しました。
当時の種子屋久の青年達はみんなこの唄を聞いたことと思います。
屋久島エレジーは戦争のため戦場へ行かなければならなかった愛しい人達のことを思い永田の乙女達はかく歌うであろうと想像して作った唄です。
屋久島永田の里にある前浜は15,6年前には2百年位なるのではないかと思われる大きな黒松と黄金色に輝く砂浜が調和し、まさに白砂青松の名にふさわしい千本松原と名のつく素晴らしい浜でした。
「月の明るい夜、老松の木々の間をこぼれて来る月の光を受けながら語りし恋。
 中空にかかりし青い月が何時しか西海に沈まんとする時、ぼんやりと映える紅の月を
 眺めながらささやきし恋。
 洸々と輝く月明かりにかすかに浮かぶ口永良部島を眺めながら浜千鳥の鳴き声を聞き
 つつ砂浜で戯れし恋」
そしてこの海のずっと続く所に有るであろう戦場に居る人のことを偲びながら唄う屋久島乙女の心情を作りあげたものです。
この唄を供に作った幾人かの人達は生きて再びこの永田の地を踏むことはなかったということです。
 注: 文字用の領域がありません!
波風荒き 屋久の島
通う汽船は 数あれど
主さん乗せた あの船は
無事に鹿児島 着けばよい
彼方にかすむは、永良部島
寄せくる波間に 浜千鳥
泣いて別れた あの人は
今は何処の 波の上
屋久の浜辺に 咲いた花
心も清き 紅椿
忘れられない あの人を
島の乙女は 今日も待つ
南の島の 松影に
ほんのり浮かんだ 紅の月
夜風に吹かれて 只一人
想いはるかに 主のもと