アリラン 慰霊のモニュメント
所在地●沖縄県 島尻郡 渡嘉敷村 里原(沖縄の渡嘉敷島だそうです) 1997年 7月●完成
歴史の真実をこころに刻み語りつぐために 「アリラン慰霊のモニュメント」は、 かつて日本軍の「慰安婦」として戦場に連行された多くの女性たちを追悼し この過ちを繰り返さないよう後世に語りつぐために建てられた記念碑です。 第二次世界大戦末期、本土防衛の捨て石とされた沖縄の戦場に、朝鮮半島などから千余の女性たちが日本軍の性奴隷として、また万余の男性たちが軍役の奴隷として連行されました。 海上特攻艇の秘密基地とされた慶良間の島々には、千余の「軍夫」が苦役に、21人の女性が「慰安所」につながれました。 1945年3月26日、米軍上陸の前後、住民たちは日本軍によって無念の死を強制されました。 一方で「慰安婦」たち4人は非業の死をとげ、日本軍の迫害と虐殺による「軍夫」の犠牲は数百人にのぼります。 (略) モニュメントは、拝所と人々が集う広場で構成され、全体として生命を表す大きな渦になっています。渦の中心である拝所には、このモニュメントのテーマである「還生」(ふぁんせん=生命が甦る)という言葉が刻まれています。 このモニュメント完成に至る年月は、日本の国家責任を問い自らの尊厳の回復を求めて立ち上がったアジアの被害者のたたかいと結び合い、私たちが歴史への責任を自らに課した日々でもありました。 このモニュメントが、過去の戦争のあやまちを語り継ぎ、反戦平和を誓うモニュメントでありつづけることを願ってやみません。 (「モニュメント」碑文より」)
歴史の真実をこころに刻み語りつぐために
「アリラン慰霊のモニュメント」は、 かつて日本軍の「慰安婦」として戦場に連行された多くの女性たちを追悼し この過ちを繰り返さないよう後世に語りつぐために建てられた記念碑です。
第二次世界大戦末期、本土防衛の捨て石とされた沖縄の戦場に、朝鮮半島などから千余の女性たちが日本軍の性奴隷として、また万余の男性たちが軍役の奴隷として連行されました。 海上特攻艇の秘密基地とされた慶良間の島々には、千余の「軍夫」が苦役に、21人の女性が「慰安所」につながれました。 1945年3月26日、米軍上陸の前後、住民たちは日本軍によって無念の死を強制されました。 一方で「慰安婦」たち4人は非業の死をとげ、日本軍の迫害と虐殺による「軍夫」の犠牲は数百人にのぼります。
(略)
モニュメントは、拝所と人々が集う広場で構成され、全体として生命を表す大きな渦になっています。渦の中心である拝所には、このモニュメントのテーマである「還生」(ふぁんせん=生命が甦る)という言葉が刻まれています。
(「モニュメント」碑文より」)
維持・管理のための 募金のお願い(仮) (一年間一口1,000円/何口でも) お問い合せは/ アリラン慰霊のモニュメントをつくる会 小嶺隆良さん 沖縄県 島尻郡 渡嘉敷村 字渡嘉敷 164 電話/098-987-2201 橘田浜子さん 山梨県 東八千代郡 境川村 藤垈 166 電話/055-266-2157
維持・管理のための 募金のお願い(仮) (一年間一口1,000円/何口でも)
お問い合せは/ アリラン慰霊のモニュメントをつくる会 小嶺隆良さん 沖縄県 島尻郡 渡嘉敷村 字渡嘉敷 164 電話/098-987-2201 橘田浜子さん 山梨県 東八千代郡 境川村 藤垈 166 電話/055-266-2157