3D里芋の会

3Dの皆様ご無沙汰しております。次期クラス会幹事を引き受けてしまった森崎です。

「引き受けてしまった」という表現は、正にその通りでして、女房殿の心配をよそになのであります。女房殿が何を心配しているかといいますと、宛名書きとかの“実務の尻拭い”をさせられるのではないかという心配であります。あながち外れていないところが辛いのですが、「遣りたい年頃なんだヨ」という訳の分からない理由で、通しております。

さて実際はといいますと、綿貫・遠藤両氏等が計画してくれる日程には、常に先約があり、不参加の連続でありました。ただ、来年には「卒後40周年」を大々的に行う計画があって、(遠藤Pが幹事長)「それに乗っかってくれればいいんだヨ」というお言葉をまともに受けて、いくらか不参加の慰めにしております。

そんな折、小生の予定が変更になったために、やっと参加することができた「里芋の会」の報告をさせていただきます。

 

112312時船引邸集合と聞いていたので、1120分すこし前には国分寺駅に到着しました。不参加できてしまった後ろめたさがあったのでしょう。いつもぎりぎりタイプで、余裕を持って到着するのは珍しいのです。

道中携帯メールで「1130分国分寺駅改札集合」ということが分かりましたので、「間に合ってよかった。誰かと一緒なら道に迷わずに済むな」と一安心しました。さて待ち合わせの改札を出たところで、きょろきょろ辺りを見回しましたが誰も居りません。まっ、その内来るだろうと思っておりましたところ高瀬さんに行き当たりました。知った顔を発見してほっとしたのですが、そういえば誰が来るのかさっぱり分かっていないことに気が付きました。「あと誰が来るのかナ」とさりげなく聞いたのですが、何も分かっていない小生に対して咎めだてするそぶりも見せずに、本橋さんが車で直行すること、綿貫君と遠藤君と辻さんがここに来るはずになっていることを、優しく教えていただきました。高瀬さんは口数こそ少ないのですが、とても優しい人なのです。

程なく遠藤君が登場し、少し遅れて辻さんが、そして最後に1130を指定した綿貫君が1200過ぎたころに改札口を出てきました。

 

先生宅へ向かう途中男子二人(遠藤、綿貫)は、するするっとコンビに姿を消しました。どうやら「ビール」と「いいちこ」の購入だったようです。確かにいつも飲む側に参加している本橋さんが車なので飲めなかったのにも関わらず、小生が持参したワイン2本では、全く不足だったようで、「いいちこくん」もしっかり空けて帰ったのでした。

 

さて、船引邸に着くなり綿貫君は、ぶら下げてきた鯵と鰯をさばいて、お刺身を作ってくれました。持参してきた包丁姿も艶やかに、女性軍が見守る中「こうやって遣ると皮がきれいに取れるんだよ」などと講釈付きで上機嫌でした。

とそこまでは良かったのですが、ピンポンとチャイムがなって本橋さんの登場です。両手にラップをかけた大皿をもっての登場だったのですが、受け取るとまた車に引き返し、また次を持ってくるといった具合に、次から次へと・・・。自宅で種から育てたという「里芋」が、煮て味付けしたものと、茹でただけで自家製味噌をつけて食べるのとの二種類、野菜の炊き込みとマツタケご飯、ローストビーフ、さらに直径35センチは有ろうかという大きなアップルパイまでテーブルの上に“所狭し”と並んだところで、一気に綿貫君の“負け”が決まってしまいました。

 

乾杯をしてお食事会の開始です。誰もが本橋さんの奮闘に心から感謝しました。(その前に、先生の弟君がご馳走を含めた写真を撮ってくれました)

 

飲むにつれ食べるにつれ、いろいろなことが話題になりました。その中から先生が発した言葉で、みんなでびっくりしたという話題を一つだけご紹介します。

55という年齢の所為か、親を見送るというようなことがそこここで聞かれます。ご多分に漏れず今回もそんな話が導入部でした。

 

「先生のお父様は海軍でしたっけ?」

「いいえ、陸軍です」

少し間があって

「いまだに不思議に思っているのだけれど」

「なぜ父が戦犯だったのかって」

「広島や長崎に原爆を落として、落とした側は裁判にかけられもしないなんて」

 

こんな数行の言葉に一瞬その場の空気が停滞しました。

と同時に、少なくとも小生にはいろいろなことが頭に浮かびました。特に中学生だったころにはとても感じることのできないはずのものが、そこにあったのです。

“そうか先生のピンとした背筋には陸軍だったお父様の教育があったんだ”

“いつもなんとなく感じていた‘反戦’みたいな気配は、ここにルーツがあったんだ”

“いつも先生の前に出ると子供の気分になってしまうけど、これは正に大人としての会話だ。”

 

他の人たちが何を感じ、何を思ったのか、定かではありませんが、我々が慕い、尊敬し続けてきている先生の背景を、少しだけですが知ることができたように思います。

こんな空間を本橋さんは「幸せな仲間」と表しました。お互い同士、‘尊敬を前提にした集い’は、本当にゆったりした温かい気持ちにさせてくれます。

先生のこともですが、集まったそれぞれが長い年月の空白?を経て、それぞれの人生を生きてきたことを、改めて感じ入ったしだいです。、

 

来年で卒後40年。着実に成長してきた自分たちが、そこに集います。

 

 

綿貫君ほどしゃれた文章が書けないことを平にお許し下さい。少しでも臨場感を感じていただければ幸いです。

追加:綿貫君だけでなく、遠藤君の口からも小説を書いているという言葉が発せられ、そういった才覚の無い小生は、「これまたびっくり」した次第です。