子供との思い出

仕 事 受 胎 手 帳 む ね
電 車 服   つわり 腰 痛
ゲーム キック 食べ物 動 く
陣 痛 ベッド 出 産 こども
おなか 母 乳 夜  
写 真 ぽつん
ファミレス 保育園 (2) (3)
教習所 (2) 痙 攣 (2)
け が 腸重積 (2) (3)
(4) (5) (6) お や
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社会人になってからずっと趣味もそっちのけで仕事ばかりの毎日だった。なにしろ24時間のうち会社にいる時間が寝る以外の時間ほとんど。私って仕事以外に”したいこと”ないんだろうか。
子供が出来た。驚いた。焦った。こどもってどんなもんだろう。子供がいる生活ってどんな生活だろ。今まで通りなんとかやっていけるだろうか。。。。
病院で”おめでとうございますといわれ、その足で母子手帳をもらいに行った。親が取っておいたぼろぼろになった私の赤ちゃんの頃の手帳とはちがって、まだなにも書かれていない。これもいろいろ書きこまれてぼろぼろになって、いつか懐かしそうに見かえすことがあるのかなあ。
もしかして子供できた?仲のよい後輩からいわれた。”なんで?”ときくと、”○○さんが『胸大きくなったよな・・・』と話してた”うーん。。。見るとこ見てるなあ。やっぱり母って感じになってきたのかなあ。体型が。。。。
最近ぼーっとしていると席を譲って下さる方がいる。おなかが大きくなってつらそうに見えるんだろうか。わざと見ない振りをしているような視線の人もいるが、圧倒的に優しく声をかけてくれる人が多い。中・高生も思ったよりもやさしい人がおおかった。電車の込み方が半端じゃないから心づかいがとってもうれしい。
おなかがかなりせり出しているにもかかわらず、マタニティドレスをあまり着ない。一目で妊婦だとわかることで利点もないことはないが、どうも長いすそ先がかえって危なっかしくってしょうがない。私がよく利用してたのはミニのキュロットとだぼっとしたパンツ。これは仕事しててもじゃまにならないし楽だった。気分も”てろん”としないから、太り過ぎることもなかった。
とにかく歯磨きがつらかった。特に上の奥歯を磨くときに”うっ”ときた。
腰の痛みは半端じゃない。8ヶ月近くなってくるとただごろんと寝ているだけでもいたい。体勢をいろいろかえてみながら少しでも楽な姿勢を取ろうとするが、なかなかうまくいかない。妊婦体験の教室で夫が10`だかの砂袋を腰に巻いて1時間ほど過ごすという試みがどこかであったらしいが、一時間くらいでわかった気になられても。。。。これで家事もすれば仕事もしてるんだ。もう、痛みでどこかにあたりたくなる。
最近、仕事をはやくあがれるようになったので夜が長い。家に帰ってきて掃除ちゃんちゃんとしてご飯作ってテレビ見て・・・・。うちの夜はとっても長いので、ついつい待ち時間にゲームにはまってしまう。今までこんなにのめりこんでゲームしたことあったかなあ。
ファミコンでゲームばっかりしているせいか、ゲームの戦うシーンになるとおなかのなかで一緒にたたかってるやつがいる。誰と戦ってるんだろうか。実はテレビの画像見えてたりして。
よく食べ物の好みが変わるって言うけど、私は特になかったかな。もともとすっぱいものだい好きだし好ききらいないし。。。
でも食べちゃいけないかな、飲んだら子供に悪いかなとおもってセーブした物は結構あった。ケーキ、お酒、辛過ぎるものやあまりにもこってりしたもの。実はどれも大好きで、結構自由に食べれないのがストレスになった。
お酒なんてちょうどソニーファミリークラブのワインの通信販売をはじめたばっかりで、毎月美味しそうなワインとあう料理のレシピが送られてくるのに飲めないのはつらかった。でもどれくらい飲んだら赤ちゃんに影響があるっていう学術的な研究結果がはっきりしてないから飲んだとしても楽しく飲めないし。
結局このワインは母乳あげなくなってからまとめてのみました。
超音波検査で男女がわかるみたいだけど、とりあえず聞かないでどっちが出てくるか楽しみにしておこう。でもおなかのなかをキックする強さの感じだと男のこかな。このこはとっても脚力強そうだ。生まれてきたらどこに一緒に遊びに連れてこうかな。ぼーるを友達にして昔はやった漫画本の主人公みたいにサッカー少年に育てるっていうのもいいかも。。。この暴れようで女の子だったら気が強いだろうなあ。
陣痛が始まった。うちの母親が来てくれててよかった。落ちついて病院に行く用意が出来た。”歩いて病院行く妊婦なんているかしら”といわれながら近くなのでてくてく荷物を持って歩いて行った。深夜の病院は暗くてこわい。病棟にはいってもつかれた顔のちょっと神経質そうな看護婦さんがいるだけ。
”さあ横になって””そこじゃないでしょ””はやくして!”・・・・なんで怒られるんだろ。初めてでわかるわけないじゃない。もっと優しくしてよ。看護婦さん。だんだんおなかもいたくなってきて横にねかされてもつらくてつらくてたまらない。ナースコールしたけど
”ちょっと待っててね”と言われてなかなか来てくれない。他のベットの妊婦さんにはやさしいのに。なんで?
”あなた保健婦でしょ。なんでそんなこともわからないの?”・・・・・・?保健婦って誰が?”あら、名前違ったわ、ごめんなさい。他の人と間違えてて・・・”
どうやら私を保健婦だと勘違いして”ぐずぐずした子ね”と思っていたらしい。私は初心者です。
隣のベッドがあわただしい。どうやら日本人ではないらしくしきりと怒られている。”なんでもっとはやくに病院にこなかったの””夫がいくなって行った””お金がなかった””こわかった”・・・・・・・・・・だんだんと痛みで聞いている余裕がなくなってきた。自分の痛みのほうが大切だ。う〜ん、痛い。
。。。。。うーん。。。。。
”ちから抜いて!””ちからいれて””そこのバーをつかんで””今度は息をゆっくり吐いて”。。。
次々にいろんなことを言われてだんだんわけがわからなくなってくる。とりあえずいわれた通りにやってるだけだ。
”でてきたでてきた””もう少し”。。。。うーん。。。。。。。。。。。。。。
”はい、うまれました。よくがんばったね”力が抜けた。もうだめ。
”きれいにしてあげますね””はい、これが赤ちゃんですよ”
横におかれたものはまっかな顔をした目もあいてないちっちゃなものだった。よくドラマなどでは、うんだばかりの子供を抱きしめるシーンなどがあるが、私はただ見ただけだった。不思議な物が隣にある。という感覚。これが私の赤ちゃん?
あんなに大きく風船の様に膨らんでいたおなかが空気が抜けたみたいにぺちゃんこだ。この皮って元に戻るのかなあ。伸びたままだったらどうしよう。
はじめて自分のおっぱいから白いミルクが出てきたときはびっくりした。頭ではわかっててもとっても不思議な感じがした。赤ちゃんまだ上手くすいつけないみたい。なんかくすぐったいなあ。。。
病院では赤ちゃんと一緒に寝るってことなかったけど、うちに帰ってきてはじめて添い寝した。寝ているあいだにつぶしてしまったらどうしよう。。。って心配だったけど、最初のうちは夜ぐっすり寝れるってことがまずなかった。うつらうつらしては赤ちゃんの泣き声で目がさめる。ぐずり声でおきる。赤ちゃんと一緒の夜ってこんなに大変なものだったんだ。もう眠くて眠くて死にそう。。。これで家事とか手伝ってくれる母がいなかったら絶対に倒れてる。昔の人ってほんとに全部ひとりでやったのかなあ。
DAY --- 21 Apr
DAY --- 22 Apr
最近ゆうすけが赤ちゃんだった頃の写真をみた。はがまだ生えそろっていない。頭には髪の毛がちょびっとだけ、それもふわふわの綿毛のような髪の毛。こんなころもあったのね〜。あの頃はまだはいはいしてたんだっけなあ。この洋服もよくきてた。まだあるかなあ。

ちっちゃい頃の方が絶対的に写真の枚数がおおい。どこに行くにもカメラもってたった、あるいた、笑った、泣いたと言っては写真をとってみた。 最近ついついカメラを忘れてしまい新しい写真がなかなか増えないけど、あとからこうやって楽しめるんだから取っておこう。そのときそのときの大事な記録だもの。
長いあいだ生きていてあれほど取り乱したこともなかった気がする。あるとき子供の首をなにげなく触っていてふと指先にあたったぽつんとしたもの。外側から見ているかぎりではなにもないのに、指で触ると確かに1センチくらいのころころしたできもののようなものがある。なに?これ、こんなの今まで気がつかなかったよ・・・え、変なできものじゃないよね。とたんにぼろぼろ泣き出していた。どうしようもないほど悲しくなった。最悪のことを考えてまた泣き出した。子供をだきながらとにかく泣きじゃくった。まだ悪いできものとも決まってないのに。こんなに取り乱したのはいつ以来だろう。

私がこんなに泣いたのは理由がある。最近自分の父親を悪性の出来物で亡くしたためだ。まさかとは思ったがよく遺伝するとも聞く。子供の場合は進行が早いともきく。病院に診察を受けに行けるだけ落ちつけたのはひとしきり泣きはらしたあとだった。先生に話すと、たぶん小さい子供にはよくある脂肪の固まりだと思う。検査してみましょう。と静かに説明してくれた。検査結果が出るまでしばらくかかるという。そのあいだ何日か何時間か忘れてしまったけどいつもどきどきしてた。そのぽつんとした物を触るたびに泣いた。子供がもしいなくなったらどうなっちゃうんだろうってどんどん思いつめていった。人に話す時には反対に深刻になれなかった。   しばらくして検査結果が出て特に今のところ心配ないといわれた時の力が抜けていく気持ち、久しぶりに思い出した。
独身の頃ファーストフードにいっておもったことがある。なんで子連れのお母さんたちこんなところで食べてるんだろう。もっとちゃんとしたもの食べさせてあげればいいのに。。。
自分で子育てしててわかった。子供はうるさい。子供は周りに迷惑を知らず知らずのうちにかけてしまう。
子連れで外出するときもある。外食するときだってある。ファミレスやファーストフードの様にまわりがある程度人の話し声とかでうるさい場所なら割とまわりをきにせずにいられる。
そうおもうと周りがちがって見えた。
またはたらくことにした。今日から慣らし保育。ちゃんと保育園で保母さんたちや他の子供と仲良くやっていけるかしら。。。
保育園の玄関にいくとみんなママから離れたくなくってわんわんおお泣き。保母さんもなれてるのかままから引っ剥がす様にして子供を預かる。うちの子はまだよくわかってないらしく保母さんの胸に抱かれている・・・・がとつぜんギャーと泣き出した。周りの子供につられちゃったのか、自分の状況がやっとわかってきたのか。
毎日こうやって泣かせながら会社いかなきゃならないのかなあ。でも働くって決めたのは私だし。。。後ろ髪ひかれる想いってほんとこういう感じだよなあ。
一週間たった。朝泣くことも少なくなってきた。まだちょっとさみしそう。。。。と思ってたら次の日は熱を出してしまった。病院にいくと「安静にしてれば大丈夫でしょう」といわれた。結局このあと一週間近くうちにいることになり慣らし保育もまた最初からと言うことになった。。。。先が思いやられる。(^_^;)
保育園も通ううちにお友達も出来、先生にもなれ楽しくなってきたらしい。今では年中組みさんだ。来年はもう年長組み。小さな子供たちの面倒なんか見れるのかしら。。。でも子供はどんどん成長して行く。親と離れてぎゃんぎゃん泣いてた子供も、「おやつ食べたら迎えに来てね〜(^O^)/」はやく向かえにいくと「まだおやつ食べてないじゃない!」なんて生意気なことも言うようになってきた。うちは一人っ子だけどここで他の友達と触れ合うことでいろんなこと覚えたなあ。。。。
覚えて欲しくない事もたまに言うけど(^_^;)
私は免許を持っていない。ゆうすけが去年大病したこともあって、いざというときに車があればという思いを何度もした。今年初詣で神社行ったとき「今年こそは」と決意表明してきちゃった。幸い土日でも子供あずかってくれる教習所が近くにあったし、免許取るために子供にも頑張ってもらおう!ここでとらなきゃもうとれないと思ってやれば頑張れる。今年こそは免許取るぞ。ゆうすけいっしょに頑張ろうね。協力お願いします。免許とれたら車に乗せてあげるからね!
だいぶん教習所にかようペースにもなれてきた。土日も丸々つかえればもっと早く取れるけど、どうも教習所の保育所の先生のうち一人とは遊ぶのがイヤらしい。ゆうすけに負担がかからないように平日仕事が終わってから通うことにした。上司に了解を得て、仕事の納期も(残業しないですむ様に)多少考えてもらえた。絶対に無駄な時間はつかえない。仕事もゆうすけも待っててくれるんだから。
とりあえず一日の授業や実技はその日のうちに復習(懐かしい言葉!)したり、イメージトレーニングもした。そのかいあってか(?)教習所内ではストレート合格。よかった。あと残ったのは府中にいって受ける本試験だけ。。。。ものすごく緊張したし熱かったけどどうにか通ったみたい。無事合格。免許がもらえた。
ゆうすけやったよーと合格祝いに玩具をかってあげた。協力あってこそだったからなあ。でもこれで念願の免許がとれた!!
・・・・後日談、
せっかく車かったのに自転車の方が好きらしくなかなか車にのってくれないのだった。(^_^;)
ある土曜日、とってもぐあいが悪そうだなあと思ってかかり付けの小児科まで自転車でつれて行った。”熱が高く、せきや鼻はあまりでていないのだがとにかくだるそうで・・・”と説明して、ちょうどのどを診察するために、口をあけさせてへらをいれたときだった。。。。プルプルっとこどもの全身がふるえたかと思うと、くちびるがどんどん紫色になってきて、目がうつろになり体から力が抜けた。。。。目の前の出来事にぼーっとしていると『おかあさん、熱性けいれん起こしてます。すぐベッドに顔が横向きになるように寝せてください。』とお医者さんが声をかけてくれた。
あたふたしながらもいわれた通りにベッドに寝せて、先生が衣服を緩めたり顔をのぞきこんだりしていると、ふっと子供の意識が戻って”ギャ-”と大泣きし始めた。『もう大丈夫。急激に高熱が出たからだろうね。心配ないよ。薬出しておくから。』
・・・でも病院にいたからよかったものの・・・・と思うとサーっと血がひいて行った。
”熱性けいれん”っていうこどばと症状だけでも押さえておくと、もしなった時には比較的慌てずに次の行動にうつれると思います。
熱が高い時に急に白目を出して体が硬直する。家庭医学辞典には『とりあえず頭をすこし高めにして寝せて2〜3分様子を見て5分以上たっても収まらなければすぐ病院へいった方がいい』とありました。『熱が低い時に起こるのは別の原因であることが多い。』ともありました。とりあえず病院の先生には見せた方がいいですよね。それからは一度もおきてませんがしらないとかなりびっくりします。(^_^;)
本当に男の子ってけがするきっかけになることが多いと思う。娘を持つ友達の話を聞いてるかぎりでは、”けがの数”では負けない。外でははしってて転んだ、保育園で喧嘩した、高いところから飛び損ねた、闘いごっこが激し過ぎてけがをした。。。元気な証拠と言えば言えないこともないけど、すぐ治る傷ならばんそうこうはってれば治るけど、骨折や頭のけがだってあったりする。こうやっていつもはらはらしてる間に男のこの母親は強くたくましくなってっちゃうんだろうな。
確か実家にお正月休みで帰省していたとき。30日、正月の準備も終わってみんなでのんびりしていたら、ゆうすけが突然”おなかが痛い”と言い出した。それじゃちょっとなでててあげるからね。横になっててね。と言いながらおなかをさすってるとどんどん痛みが増してきた様だ。お腹をおさえて転げるようにしている。しばらくずっといたがってたと思ったら、ちょっと痛みがやんだらしい。けろっとしてあそびだした。

”まま、痛い、痛い、お腹痛い”。2分くらい痛がってたと思ったらまた痛くなくなって・・・・。痛くなったり痛くなくなったり陣痛みたいだね。でもちょっと普通の腹痛と違うよね。病院行ってみる?
母に、評判のいい小児科病院を知人たちに電話で聞いてもらった。知らないところで病院を選ぶときは慎重にやったほうがいい。2〜3ヵ所確認して一応一番近そうなところに電話をかけてみる。どうやら年末でもやっているらしい。よかった。。。ゆうすけはまだ時々痛みを訴えている。とりあえず抱きかかえて病院に運ぶ。病院はえらく込んでいたが、症状を訴えると軽い問診のあとすぐ検査室で血液、便、レントゲンの検査をすることになった。大きな病気だったらどうしよう。なんか熱も出てきた気がする。。。。。

レントゲンは特に問題なし、血液検査も、食中毒の検査も特に問題なし。。。。とおもっていたら急に”血便”が出てしまった。トイレに行ったときに、見たこともないくらいオムツが赤いもので汚れていたのだ。すっかりパニックになった。
「血便が出ましたか。。。”腸重積”と言う病気かもしれない。今から市民病院に紹介状を書いてあげるから出切るだけ急いで診察を受けなさい。」と先生がおっしゃった。もう何を言われてるのか半分わからないまま、とにかく教えられたとおり市民病院に急ぐ。

先の先生が担当の小児科医に電話をいれていてくれたらしく待ってる人を尻目に診察が始まる。「間違いないと思います。腸重積という病気でしょう。点滴をしますのでこちらに寝せてください。あとこれから処置をしますので今日は入院になります。」

入院ですか?耳を疑った。とにかく大変な病気らしいというのは雰囲気からわかる。「あとからちゃんと説明しますのでとりあえず超音波測定します。」

子供は点滴を受けて半分麻酔で眠りながらベットに乗せられて処置室へ向かった。
腸重積というのは簡単にいうと原因はよくわからないが狭い子供のからだの中に腸の長さが収まりきらなかったりして腸が腸の内側にささりこんで(重なって)しまう病気だそうだ。0〜3歳くらいの子供によく見られ個人差はあるが再発を繰り返すこもいるらしい。ささりこんだ腸をまっすぐに伸ばすには高圧浣腸というもので強制的に腸をまっすぐにさせるのだそうだ。うちのこは幸い一度の浣腸でその場は元のように腸が戻ったので一日入院だけで無事正月は実家で迎えることが出来たが。。。。この病気は実は大変な病気で、発生からだいたい24時間以内に処置をしなければ腸のなかで癒着とかが起きてしまいより重症になることがあるらしい。ということは最初に行った病院の先生が気がついてくれなかったら。。。
実はうちの息子はこのときばかりでなくあと2度ほど腸重積になった。それも半年ほどあけて一度。また3月ほどあけて一度。ただ幸いなことに2度とも休日や夜間私がそばにいるときで、あの独特の陣痛のような間隔をおく痛みやいたがりかたの強さをみて、もしかしたらまた。。。ときずいて救急病院の先生に”腸重積”やったことあります。とうったえる事ができた。3度目のときは本当に腸重積をおこしかけていた初期段階だったらしく先生も診察しても見つけられず、危なく消化薬を持って返されるところだった。が一応浣腸だけしておこうと言うことになりたまたま血便らしきものがでたので腸重積が見つかったという経緯があった。血便が出るのは腸が不自然な形態になっているためらしい。
この間テレビを見ていたら、誤診のため腸重積がみつからず、赤ちゃんを失ってしまった若い母親が自殺、その母親が孫と娘の敵を取るために、誤診した医師に復讐するという内容のドラマだった。そのドラマのなかの病院側の開いた記者会見で医院長が「腸重積というものは物がはなせない赤ちゃんに起こる事が多く見つけ出しにくい病気なのです。」と記者たちに弁明していた。。。。。。。そんな病気を3度もやって3度とも無事に直ることが出来た。あの子はなんて”うん”の強い子なんだろう。よかった。ドラマを見ながら泣いてしまった。そのあと母親に電話をかけその話をした。ほんとに幸運だったのかもしれないね。はじめかかった病院がよかった。たまたま保育園にいっているときじゃなかった。たまたま私と一緒のときだった。。。。と。
私は親と一緒に住んでいた頃には結構不満があった。勉強しなさい。ピアノの練習は?部屋きれいにして。ご飯は好きな物いっぱい欲しい。本が欲しい。玩具が欲しい。。。。。結婚前に妹と話して笑い話になったことがある。どちらも親の愛情が自分より妹や弟に、妹は姉や弟にとられてしまってあまり大事にされていないのではないかと思っていたと。どっちも親にもっと愛され見とめられたかったらしい。。。。。でも親になってわかったことがあった。3度、3度ご飯の用意をして食べさせる事が結構大変な仕事であるということ、なにも言えない赤ちゃんの面倒を見る事がとても大変な事だと、子供の手をひいて買い物に行くのが結構大変だと、毎日上からしたまで汚してかえってくる子供の着替えを用意しておくのは結構大変なこと。。。一つ一つはやってくれるのが当たり前の様に感じて感謝もした事ないかもしれない。でもうちは少なくとも3人子供がいて3人の面倒を見て3人の相手をしてくれていた。大変だっただろうなあ。私なんて働いているせいかもしれないけどひとりだけでも結構手いっぱいなのに。お店屋で駄々をこねられたとき、ものすごいキックを顔に受けたとき。ご飯を全然食べないとき。。。 もうこいつの相手はしたくないとおもうことがある。投げ出さずによく3人も育て上げてくれたものだ。