
下手くそで、なんのテクニックもなかった。スラロームどころか、瀬での遊びも出来なかった。教わったり、練習するが嫌いで、好き勝手に漕いでいた。流れへの慣れと覚悟だけを頼りに、雪解け、長雨、台風のちょっと興奮した川や、知らない川をひとりで漕ぎ下るのが好きだった。ビビって、足が震えてちゃんと歩けないから、素早くカヤックに足を差し入れて、あとは流れをパドルで叩くだけの漕ぎ方。水に引き込まれ、白い水泡に滲む光の美しさにうっとりしながら、流されてばかりの日々だった。10年前を中心に2〜3年の間、思い出すのは河原の風景より、ほとんどの時間を過ごした水底での記憶。



カヤックをはじめた頃、ラッキィ−なことに、長雨、台風続きで、まったくの初心者には危ないほどだった。長瀞とは思えない増水で、そのドキドキする感じに魅せられた。競技カヌーか、野田知佑の”日本の川を下る”の影響でフアルトでののんびり川下りばかりの頃で、まだ誰も荒瀬での遊び方を知らず、遊んでる者もいなかった。満足なウエアーもなく、グラスファイバーのカヤックが主で、ポリエチレンはダンサーぐらいしかなかったし、乗ってる奴もほとんどいなかった。



半年ほどでそこそこ漕げるようになる。せいごの瀬と小滝の瀬だ。楽しめるほどに水はある。少し慣れて、グラスのスラローム用のカヤックに乗っている。格好良かったし、乗りやすかったからだ。ポリはまだダサイとされていた。日本のスラローム競技場に瀬らしい瀬は設定されないので、流れへの抵抗よりも操作性が追求され、最も軽く、薄いグラスのカヤックが開発されていた頃だった。デッキなど指で押せばべコべコ凹んだし、ちょっとでも石に当たれば穴があいてしまった。その後、海外の情報が入るようになり、現在のような瀬にも対抗できる浮力のあるものに変わっていった。日本のスラローム競技場に、今でもたいした瀬はないと思うのだが。この年は台風の当たり年で、その度ごとにサイレンの音を聞きながら3〜5m増水した川を漕ぎ下った。





















知らない川をひとりで漕ぐようになった、楽しかったけど、限界を知った・・・