冬の奥穂高岳登頂

日  時  平成12年12月27日〜31日
場  所   北アルプス南部
参加者   木村正人・木村貴子
コースタイム  27日
 伊豆高原−新穂高温泉 
       28日 
  待機日ー高山市観光
  8:00     16:00
       29日
 新穂高温泉〜白出沢出合〜標高2400m幕営適地
 7:30       10:00-10    13:40
      30日
 幕営地〜蒲田富士〜穂高岳山荘〜奥穂高岳〜穂高岳山荘〜蒲田富士〜幕営地
 6:00    8:00     9:30-50    11:00-20  12:20-50    14:20-30  15:20
      31日
 幕営地〜白出沢出合〜新穂高温泉・湯―伊豆高原
 7:00    8:50-00    10:30-12:30     19:00
                                                            報告 木村正人

 一週間前の富士山登頂に自信をつけ奥穂高岳に挑戦。
 でも雪の穂高、怖さがあるので条件が良くなるまで入山しないと決める。
 したがって、予備日の多く取れる年末年始にかけ実行した。

   27日 曇り・雪
 日本海側一帯は4日続けて大雪注意報が出ていた。今朝の天気予報に初めて雪崩注意報も出た。重い気持ちで家を出る。
 沢渡辺りから路面に雪が多くなってきた。ノーマルタイヤにチェーンも着けずやっと新穂高温泉駐車場に着いた。
風呂に入れなくがっかり。(9:30〜16:00) 雪の降る中、車中泊。

   28日 雪
 雪は夜中も朝になっても休み無く降っていた。電話のiモードで上宝町の天気を調べると、今日は雪で明日から良くなる予報だ。槍ヶ岳に向かう登山者は多かったが、穂高に行く人は3パーティーだけだった。
 私は新雪表層雪崩やいろんな事を考え、今日は待機日とし、高山へ観光に出かけた。

   29日 晴れ
 雪は上がった。「よし、行くぞ―」
 スキー場のロープウェイをくぐり、林道に付けられた狭いトレースを緩やかに登って白出沢を渡り、涸沢岳西尾根に取り付く。クマザサの急登を行くと、標高1800m付近でいったん傾斜は緩んだ。西穂の山並が見える所で一休み。          
 その時考えた。このまま行けば幕営地には14時には着いてしまう。ちょと早いので蒲田富士の幕営地まで行けないだろうか。行けたとしても森林限界を超えた狭い尾根上、強風に吹かれてテントが飛ばされないか心配だ。でもそこまで行ければ明日登頂して、冬季開放の穂高岳小屋でなく、2400mの幕営地まで降りれ、明後日、天候が崩れても樹林帯なので安心だ。どうしよう!!とりあえず2400mまで行き決めることにした。        

 岩場混じりの急登を木の根に助けられながら登ると、所々テントを張れる狭い場所が出てきた。更に進むと明るく開けた一画にテントが5張り張られていて、今1人が設営中だった。その人に蒲田富士の幕営状況を尋ねると「風が吹くと死にそうに怖い」と言われ、進むことを諦めた。

 テント場所の整地をし、水を作っていると3パーティーが下山してきた。
 話を聞くと「昨日ここにテントを張り、今日7時半に奥穂を目指したが、深い雪と蒲田富士前のフィックスロープが雪に埋まっていたりトレースを作るのに時間が掛かり、涸沢岳迄行き、時間切れと判断して引き返した」と言う。明日は下山すると言い、残念そうだった。「早く出発すればトレースを付けておいたので、行って来いも可能」との助言も受けた。
天気予報は、今日は晴れで、明日は晴れのち曇り、明後日は雪となっていた。予報が下り坂なので荷を軽くして、朝早く出て往復する事にした。しかし冬の穂高、何が起こるか解らないので穂高小屋に1日泊まれる準備もした。
 夜寒くてなかなか眠れなかった。

   30日 晴れ
 日の出1時間前の暗い中、アイゼンを付け出発。急登の尾根をヘッドランプの灯りでトレースを照らしながら登る。

 森林限界を越えると南稜と合流し、そこでハーネスを着け、岩稜帯をフィックスロープに沿って登る。蒲田富士を過ぎるとやせた尾根上を雪庇に注意しながらF沢のコルへ下る。(テント場は南稜合流地点と山頂、そしてF沢のコル、いずれの場所も張らなくて良かった)
 ここから急なルンゼをアイゼンを効かせながら涸沢岳に向かう。滑落すれば終わりの所だ。その上は岩と雪のミックスル―トになり一安心。
 
 天気は良かったが風があり、指先が冷たく痛い。目出帽に鼻水をつけながら雪が軒まで達した穂高山荘に、コースタイムを2時間縮めて着いた。カメラとザイルをサブザックに入れ奥穂高岳に向かう。

         

         雪に埋まる穂高岳山荘                  山荘からの奥穂高岳

 貴子が一番心配していたハシゴとクサリは雪が着いていず安全だったが、それに続く40mの雪壁と、間違い尾根の20mの雪面が怖かった。

 祠が見えた。山頂である。「冬の奥穂に登ったぞ―」大声で叫んだ。
 平成9年夏縦走した槍ヶ岳から西穂高岳迄すべて見とうせた。常念岳も笠ガ岳も鹿島槍も、想い出は蘇るが寒さには勝てない。展望と貴子の写真は取ったが、私のはカメラが寒さで作動しなく、撮れなくなった。

         

              前穂高岳の稜線                   雪の飛ばされた山頂

 長居は無用。同じ頃登ってきたガイド登山の2パーティもさっさと下る。
 
 小屋迄の下降に不安を感じたので2箇所確保しあって降りた。時間を費やしたので開放小屋に入らず、外で昼食をとり下山。蒲田富士から振り返ると、涸沢岳下部からF沢のコル迄のルンゼが急で、雪崩の巣のような場所だった。二度と通りたくない。 

                         

 フィックスロープの在る所は安全を考え、クィックドローを通して下る。
 テント場には明るいうちに着けた。 
 出発した時よりはるかに多くのテントが張られていて、その後も登ってくる人は設営場所が無く困っていた。

                

   31日  雪
 明るくなってから下山する。
 奥穂を目指す人が続々上がってくる。 今日は穂高小屋も満員になるだろう。 槍方面は更に多い。
 標高が下がると雨だったので、上は大雪だろう。頂上を目指す人達の無事を祈った。

 私達は天候にもテント場にも恵まれ登頂を果たし、無事下山届けを出せた。良かった―。
 5日ぶりの風呂に入り帰路に着く。

   追伸
 下山日の31日、上宝町だけでも天狗岳で1人滑落死亡。31日から3日にかけて西穂山頂付近で4人、前穂で3人が遭難し、それぞれ後日ヘリコプターで救助された。
 冬山は何が起こるか解らない。心して臨まなければと改めて思った。