赤牛岳・五色ガ原
日 時 平成13年8月25日〜29日
場 所 奥黒部
参加者 木村正人・木村貴子
コースタイム 25日
伊豆高原―扇沢
16:00 23:00
26日
扇沢==黒部ダム〜平ノ小屋====針ノ木谷〜奥黒部ヒュッテ〜岩屋〜大木
7:30発 7:46着 11:10-12:00発 12:15着 14:20-40 16:15
16:30
27日
大木〜尾根〜赤牛岳〜大木〜奥黒部ヒュッテ〜針ノ木谷避難小屋
5:50 6:50 8:10-50 10:40 12:00-13:00 15:00
28日
避難小屋〜針ノ木谷=平ノ小屋〜五色ガ原〜獅子岳〜一ノ越山荘〜黒部ダム駅〜扇沢〜〜〜大町温泉
6:00 6:20発 6:40 9:40-50 11:50-00 13:30-50
17:00-05発 17:21着-40 18:00
29日
大町温泉―伊豆高原
5:30 11:00
報 告
木村正人
25日―晴れ
昨年から計画していた、上ノ廊下から黒部源流に上り、読売新道を下るコースが、今年は水量も少ないのでチャンスだと思い、Yさんの助言を受けたり、インターネットでいろんなことも調べて準備したのに・・・・
仕事を終え上ノ廊下遡行の準備をして家を出たが、天気しだいで赤牛岳だけになるかも知れないので、会には計画書を2通り出してきた。
23時、扇沢に到着。最終決定は明日6時にする事にして、車中泊。
26日―小雨
電話のiモ―ドで天気を調べるとやはり良くない。 やむをえず上ノ廊下は諦め、赤牛岳往復に予定を変更した。
ちょうど合宿で雷鳥平に来ているYさんに変更を伝え、始発のトロリーバスに乗った。
ダムからほとんど水平の道を湖を見ながら進み、所々の沢水で喉を潤し、ゆっくり歩く。何故ゆっくりかと言うと、平ノ小屋からの渡舟が、12時にならないと出ないからだ。そして今回の山行はコースタイムが長いので、帰りのことも考え、テントを張れるところと水場を確認しながら歩いた。小屋まで25分の中ノ谷の河原にテントを張れる場所を見つける。
渡場に着いたが、船が出るまで1時間もあるので小屋まで上り昼食にした。
小屋前の池に30センチはある岩魚が泳いでいた。そう言えばインターネットで調べた時、平ノ小屋に泊まると岩魚の刺身が出るとあった。小屋の人に聞くと、「他にもいろんなものがあるので帰りには是非泊まって下さい」と言われた。明日は時間の都合で、いずれかの渡場近くにテントを張るつもりだったので、大雨だったら泊まろうかな?。
小屋主の無料の船で対岸へ。

雨が降りだしたので雨具を着て歩き、渡から35分の所に沢水があり、川へ少し下ってテントを張れるところがあった。 その後はハシゴと桟道の連続で、アップダウンに終始した。(帰りに数えたら、ハシゴが20箇所で、桟道が15箇所くらいあった)随所に滝があり水も得れた。 急に砂地状の平な場所が現れ、東沢を渡ると奥黒部ヒュッテに着いた。
まだ時間も早いし、明日の赤牛往復を考えると、少しでも登っておきたかった。ここから約2時間半で岩屋に着くだろう。その辺りを今日の宿と考えていた。
下山してきた人に岩屋にテントを張れる平らなところはあるか尋ねると「あったみたい」と言われた。小屋主に聞くと「そんなところは頂上近くまでない。岩屋まで明るい内に着けるかどうか、そしてこの雨で道はぬかるみ、岩屋は熊の巣だよ」と言われた。
うさんくさそうな主人だったが、良い情報も得れた。針ノ木谷渡近くに、船に乗り遅れた人用に避難小屋があると。これで先程のテント場も、岩魚の刺身も消えた。
雨が上がったので水を7リットル持ち、入山届を出してヒュッテを出た。
貴子は熊のことが頭から離れないらしく、岩屋以外のところにテントを張ろうと言う。
私は熊注意の立て札もないので、嘘だと思っていた。
読売新道になると急な登りになり、木の根も張り出し歩きにくく、息が揚がる。
1/8・2/8と8分割の標識が出て目安になる。急な登りは2/8まで続いた。
貴子は疲れたらしく「後どれくらいで岩屋」と聞く。「1時間くらいだろう」と答えたら5分で着いてしまった。しかしテントを張れそうな場所はなかった。小雨は降っていたが予定時間より早いので、平なところを求めて更に進んだ。 15分くらい歩くと、2本の立山杉の大木があり、その脇の登山道が少し平だった。テントを張るにはチョット狭いが仕方がない。平らな所を有効に使って寝たいので、余計な荷物は全て外に出した。登山者が来たら叱られるかもと思ったが、1人も通らなかった。
持参の梅酒を飲み明るいうちに眠りに着いたが、貴子は熊が心配でよく眠れなかったらしい。
27日―晴れ
赤牛岳を行って来いなので必要な物だけ持ち出発。天気は雲間に青空も見える。
それにしても大木が多い。そして虫も多い。4/8辺りから傾斜が緩み、テントから1時間で5/8。雨量計の少し上で尾根に出て、森林限界に達した。
前方に赤い山肌の目指す頂きが見える。烏帽子岳・野口五郎岳・薬師岳など皆見え、快適な稜線漫歩になった。6/8に二重山稜があり、テント跡が幾つも見られた。7/8辺りは岩だらけだが、ペンキマークが沢山あるので迷わない。その上はザレ場のトラバース。両側が切れ落ちたところを過ぎると標識とケルンのある山頂だった。テント跡も3箇所ある。
★実は、この赤牛岳を登ったことにより、私達は国内の標高の高い100の山を全て登ったことになった。
持参の幕を広げて写真を撮る。

景色も気分も最高だ。ゆっくり休み下山。デポしたザックを回収し、奥黒部ヒュッテに着いた。
コースタイムを大幅に縮めたので、昼食後ヒュッテに入浴願いと下山報告に行くと、主人から「熊は出なかった?」と聞かれた。私は心の中で『嘘つき』と言った。
風呂は16時からだと言われ、残念。
今夜雨が降っても良いように、針ノ木谷避難小屋へ向かう。小屋は渡し分岐から10分進んだ登山道沿いにあったが、期待は裏切られ、私が見た避難小屋で、最も劣悪の小屋だ。 屋根はあるが、入口も出口も戸がなく素通し。窓もなく素通し。 板の間が脇に少しで、屋根の下にテントが2張り張れるくらいの広さ。

期待したのが間違いで、考えようでは屋根があるだけましだ。私達だけなので、濡れた物を吊るし、一杯飲んですぐ寝た。
28日―快晴
テントから顔を出した貴子が歓声を上げた。あまりの天気の良さにだ。「このように天気の良い日は滅多にないので、五色ガ原を見て、室堂から帰ろう」と言う。予定は、平ノ渡から黒部ダムまで3時間半歩いて帰るつもりだったが、休暇は明日まであるので、五色ガ原へ向かった。
平ノ小屋から5分で水場があり、更に5分でヌクイ谷左岸沿いにテントを幾つも張れるところがあった。
刈安峠までは急登で、笹薮が登山道を覆い歩きにくかったが、峠からは尾根道で傾斜も緩くなる。
昨日登った赤牛岳の奥に槍ヶ岳が見え、左側には後立山の峰々を見ながら歩けた。
天気の良さに日焼け止めを塗らなくてはと思い、あの丘で塗ろうと進むと又前に丘が出てくる。そのようなことを何度も繰り返しているうちに目の前がパァ―と開けた。溶岩台地の五色ガ原だ。
高層湿原で高山植物の宝庫らしいが、花の季節は終わっていてチングルマの穂が風になびき、秋の気配がした。山荘には寄らず、幕営場で水を補充し進む。
改修中のヒュッテで貴子が居ないのにきずき、木道に腰をおろして休んでいると、彼女は両手に一杯木イチゴを持ってきて「美味しいよ」と言う。1つ摘まむと甘酸っぱい。これはいける。3つ4つと口に放り込んだ。
佐々成正で有名なザラ峠で昼食を取る。そこの富山側に、旧立山火山のカルデラの断崖が迫力ある姿をさらしていた。短い休憩後、見るからにきつそうな、獅子岳の登りにかかる。急登なので道はイナズマになっていてザレ場も多く、山頂まで1時間かかった。
展望抜群、目の前に雄山がそびえ、眼下には緑色の黒部湖が横たわっていた。
そして、その間を結ぶ登山道が真横に引かれている。それを見た貴子は、「あの道を下ってダムまで行けない?」と言う。私は下りが苦手なので交通機関で下りたかったのに、元気な人だ。
最終のトロリーバスに乗るには今からコースタイムを1時間縮める必要がある。何とかなると思い、歩いて下る事にし、先を急いだ。鬼岳の2箇所の雪渓は消えていて、続く1ヶ月前に登った龍王岳の岩壁は迫力満点だ。分岐を通り一ノ越山荘へ。カップラ―メンを胃に流し込み、ポカリスエットを買って20分で山荘を出た。
東一ノ越分岐から本格的な下りになる。黒部平のロ―プウェイ駅が見えているがなかなか着かない。タンボ平まで近いようで遠く、思うように時間が縮められずあせったが、ロッジくろよん迄でタイムを縮め一安心。結局、最終1便前のバスに乗れた。
1日中天気で良かったがテント等を持ってコースタイム13時間はきつかった。
大町温泉の薬師の湯で汗を流し、近くの駐車場で寝た。
29日―張れ 帰路に着く。
上ノ廊下は天気の都合で諦めたが、赤牛岳と五色ガ原から一ノ越を経て黒部ダムまでの周回コースも歩けて満足だ。