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| 2007.05.06 |
| ▼四国の山村で考えたこと・・ |
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今回初めて訪れた四国の剣山では、いつものごとく夕方に地元のスーパーで食材(総菜)を買って車中宴会をしようと考えていたのだが、現地に到着してみると何となくやばそうな雰囲気・・。どうも思っていた以上に周辺は田舎なのでした。 とはいえ何も夕食の材料が無いので、ともあれここは地元のおばあちゃんに聞いてみるかとどこか食材を買えるところはないかと聞くと、「うん、ここから4km先に商店があるのでそこで”何でも”買えるで」との返事。そうですかそうですかと半信半疑で4k、4kと数えて車を走らせるも、それらしきスーパーは無い・・。あるのは昔ながらの「**商店」と書かれた雑貨屋さんもどき・・。うーんここでは総菜は無いでしょう・・。僕らは夕食を調理してまで食べる気は無いのです・・。
というわけで、ちょっとした総菜程度を売っている店を探してさらに車を走らせたのですが・・・。いけどもいけどもあるのは先程と同じような雑貨屋風商店ばかり。たぶんあるのは缶詰と生野菜やお肉くらいに違いありません。 途中で少しはましそうな商店を見つけたので入ってはみたのですが、店の奥ではヒマそうにおばあちゃんとお母さんがお話をしておりまして、店の方ではお寿司やお弁当が無造作に置かれていて、棚にバラバラと置かれたその他の食材を見ると(悪いけれども)チト鮮度が気になって買う勇気が無くなってしまいました・・。 結局30kmほど走って少しこぎれいに見えた商店に入ったのですが結局は総菜はなくて、お寿司パックとそのまま食べれるおつまみを買ってまた、30kmの道のりを帰り、都合60kmの夕食買いのツアーとなったのでした。 今まで長野県や奈良県の人里離れた山村には何度も行った事がありますけれどもそれら山村と同等以上に過疎化しているようなこの村は、道路の対岸にある見上げるスゴイ斜面に家が建っていたりして何とも生活が大変そうな村なのでした。 こんな所でもいまだに人が住んでいるのですが、何故にここの人たちはここに執着しているのかと思わずにはいられませんでした。 そして食べるものや着る物に全くの選択肢が無くそこの小さな商店にある物だけを購入せざるを得ないこの村の生活は、物に満ちあふれた僕らの生活とはあまりにも大きな相違があります。田舎と思っているボクの町でさえそうなのですから、東京とこの村を比べたときには月とすっぽんくらいの差があることでしょう・・。 そんなあまりにも現代社会とかけ離れた村なのですが、とある商店でボクはそこの中学生くらいの娘さんが手に絵はがきを持っているのに気が付きました。その絵はがきの写真はボクがかつて訪れた事がある町の景色だったので気が付いたのですがそれはアメリカ・シアトル市からの絵はがきなのでした。シアトルはアメリカでも住みたい町のトップにランキングされるくらいの環境が素晴らしい都市です。それを手にしていた娘さんとは話をする機会は無かったのですが、シアトルに行った誰かから来たその絵はがきと、彼女の住んでいる村の生活とのそのあまりにも違うギャップを、彼女はどう受け止めるのだろうかとボクは下世話にも考えていました・・。 次の日徳島に向かう日も、約50km走る間にひとつの信号機もなくそれはそれは山の中の村なのでした。 そうして、山を終えて田舎の町に帰ってきたボクは地元のスーパーでやはり夕食の総菜をアレコレと選んでいたのですが、同じ日本のたったこれっぽちの地方の町でさえ食材を選ぶのに困るような状況なのに、この違いは一体”なんなんだ”と、思わずめまいがしそうな気がしました。 四国のとある村のこのような、最低限のインフラである道路整備さえもままならず、限られた生活物資や情報で生活しているこの生活からみると、なんだか第二次バブルを迎えているような日本の都市圏の生活はあまりにも浮かれすぎているようなそんな気がしました。 この村の人たちの生活を見る限り「地球環境問題」は全く彼等とは関係の無い問題であって、それってのは都市が延々と消費を浪費し続けているだけの問題では無いかとマジに思ってしまいます。 色んな山に行って色んな寒村を見るたびに地方の村はどうなってゆくのか、そして日本の都市の浮かれた暮らしはエエンかいなと想いが揺れ動きます。 たまにはボクも、そんなまともな事も考えたりするのです。 そんな事を久しぶりにフト思った四国の山旅でした。 |