アコンカグア 2000年 <10/20掲載>
提供 永野 秀男 OB
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第一回目---1999年末〜00年初のアタック-------
----------以下は、下山後に寄せられた永野OBBからのe-mailです------------------
サンパウロの永野です。
昨夜(1月7日)夜中にサンパウロに戻りました。
アコンカグアは、頂上直下160m位で力がつきて登れませんでした。
最高到達高度6800m。
但し、黒山隊員がひどい凍傷を負い、手の指が両手で5本、第一関節が3度の凍傷(黒化しており状況深刻)。足の指も凍傷2度で灰色化。
C2の5850mから1月1日と1月3日の2度にわたり頂上アタックをかけましたが、いずれも頂上直下の難関、グラン・カナレータ
(あちこち雪の着いた大ガレ場)で時間切れで敗退。
とくに1月3日が酷く、−25度の外気温で風が加わり手足どころか体もしびれて満足に動かず。ルートは西陵の陽の余りあたらぬ峰峰
を登り、昼前に西面大トラバースがあって、そのあと最大の難関、頂上直下大カナレータという大ガレ場があるのですが、ここで雪が降
り始めあっと言う間に新雪5cmばかり積もりました。雪自体はアイゼンをはいて問題はなかったのですが、とにかく高度障害で2名と
も足が上がらず、午後4時前に、このペースでは行って帰れない、と判断、ギブアップしたもの。
疲労の極でC2に戻り、翌日1/4、C2を撤収し、BC(4200m)まで帰り着いてあらてめて黒山隊員の酷い凍傷に気付く。
((永野)も今だに全指先がしびれていますが色の変わる程ではない)
翌1月5日とにかく最速の手段を使いふもとのメンドサまで、夜までに辿り着き、黒山隊員はメンドサ・イタリア病院にそのまま入院。
(永野)も病院に近いホテルに宿泊、結局黒山隊員は、2泊入院治療し、(永野)が付添って、昨日1月7日にメンドサーブエノス−
サンパウロで夜中に戻って来ました。
1月2日には5350m付近でメキシコ人女性が高度障害による肺炎で死亡。今年のアコンカグアは2000年紀で人が沢山来る筈が
逆にいつもより少なかったとの事。いずれにせよ、山は不変。やはり中高年が少し鍛えたくらいで登らせてくれる山ではなかった、と
いう事でしょう。
追って詳細報告いたします。
黒山隊員の傷の速やかな回復を祈りつつ。
以上

BCへのアプローチ(黒山)

BCへのアプローチ(永野)

アコンカグア西壁(黒山)

C1へのアプローチ

C1へのアプローチ

C2

頂上アタック

頂上直下250m敗退

敗退下山日C2にて