第一回本格的 同期会 04522 14:00〜午前2時(一部)

阿佐ヶ谷 新東京会館

参加者 先生 8名(船引、河村、大鶴、渡辺、中村、高橋、佐賀、小林)

生徒 72名 A 14名 阿部、石沢、伊藤、北島島村、田中、鳥丸、名倉

藤田、林、牧野、守田、吉田、吉田

B 12名 小林、菅又、鈴木、砂川、尾崎、高橋、田沢、丸山

松元、八木、宮本、鑓水、(2次会+5 山本、杉谷、若海

山田、中村

C 8名 川名、佐野、橋本、樋口、藤原、矢口、米田、栃木

D 19名 安藤、入江、遠藤、小川、風間、酒井篠原高瀬、高木

辻、原島、坂内、堀本、本橋、宮本、森崎、山本、渡貫,四本

E 7名 我妻、小野、菊池、長谷川、木暮、広瀬、山内2次会 村中)

F 10名 伊藤、角田、斎藤、島崎、白石、新堀、杉本、内藤、馬場、森田

転出 2名 竹内、金原

プログラム 4回幹事会の通り。

(幹事補佐のつぶやき) 目標の100名はならなかった。名簿は、197名整備できたから、200の目標にほぼ近いと言って良いかも。人数を集めるのが目的ではないけど。何つーか、40年ぶりに会うというが、楽しいし、何つーか、家族のような、絆を感じる気がする。その昔、たった、3年しか一緒でなかったのに、口も利いた事が無かったのに、同級生、同期生というだけで、他人でなくなる。目立ってた奴が、今、どんなか、あのあこがれのマドンナは、どうなってるだろう。卒業後40年経つけど、心の片隅で、ずっと思っていた。あの、先生は、今元気だろうか、と、ふと思う事もあった。あの頃、先生は、怖い人もいたけど、我々を、じっと見ていてくれた気がする。40年前は、遠い過去、風化した過去、それが、蘇ってくる。40年という歳月は、どんな人間でも、山あり、谷ありだろう。失敗もあれば、成功もあるだろう。クラス会なんて行く気が無いし、自信もない、と思う時もあって当然だ。でも、40年前、僕たち、私たちは、毎日、全員集合していたのだ、宮前中学に。何でか、といえば、義務教育だし、行かねばならなかったし、そこしか行くところが無かった。そして、船引先生の国語の授業を受け、きょっぺいの数学の講義も聞いたし、♪なんてんの木の下で〜と、小林先生の音楽の授業にも出たのだ。体育では、ぼーとしていると、渡辺先生の竹刀が飛んで来た。英語の大鶴先生の時は、仁丹の匂いがした。試験の答案を返します、という時は、何故か、お祈りしてみたり、人に見られない様、持って返る方法を考えたり、あいつだけには負けたくない、という奴の横顔を、そっと気付かれない様に観察もした。卒業してしまえば、もう、用はない、と思っていた。何で、昔の人に会うのだろう、現在が大事なのに。とも、思う。一方、40年間、社会にもまれ、人間関係に疲れ、他人を冷たく思う時、昔の仲間だけはそういう、他人の冷たい温度ではないことに気がつく。共通の思い出が、思い出されるだけで、暖かくなれた。先生は、いつだって自分の味方のように思える。そうして、40年間歯を食いしばって、走って来た現在、昔の友に会う事で、それがいやされ、許し合え、やさしさを感じることができる。佐賀ペンの勢いのある話し方は、ちっとも変わっていない。中村先生の、自作の楽器の音色の良さよ。これが、ゴミで作ったの?と思うと、使い捨てられたゴミに再度命を蘇らせた、中村先生の、ひたむきな演奏する姿に、僕は、熱いものを感じた。実際、泣きそうになった。

生徒のスピーチは、どれをとっても、面白いものだ。つい、釘付けになる。っで、食は進まないし、ドリンクも進まない。胸が一杯なのかもしれない。どの顔にも、昔の面影が残っている。面影がない、という人もいる。その場合、記憶を辿るので大忙しだ。ああ、あいつか、と思い出し時の驚きはすごいものがある。めったんは、変わっていなかった。けど、昔相撲取りのように大きく見えたのが、小さく見えた。自分が大きくなったのか。美人も何人か板が、名前が思い出せない。

そして、時間が経ち、名残惜しんで、二次会、三次会、四次会となだれ込む。楽しかったなぁ、という思いと、興奮の余韻が、体内から消えずに、再び、40年後の自分に戻り、現実との格闘が始まるのだ。

その反動を思うと、つらいものがある。時間ってやつは、冷酷にも、確実に今も時を刻んでいく。その中で、気も、体力も集中させて、55年目の人生を、歩んでいかねばならないのに、何故か、心は、40年前に一部残ったままだ。3年後、皆は、そして、自分はどうなっているだろう。再会を心に誓って、その目標を胸に秘め、エネルギーとしよう。本当に、来てくれてアリガトウ。幹事の皆さん、御苦労様でした。