アトピー奮戦記
わたしのアトピー暦
母の話だと、生後10ヶ月から、アトピーらしき症状があったとのこと。 その当時、今ほどはアトピーという病名は世に知
れてなかったと思います。 そういえば、アトピーの語源は、「原因不明」だったかな? (Atopic)
最初の症状は、ベビーオイルを塗ったら、湿疹が出たとのこと。 それからわたしのアトピー暦が始まりました。
幼い頃、今でもよく覚えているのは、冬になると手の甲がごわごわで、小学校から帰ると母が洗面器に湯をはってくれて、
その中に手を5分くらい浸し、カサブタをふやかし、その後薬をたっぷりと塗ってもらってました。 小学校の低学年の頃
は、毎日のように耳鼻科・皮膚科・眼科と、はしごしていたと記憶しています。 ひどいときは、寒冷じんましんが発症し、注
射してもらわないと引かなかったので、その当時は注射が好きになってました。 こんな病院通い生活の毎日で、とにかく
大変な幼少時代でした。 両親は、有名な先生のところにも連れて行ったようですが、とくに変わりはなかったようです。
本当に私には、お金がかかったようです。 あと、よく足の中が痛いと、泣いていたことを思い出します。 本当にがまん
できなくて、国立病院で検査してもらったこともありましたが、原因不明。 今思えば、あれは「冷え性?」ってやつだったの
かもしれません。 今でも時々冷えるとふくらはぎが芯まで痛かったりしますが、その痛みと似ています。
中学に進むとアレルギーはそれほどひどくなく、耳鼻科と皮膚科のみの通院でした。
鼻炎は、高校までずっとひどく、診断はアレルギー性とのことで、とにかく薬で抑えるしかなかったのですが、中学から高校
にかけては、この鼻炎がいちばん苦痛でした。 いつも点鼻薬を持っていました。 休み時間になるとトイレでシュッと一
噴射。 いっつも鼻がグズグズしていたし、よく風邪を引いていました。
中学2年のとき、成り行きで、アメリカ・ミシガン州にある、どこを見渡しても日本人のいないようなところにひとりで1ヶ月ホ
ームステイすることになりました。 今思えばこのときはなんの症状もなく、楽しくもなかったのですが、アトピーは出ていな
かった気がします。 日焼けもしてたし、ほんとに元気いっぱいでした。
次にアメリカに行くことになるのは、短大を卒業し、2年ほど社会で稼ぎ、その後留学をしました。
最初に行った学校がワシントン州の中部にあるCenrtral Washington Univ. で、ここは風がいつも強く吹いていて、ここで
は、鼻の調子も肌の調子も悪かったので、海に近い Seattle へと移動しました。 ここで2年過ごしましたが、ほとんんど
問題なく、けっこう快適な日々でした。 ただ、一時勉強に行き詰って、胃潰瘍になったときがあり、さすがにこのときは皮
膚科にもお世話になりました。
シアトルでは苦楽ともに経験し、めでたく短大を卒業し、日本に帰るわけですが、ここで一気に体調がおかしくなりました。
おそらく自律神経のバランスがひどかったのだと思います。 その原因ははっきりとはわかりませんが、家庭の事情で英
語とは無関係の仕事をすることになり、自分の中ではすごい葛藤がありました。 なぜか親には逆らえないタイプだったみ
たいで、いろいろなことを我慢していたと思います。
その当時は、今まで車酔いなどしたことなかったのに、とにかく車に乗ると涙が出るほど調子が悪く、ひどいときは自分で
運転してても吐きそうなくらい気分が悪かったのです。 もちろん、皮膚科通いもはじまります。 鼻の調子も悪く、このあ
たりから、真剣に体質改善を考え始めました。 自分の中では、環境が変われば、体調も変わると、わかってはいました
が、どんな環境にも対応できる体でなくてどうする!という気持ちでしたね。
まず、耳鼻科に通い 「減感作療法」 を受けました。 これはけっこう大変で、週2日アレルギー源の注射をしなければ
なりません。 私の場合は、皮下注射による検査を受けたところ、ダニと杉の抗体を作ることになりました。 検査では杉
よりも動物の毛のほうが反応が強かったのですが、なぜ、杉だったのか未だわかりません。 しかし、これは、けっこう効
いたと思います。 いまだに周囲の花粉症の方たちと比べると楽に乗り越えています。
アトピー性皮膚炎の私に、皆さんいろいろな情報を寄せていただき、「びわの葉のアルコール漬け」を下さったり、「アロエ
を下したもの」、「熊の油(本物の熊を猟師さんが撃って採った油で大変貴重なもの)」、「四国の有名なお医者さん」、「ル
イボスティー」とかいろいろ教えていただき、その都度試してきました。
その中でも私が一番最後にトライした民間療法、「自宅温泉療法」があります。 これは、本当に辛く、人生最大の苦痛
でした。 始めた経緯は、知り合いの方が、アトピーにステロイドを使ってはいけないとおっしゃり、その方のお嬢さんが
温泉療法で治したのでやってみたらどうかと薦められ、経済的にも大変だったので、半年悩みましたが、結局、その方推
薦の某民間療法機関の会員に入会し、温泉デリバリーを始めました。 とにかく 「ステロイドを一切使わないでくれ」 と
いうのがそこの指導法でした。 結局、2年続けたのですが、悪くなるばかり。 24時間温泉を循環させ、1日3時間くらい入
浴しました。 体力も消耗するし、食事にはとても気をつかいました。 ひどいときは1日でお湯が真っ黒で、体から何か出
てきてる感覚でした。 耳からも膿の塊が出てきて、爪からも膿が出てきました。 入浴後は感染症を防ぐため、全身消毒
もしました。 お湯も異臭がするし、今考えると地獄の様、でも引き返せませんでした。
最後のころは、夜も眠れぬ日々が続き、3日間まったく眠れず、このままだとまずいと思い、3日眠れなかったら眠剤を服
用することにしました。 毎日体中から膿が出て、朝起きるとパジャマは黄色に染まり、それと当時に皮膚は剥がれ落ち、
毎日その剥がれ落ちた真っ黒い皮膚を掃除し、体も思うように動かず、手の指もパンパンで缶ジュースの蓋は自力では
開けることはできず箸を使ったり、顔の炎症もひどく口も思うように開けられず、ご飯を食べるのはやっと。 とにかく自分
ひとりではできないことがたくさんあって、家族なしでは生きていけない状態でした。 毎日が痛みと痒みとの戦いで、その
うち微熱が何日も続き、眠れない日々が続き、眠れないことがこんなに辛いのかと、そのとき思い知らされました。 とうと
う精神的にも限界となりました。 こんな状態でずっと生きていくのかと思うと絶望感しかなく、ほんとうに心身ともに限界で
した。 最悪だったのは、そんな症状を訴えてもカウンセラーはそれを乗り越えれば直ると馬鹿なことを言うだけ。 友人
のアドバイスもあり、もうこのままじゃ死んじゃう!と思い、自ら病院に行きました。 そこで、すぐ近くの病院に行けばいい
のに、そんなときでも、今までステロイドを使わずにがんばった苦労を無にしたくないという思いがよぎり、少しでも使わな
い病院を選び、そこへ飛び込んじゃったんです。
まず診察の時点で、即入院と言われ、いったん家に帰ることもできず、病室に直行でした。 すぐに点滴され、体中に薬を
塗られ、その上にサランラップ、さらに包帯でぐるぐる巻きにされ、翌朝起きたら、手の甲が見違えるように綺麗になって
いました。 そんな姿を見て、母が良かったねこんなに綺麗になって、と言ったことを今でもよく覚えています。 入院してか
ら3日くらい看護婦さんが心配するくらいとにかくずうっと寝ていました。 今まで眠れなかった分、寝た気がします。
その病院では、朝・晩とシャワーの後に強酸性水を患部にガーゼでペタペタと化粧水をつけるようにつけ、その後薬を塗ると
いうことを続けました。 実は、この強酸性水の精製器はうちにもあって、前から使っていました。 消毒アルコールだとし
みる人は、これがおすすめだし、雑菌を殺す力はものすごいそうです。 まな板の消毒なんかにも使えます。 これも父の
友人が薦めてくださって物です。(ほんとうにお世話になった方々ありがとうございます)
話は戻りますが、急に良くなったということは、それなりに強い薬をつかったということでしょう。 この点滴は3週間続くこと
になりますが、入院して2日たって、看護婦さんに何が入っているのですか?と何回尋ねても、答えてくれません。 ただで
さえ、精神不安定なのに、隠されたら、余計不安になりますよね? けっきょく、先生にも聞いて、先生は最終的には答え
てくださいましたが、それは、やはりステロイドでした。 点滴と錠剤の両方にプレドニゾロン、塗り薬はデルモベート(超ス
トロング)でした。 それを聞いた途端に、今までやってきた努力とこれからの副作用のことが頭をよぎり、絶望感で、ただ
ただ涙するだけでした。 「今までステロイドを抜くためにあんなに苦労してきたのに・・・」 この思いだけで頭がいっぱいで
した。 すぐに退院したい気持ちを、母は、とにかくこうするしかないのだから、がんばってと言いました。 ふだん「がんば
れ」とか言う母ではなかったので、素直に聞くことができました。 父は、忙しい中、見舞いにきてくれ、そっと「これでも読
みなさい」と五木寛之の「大河の一滴」を置いていきました。 これは落ち込んでる人にはなかなか良い本です。 読んだら
楽になった気がしました。
約1ヶ月後、ようやく退院しました。 しかしながら、入院中毎日ステロイドを注射されてましたので、急にやめると危険です
ので、しばらく通院して錠剤のステロイドの量を徐々に減らしていきました。 でも、顔の炎症がだんだん始まり、何もせず
にも頬から膿が出始めました。 炎症が落ち着いたら、皮が剥け、また炎症の繰り返しです。 顔はひとまわり大きくなり、
ステロイドの副作用・いわゆるムーンフェイスになりました。 ほんとうに顔だけにうっとうしいし、外に出るのは嫌でした。
でも仕事をしないといつまでも親に迷惑をかけるわけにはいきませんし、もっと辛い人もいるのですから、がんばらなくちゃ
という気持ちでした。 ですが、満員電車に1時間通勤はつらく、車を購入することを決意。 これは、自分ひとりの「プライ
ベートスペース」ができて、いつも家族と一緒の私にとって、大切な場所となりました。 しかし、なかなか顔はよくならず、
そんな状態が続いているとき、会社に来る銀行の方が、同じ行内にいた方が治療してすごく良くなったという、京都にある
高雄病院を紹介してくださいました。 とにかく一度行ってみたらどうですかということで、私も、だまされてもいいから、とり
あえず行くだけ行ってみようという、割と軽い気持ちで行くことにしました。 その当時その先生は、普通なら混んでいてす
ぐには診察していただけないくらい人気の先生で、ひどい場合は入院をして診ていただけるとのこと、そうすることになりま
した。 やはり、そこでも着いたら、包帯ぐるぐる状態を3日させれました。 デルモベートを使ったことをお話しすると、驚か
れ、そんなに強いの使わなくても治るのにとおっしゃり、僕がタートルネックのセーター着れるようにしてあげると言って下
さった時は、涙が出ました。 まず、今でも使っていますが、ワセリンとリドメックスを混ぜたもの(リドワセと呼んでいます)
を塗って、首と顔にはアルメタとサンホワイトを混ぜたものを塗りました。 2日目には、だいぶ炎症も引き、3日目には、包
帯も取れ、ステロイドを止め、アズノールという軟膏と、亜鉛化軟膏のコンビネーションで治療しました。 今まで炎症が引
いても強い薬を塗り続けさせられ、不安になっていたのですが、これだけのステロイドの量で良くなるのかと驚きましたし、
とてもうれしく希望が沸いてきました。 よくなってくると、近くのお寺を散歩したり、裏の山を登ったりと、体を動かすことも
しました。 食事は、玄米ご飯がメインで、朝は豆乳などです。 栄養士さんの指導もありますし、先生の講義件質問の場
も週に何回かあり、自分で治すという意識が芽生えたと思います。
今思うと、高雄病院へ飛び込んだときはよっぽどひどかったのでしょう。 最近は、症状が軽いのに、先生のところへ駆け
込んでいるので、先生のほうも、「その程度でかけこんでくるとは、上出来だ」とおっしゃるくらいです。 入院の血液検査の
とき看護婦さん泣いてましたっけ・・・ 血、絞るようにしてやっと採ってもらいました。
先生から学んだことは、「薬の上手な塗り方」でした。 そこの先生は、薬についての講義を行ったり、どうやって治療して
いくかをきちんと説明してくださり、わからないことは何でも説明していただいたので、先生を信頼できることによって、ぐん
ぐんよくなっていきました。 炎症が出た時は、火事といっしょで、すぐに消さないとその炎症はどんどん広
がってしまいますから、すぐに薬を塗って、火を抑える。 そうすることによって塗る範囲は少なくなる
し、薬の強さも弱いもので済む。 ほうっておけば、家事は燃え広がり、使う薬も強くなってしまう。 こう
いう理論でした。 薬も、体にはリドメックスとワセリンを半分ずつに調合したものをつけて、首から顔は、アルメタとサンホ
ワイトを半分ずつに調合したものをつけて、炎症のひどいときは、亜鉛軟膏をぬって包帯したり、その時々の症状に合わ
せて、薬を塗り分けていました。 退院する頃には、自分でここはこのくらいの症状だから、この薬をくださいと、看護婦さ
んやドクターに言えるくらいになっていました。けっきょく、そうですよね? 自分の体のことは、自分が知らなくては、それ
にアトピーは完全に治るとは私は思わないので、上手に付き合っていかないといけないと思います。 今でも「ステロイドの
上手なぬりかた」というハンドブックを見ながら、指導していただいたぬりかたを忘れないようにしています。
アトピーでも子供は産めるし、ちょっとばかり、人より環境に敏感なだけなんです。 やっぱり、無理をすると何事もいけな
いようで、仕事無理しちゃったなと思ったときなどは、必ず2・3日してから、出てきます。 わたしは、まだまだコントロール
できてませんが、いろいろやってきて、結論としては、薬は塗るときは塗るしかないのです。 風邪引いたら、薬を飲むよう
に。 また、休みたいときは、休めるような環境があれば、なお良いですよね。 おそらくアトピーの方は、わたしもそうな
んですが、つい、周りを気にしてしまい、マイペースになれないところがあると思います。 そこのところを、上手くコントロー
ルしていけたら、きっと良いコンディションでいられるでしょうね。
わたしのアトピーとダイビングとの関係
ダイビングを始めたきっかけは、弟たちがやっていたこともありますが、セブ島で仕事で滞在しなければならない期間が長
く、友達もいないし、ゴルフに行くのもいいですが暑すぎて肌にはあまり良くないし、それで、ダイビングならずっと海の中で
日焼けしなくていいかもしれないと思って始めました。 もちろん、ボートに乗るまでは炎天下を歩かなければならないの
で、けっきょくは真っ黒に焼けちゃったんですけど、そんなことより、海水に1時間も全身つかっていられることが良かった
ようで、3日ダイビングに通うと、アトピーがきれいになっていました。 それが、どこの海でもいいのかどうかわかりません
が、わたしには、セブでのダイビングが効いたようです。 セブは湿度が非常に高く、かと言って、東京の夏のように汗を
かくとべとべとするわけでもなく、意外とさらっとしていて、それがさらによかったと思います。 今年は3月から9月までは、
日本ですごしたので、だいぶ調子悪かったですが、先日10日ほどセブですごして、だいぶ楽になりました。
ダイビングはお金はかかりますが、集中的に休むことができるなら、気分も癒されるし、効果的だとおもいます。 ぜひ、
一度試してみてください。 水中では、地上での嫌なことも考えず、無になれます。 サカナとにらめっこしたりしながら写真
を撮り始め、ほんとうにお魚たちが愛しく感じる今日この頃です。
海の中は、今のわたしにとっては非常に大切な場所です。
かゆみのない生活をめざして、これからも試行錯誤です。

