同期会
幹事反省会(打ち上げ会) 2004・6・26梅雨の谷間の、蒸し暑さがピークと思われるような、土曜日、とにかくも、幹事会の打ち上げと称して、先生宅にて飲み会が開催された。
堀本君ガラス工芸展
国立 11時その日の午前中、3Dの堀本君の、ガラス工芸品の展示会が、国立駅前のギャラリーで開催中とのことで、案内状のはがきを手にして、かみさんと見学に行った。ちょっと歩いただけでも汗ばむ蒸し暑さの中、井の頭線から、中央線へと乗り継いで、国立駅に降り立ったのは、11時10分頃だった。遠藤君とは、11時に国立駅で待ち合わせていたので、遅刻か、と思いながら、遠藤君の姿を探しても、見当たらない。携帯電話で連絡すると、まだ、電車で国分寺を通過中との事だった。
展示場まで徒歩一分、とのことで、先に行ってます、と伝えて、早く涼しい部屋の中へと、急いだ。
一個目の信号のところに、展示場があった。ショウーウィンドウのように、外から作品らしきものが見える。あそこが入り口なのだろう、と長い信号を待ちながら、覗き込んだ。
展示場に入ると、受付の女性、それと見物人が2〜3人作品を鑑賞していた。その一部屋が、展示場の全てだった。堀本君の作品は、全部で5点。「地形」と題された、ブルーのガラスの塊、「BABEL」と題された淡いブルーの円錐の塊は、その表面に螺旋状の溝が掘られていた。
反対側のテーブルに、小さな、ガラス細工が三点、ブルー、グリーンと、色鮮やかな作品が、並べられていた。部屋の奥には、9枚の写真が、横3枚、縦3枚のレイアウトで、壁に掛けられていた。
こじんまりした、展示場には、休憩のスペースとてなく、20分もあれば、観賞には十分すぎる時間に思えた。
やがて、遠藤君が到着。この暑さの中、きちっと、ジャケット姿であった。
「今日、オペラを聞きに行くので、こうした服装なんです。」とその理由を教えてくれた。
見に来たことの証として、記帳にサインし、受付の女性に堀本君の連絡先を教えてもらい、電話。今日は、会場には来れないが、作品の一つを船引先生にお渡ししたい、とのことを話してくれた。
作品名の書かれた紙片に、時折、赤い点が印されており、このマークが販売済を意味している、とのことだった。堀本君の、小さな作品3点には、全てこの赤いマークがあった。一個3500円で、売却済だった。
「地形」が、25万円、「BABEL」が、16万円。さすがに、この値だと、買い手がつかないのだろうか。赤いマークはなかった。
展示場で、30分ほど観賞した後、かみさんの案内で、紹介したい、素敵なレストランがあるとのことで、国立駅の南側の、学園通りへと、歩いた。
その、レストランは、すぐにわかり、店内も空いていた。女性の店員に案内され、窓際の席に通された。フランス料理のランチを注文し、ビールで喉を潤した。
食後、一橋大学構内を散策。のんびりした自由な学園の雰囲気を堪能。あまり、ひたりすぎると、現実への回帰が辛くなるのでは、という思いさえ過ぎる。
なんやかやで時間を費やしいるうち、国分寺13:50集合の時間が迫って来た。中央線のダイヤが混乱しており、プラットフォームに立ったとき、13:45で、13:41着の東京行きの快速電車がまだ到達していなかった。
国分寺集合のときは、いつも遅刻していた記憶があり、今度こそは、と思いつつも、国分寺の駅に降り立ったのは、13:55分の、五分の遅刻であった。
改札の出口のところに、角田、森崎、坂内、佐野君らの姿が目に入って来た。
「何も用意できません。」という、先生の言葉で、例によって、近くのコンビニで、ビールつまみなどを調達。森崎君は、前回同様、高級ワイン二本を持ってきてくれた。これがあれば、そう他の酒はいらないだろう。
我々6人は、蒸し暑い気温の中、ゴルフをこのためにキャンセルしてきてくれた、佐野君を交え先生宅へ向った。
確か、85歳の先生は、この暑さの中、体調はどうだろうと案じながら、きっと、体のため、エアコンなどは使っておられないのだろう、などと思いを巡らしたものの、先生宅に入るや、我々のために、エアコンを効かしていただき、我々は、涼にありつき、ほっと安堵したのでした。
反省会
先生宅 14:20〜18:00我々6人、プラス先生の7人の椅子を調達し、さて、ビールでも、と思いきや、遠藤幹事長は、用意した資料を配り、飲みものはおあずけで、本当に反省会を始めました。
各項目につき意見を求めるものの、発言をすればそれだけビールが遠ざかる。せっかく準備してくれた努力を裏切るような思いもあって、指名されたときだけに、発言をとどめた。それでも30分ほどは、真面目に反省会をしたと思う。日時、案内状の出すタイミング、場所、会費、先生方の会費の取り方、料理、…・。
その頃には、女性二人、森田、小川さんが到着。お土産に、桃を持参。先生が、早速食べましょう、とおっしゃったのを契機に、「ビールも温かくなっちゃうし。」とフォローすると、こればかりは、賛同者が多く、資料を握り締めている遠藤君を片目に見つつ、せっせとグラスを運んだのでした。ようやく、諦めの気持ちになったのか、では、乾杯しましょう、と遠藤君の発声で、ようやく、ビールにありつけました。
御酒が回ると、何故か、佐野君が饒舌になり、話題は、絵、音楽、体操の話から、ゴミの話に。
ボランティアでも、ゴミ拾いをしている、と言う佐野君の話は、どんどんボルテージが上がっていった。これには、各人が激論を展開。
「面白いわ。」という、先生の感想で、先生の体調が悪化してしまうのでは、という懸念も吹き飛んだ頃、山内さんが、三鷹駅を通過したと言う連絡が入り、かつての、と言うより、今もフアンで居続けている、遠藤君が、駅まで迎えに行くこととなり、退室。
予想を越え、二人が戻って来たのが、16:20頃。16時には、オペラを聞きに行くと言う、遠藤君は、もう、オペラをキャンセルかな、と思われた時、携帯がなり、奥様からの召集令状が来たのでした。
ゴミの話は、その後延々と続き、孤立無援の佐野君は、ほぼいじめの状況。あつくなって、時間の経過も忘れ、時折、森崎君の差入れのワインを飲みながら、18:00頃になって、やっと、帰らなくちゃ、ということに気がついたのでした。
玄関にて、記念撮影をし、二次会ということで、用事のある、小川、森田さんに別れを告げ、国分寺駅前の、和民に、6名が入り、もう、止めようねという、ゴミの話を、また再開したのでした。
こういう場でなければ、語れない、色々な話。中学時代の幼なじみだから、許される色々な話。余韻を残しつつ、反省会は、また新たな反省の材料を作って、閉会となりました。
先生、場所提供、ありがとうございました。遠藤幹事長のところに寄せられた、「楽しかった。ありがとう。」という、同期会感想のコメントを胸に抱き、帰路についたのでした。