小太郎山・白峰三山・笹山

日  時  平成11年7月16日〜 20日
場  所  南アルプス北部
参加者  Mさん・Tさん・木村正人・木村貴子
コ-スタイム  16日
 伊豆高原−−奈良田第一発電所−−広河原
  17:30      22:00           1:00
       17日
 広河原〜大樺沢二俣〜小太郎尾根分岐〜小太郎山〜分岐〜  北岳肩ノ小屋
 6:40  8:50-9:00     10:45-11:00    12:00-10  13:30-40  14:10
       18日
 小屋〜北岳〜 北岳山荘〜間ノ岳〜農鳥山荘〜 農鳥岳〜 〜広河内岳〜白河内岳
 5:40 6:10-20  7:10-30  9:10-30 10:20-11:10  12:40-13:10  14:10-20 17:00
       19日
 白河内岳〜笹山〜 白河内岳〜大篭岳〜 広河内岳〜 大門沢下降点〜大門沢小屋
 6:20   7:30-00   9:20-40  10:10-20  11:50-12:40  13:10       15:20
       20日
 大門沢小屋〜奈良田第一発電所−伊豆高原
 6:40       9:10-30                                                                                                              報告 木村貴子・正人

 国内3,000m峰も農鳥岳一峰を残す、私達夫婦とMさん。実現に向って計画。

  16日
 Mさん、Tさんと私達夫婦の2台の車で出発。
 奈良田〜広河原間の道路が通行止めの為、1台を奈良田第一発電所に置いて同じ道を戻り、国道52号から芦安を経て広河原へ。時間が掛かりましたが、帰えりにすぐ車に乗れる事を考えれば、少々の煩わしさは仕方がありません。
 広河原には夜中の1時到着。テントを張り、早々に眠りに就く。

  17日
 曇り空の中出発。大樺沢の緩やかな傾斜を登る。登山者が多く、渋滞気味。大樺沢二俣からは、鋭く切れ落ちた岸壁の、北岳バットレスが圧巻。夫は二年前の登攀の事を思い出している様子。
 ここで私達夫婦は、小太郎山を目指すのでM、Y組より一足先に出る。右俣コ−スは本に書いてあるとうり、シナノキンバイ、ミヤマハナシノブ、グンナイフウロ等、たくさんの花が咲き乱れていた。  
 小太郎尾根分岐に出ると、まじかに雄大な仙丈ヶ岳が現われ、鋸岳の稜線、甲斐駒ヶ岳も見えた。景色に見惚れながら昼食。

 小太郎山へは、ザックをデポし、身軽になり、仙丈を見ながら稜線漫歩を楽しむ。岩混じりの傾斜を下り、樹林帯に入ると、道が少し不明瞭な所があったり、あまり人が訪れていないせいか、ハイマツの枝が張り出し、歩きにくい所もあった。小岩峰に立ち、北岳方面を見ると、あまり見かけない三角形のピ−クが新鮮だった。北岳に登る人は凄く多いのに、今日も会ったのは、3人だけ。時間に余裕があれば、ぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

 分岐に戻り、ザックを背負う。ズッシリと重い。30分程で肩の小屋に着くので頑張る。
 登るにつれ辺り一面、真っ白に染めているハクサンイチゲが見事。

 小屋の前でMさんが出迎えてくれた。Tさんは体調が思わしくなく休んでいたどうも高山病らしい?早く治って・・ 

 テント設営後、水場に出掛け大変なおもいをした。急斜面を下り、沢に転げ落ちそうな不安定な岩場の所に水場があり、そのうえ水も少ない。あまり勧められません。
 今日は二つラッキ−な事がありました。一つは、時期遅れで見れないと思っていたキタダケソウを見れた事と、ブロッケン現象が見られた事です。

  18日   報告 正人
 Tさんの体は回復していた。でも予定を変更して、今日は農鳥小屋に泊り、明日八本歯から広河原に下り、テント泊。20日、早川町のクラフトパ-クで落合う事にした。Mさんが付いているので心配はなかった。

 一足先に出た2人と北岳山頂で会う。ガスの間に南アルプスの女王と呼ばれている、仙丈ヶ岳が大きく見えた。そして北岳山荘の赤い屋根の上を、雲が美しく流れている。

                     

 八本歯の分岐を過ぎると小雨が降りだした。ここから先は私も初めてのコ−スで、雨でも進めるか一抹の不安がよぎる。山荘で雨具を着て再び歩きだす。間ノ岳まで尾根歩きかと思ったが、結構アップダウンがあった。そして、空身で間ノ岳を往復する人が結構多い。山頂は平坦で広々している。

 小休止後、先を急ぐ。岩のザレき帯を急下降し、農鳥小屋に着く。昼食をとり、ここが最後の水場なので2人で7 の水を持つ貴子は笹山方面に居るといわれるツキノワグマがよほど心配らしく、クマ避けの鈴を買っていた。(ザックには1つ付いていて2個になった。)

 貴子が小屋の主人に、「笹山に行く」と言うと、「あんたが行くの」と言われていた。「主人と2人で行く」と言うと、「その人はどこ」と言って辺りを見回す。「私です」と答える。私の頭から足先までじろりと見回し「気をつけなよ」と言った。貴子が「熊が出ますか」と尋ねると、「この辺の熊は人を襲わない」と言う。私は「笹山南方はヤマカガシが多いと書いてあったがどうか」尋ねた。(私は蛇が大大大嫌い。)「居たって噛まねえよ」と言う。そして「あっちは良い所なので、帰ってから他の人に良かった良かったと言わないで」と言う。又、「キジウチの紙は持って帰れ」とも言われた。一本気の性格で、本当に山を愛している様だった。

 MさんとTさんは宿泊手続きを済ませサブザックで出発。
 西農鳥岳の登りは急で水で重いザックが肩に食込む。北岳や間ノ岳の様に百名山でも無いので行き交う人が急に少なくなる。西農鳥岳を越え、小さい起伏の岩稜を幾つか乗越し、私たち3人の最後の3000m峰・農鳥岳(3026m)に着いた。岩の山頂で4人で手をつなぎ万歳三唱をやった。Mさんのサブザックからビ−ルが出て来てカンパ−イ。写真を撮り会い登頂を喜び合った。

 これで今回の山行目的の半分は終わった。もう一つは笹山(黒河内岳)往復だ。
 早川町から取り寄せた資料には、{広河内岳から奈良田越の間は不鮮明な踏み後程度で、登山道は整備されていない・・稜線には水はない・・・山頂に立つのは年間数十人・・・ツキノワグマやヤマカガシがいて怖い。}

 2人の見送りをうけ下山する。大門沢下降点の鐘を鳴らし、広河内岳を目指す。ペンキ印のしっかり有るハイマツとザレの急登を30分で頂上。ここ迄は一般の人も登って来るようだ。頂上からの遠望は素晴らしく、これから歩く尾根がどこまでも続いている。

 山頂に水を1 隠して歩き始めて5分、早くも迷った。悪いとは思ったが低いハイマツを踏みながら、道と思われる所に出た。先が思いやられ不安にかられた時、私達の上の方を登山者が2人、広河内岳に登っていった。と言う事は笹山の方から来た事になる。不安が薄らいだ。今日は広河内岳から1時間半位の所にある大篭岳辺りにテントを張る事にしていた。(コ-スタイムは正確なものでなく、私が色々な資料から割り出した目安である。)

 広い尾根上はガラガラの石と岩、そして低いハイマツ。ペンキ印は一際なく、所々岩の上に石が置かれていた。 (ケルン代わり)尾根が広すぎて、ガスが出れば迷いそうな所だ。貴子はしばしば立ち止まり、石を積んでいたが、私はル−ト探しに忙しかった。目印のケルンとケルンの間が広すぎ、さすがの私も、石を積まずにいれなくなった。 二人で数えきれない程石を積む。

 今日は晴れていて良いが、明日ガスっていると必ず迷うだろう。さらに石を積む。丘というか岩山というのか解らないが、幾つも越えた。そろそろ大篭岳が見えそうなものだが?二重山稜の尾根を進む。たまに(農鳥岳−奈良田越)と書かれた20cm位の白い目印が、地面に置かれていたが、杭で立ててなければ、見落とししまう代物だ。

 広い台地が見えるので、そちらに方向を替え、登って辺りを見回すと、50cm位の朽ちかけた木に、白河内岳と書かれていた。私のコ−スタイムで、2時間30分の所であった。コ−スタイムはぴったり合っていたが、大篭岳を見落としていたのだ。

                   

                       白河内岳−この板では見落とす

 この辺りにテントを張る事にしたが、夜雨が降り雷が落ちると恐いので、凹地に設営した。水を節約した夕食後、貴子が熊避けの鈴をテントに付けている。私はそんなものを鳴らすと、かえって寄ってくると?と言ったが妻は聞かない。そのような私も夜中目が覚めると、熊が歩いていないか聞き耳を何度も立てた。
そして雨は少し降ったが、雷は落ちず良かった。

  19日 
 ガスで50m以上の遠望がきかない中を、サブザックで出発(テントは入っている)。途中、四人のパ−ティが見えたが、私達は岩場を巻いたのでニアミスに終わった。少し高度が下がったせいか、昨日の登山道とは様子が一変した。 深いハイマツと樹林の中を進む。

                   

 踏み跡と赤いテ−プがあるので迷う事はない。1時間位歩くと、天気も回復し、富士山が青空の中にあった。
 小高い山に立つ。ひょっとして、ここが笹山ではと思ったが、標識が何もない。少し奥にもう一つ山がある木々に囲まれた頂には、立派な標識が立っていた。(山梨百名山・笹山・1733m)「ヤッタ−」一昨年から計画し、色々な事を調べ遂に実現、頂を踏む事ができ嬉しい。久々に味わう感激である。ここは南方で蛇がいる事も忘れ30分も休んだ。 

 先程の北方に戻ると、中年の男性が一人いて、奈良田越しから登り、山梨県の百名山をすべて登り終えたという人に会った。 天気が良かったり悪かったり、コロコロ変わるので、帰りを急いだ。

 白河内岳で、デポしたザックに荷物を詰め替え、大篭岳を目指す。昨日積んだケルンが出てくる。「あっ、この石は俺がのせたものだ。」「違うわよ。私がのせたのよ。あっちのも私がのせたのよ。覚えがあるもの。」貴子は口を尖らせて言う。まあ良いか。自分より彼女の方がはるかに多く石を積んだのだから。小さな岩山に登っても、大篭岳の標識は無かった。

 どうしても脚力のせいで、私の方が先に行ってしまう。山の頂で彼女を待っている時、目立たない岩の間に三角点が埋まっていた。此処だ。「お−い。あったよ。早く登ってこい。」 「これじゃ、解らないわよね。」近くに落ちていた自然木に、ボ−ルペンで、大篭岳と書いて立てきた。

 昨日から雷鳥にも飽きるほど会ったし、もう思い残すことは何もなかった。 広河内岳に隠しておいた水で昼食にする。後は下りだけなので、ゆっくり休もうと靴も脱いでリラックス。ところが飯を食べ終わると、大粒の雨が降ってきた。ガスも出て、見透視もきかない。
 ペンキ印もたくさんある広河内岳と大門沢下降点の間で、登山道を間違えてしまう。元に戻り事なきをえたが、広河内岳と白河内岳の間で、ガスが出なくて良かったと本当に思った。

 登山者が急に多くなり、二時間あまりの急下降で大門沢小屋に着いた。小屋には、五百円でシャワ−があったが、そのお金はビ−ル代にあて、テント設営後、大門沢の冷たい水で、頭から足先まで洗ってさっぱりした。
 
 笹山方面を振りかえって見れば、農鳥小屋の人の言うとうりだった。晴れていれば二重山稜の稜線漫歩を楽しめるが、ガスが出ればアウトである。私も会の人には良い所だったとは言わないにしようと決めた。逆に危ないから行かない方が良いと言おうと思う。(途中会ったのは3組のみ)

  20日        
 出発準備をしていると雨が降ってきた。団体客は1時間も前に出て、私達が最後の発だった。
 傾斜は昨日より緩く歩きやすい丸木橋を幾つか渡ると、吊橋が出てきた。雨もいつしかやみ、沢を渡る風が気持ち良かった。2つ目の吊橋で渋滞にあう。橋を1人が渡り終わるまで、次の人が出ない為だ。50人位並んでいた。道で多くの人を抜いたが又、吊橋で捕まる。あ−あ。

 林道に飛び出しほっとする。ゲ−トをくぐると車がおけそうな広場があった。第一発電所の車の所に着く。
駐車場には工事の警備員がいて、何か言われるのがいやなので、少し移動して帰り支度をした。案の定警備員がやってきた。覚悟を決めると、MさんとTさんの事ずけを言われた。

 彼女たちは昨日早く広河原に着いたので、その日に帰ったとの事がメモ書きに書かれていた。そして警備員は私の車が、ダム従業員の駐車場に置いたので、その場所の人がえらく怒っていたと言う。16日夜中で暗く解らなかったが、もう少し林道まで入って行けば良かったと思った。
 親切な警備員にお礼を言い、伊東を目指し車を走らせた。

 伊東の寿司屋で、Mさんと私たち2人の国内3,000m峰21座、登頂祝いをおこなった。Yさん、Sさん、Tさんもかけつけてくれ楽しい宴になった。