ヒトデの腕形成機構の研究
〜ヒトデとヒトのつながりを求めて〜
1.はじめに
ヒトデには腕が何本あるかご存じでしょうか?おそらく大部分の方が5本と答えることでしょう。実は、ヒトデの腕は5本ばかりではありません。たとえば、イトマキヒトデにおいては同じ種にもかかわらず4から9本の変異があります。このような腕数の変異はウニやナマコといった他のヒトデの仲間(棘皮動物)ではみられません。
私は、3年間ヒトデの研究をしました。では、なぜヒトデの研究をしたのか。もちろん、腕数の変異に興味を覚えたことも理由の一つですが、それだけではありません。ヒトデの属する棘皮動物が、我々脊椎動物の祖先にあたると考えられているからです。しかし、両者の関係についてはまだまだ解明されていないことが多くあります。つまり、ヒトデの研究をするということは、ヒトデとヒトのつながりを研究することに他なりません。
数あるヒトデの研究領域の中から、私が研究テーマに選んだのは腕形成機構の解明です。もちろん、棘皮動物と脊椎動物の関係を明らかにする足がかりになると考えたからです。というのも、脊椎動物においては身体の形造りは神経に強く支配されており、神経形成と形態形成の関係は非常によく研究されています。しかし、棘皮動物においては神経形成と形態形成の関係はおろか神経形成すら未解明であり、腕形成機構の研究により脊椎動物との相同性が指摘できると考えたからです。
2.脊椎動物の形態形成
ヒトデとヒトの関係を考察するために、まず、脊椎動物の発生をカエルを例にお話しします。カエルでは、卵は精子と出会い受精すると速やかに分裂を繰り返し、桑実胚を経て胞胚と呼ばれる状態になります。その後、胞胚の外部が、ある一ヶ所から陥入して原腸胚になります。この状態において、外表面を覆う細胞群を外胚葉、陥入してできた細胞群を中胚葉、そしてもっとも内部にある細胞群を内胚葉と呼びます。外胚葉は、将来、成体の外表面と神経に、中胚葉は血・肉・骨に、内胚葉は消化管に分化していきます。
原腸胚の時期に陥入した中胚葉の一部は脊索と呼ばれる棒状の構造になります。この脊索は脊椎動物の形態形成に非常に重要な働きを果たしています。脊索は外胚葉に働きかけ、神経管を作り出します。このようにある部分が他の部分に働きかけ、その働きかけられた部分の性質を変えることを誘導と呼びます。神経管はさらに他の領域に働きかけ、いろいろな器官を造り出します。たとえば、目や鼻の形成は神経管による誘導の結果です。
このように、脊椎動物の形態形成は、脊索(中胚葉)が神経(外胚葉由来)を造ることが主幹となっています。
3.ヒトデの形態形成
さて、ヒトデの形態形成はどのようにおこるのでしょうか。ヒトデにも脊索、あるいは、原始的な脊索が存在し外胚葉に働きかけ神経を誘導しているのでしょうか。ちなみに、進化上、棘皮動物と脊椎動物の中間に位置する原索動物には脊索が存在します。
ヒトデの形態形成をお話しする前に、ヒトデの成体の身体の造りについてお話しします。ヒトデの成体は多数の骨片とその間を結合する成分でできており、上下に扁平で下面中央に口があります。口の周囲には海水に露出して環状の周口神経があり、周口神経からは放射神経が5本の腕のそれぞれに伸びています。放射神経の末端には眼点(光を感じる)があり、また周口神経と放射神経は感覚の統合などヒトデの中枢神経として働いています。そしてこの中枢神経に沿い棘皮動物に特有の水管系(歩行や呼吸などの働きを持つ)が構築されています。すなわち、周口神経のすぐ内側には周口水管が、放射神経の内側には放射水管があります。放射水管からは歩行の働きを持つ管足が突出しています
しかし、ヒトデは卵からいきなり5本腕の姿になるわけではありません。ヒトデの卵は受精すると分裂を繰り返し桑実胚、胞胚、原腸胚を経て約2日でビピンナリアと呼ばれる左右対称で繊毛によって泳ぎ回る幼生になります。ビピンナリア幼生はケイ藻(藻類の一種)を食べ、受精後約3週間ほどで体長約1mmの筋肉ではいまわるブラキオラリア幼生になります。ブラキオラリア幼生の右側後部には、将来、ヒトデ成体の大部分を形造る成体原基(将来5腕を形成する5つの骨片を持つ)が発達します。この、ヒトデとは似ても似つかないブラキオラリア幼生に藻類の付着したプラスチック片を与えると幼生前部を下にしてプラスチック片に付着し変態します。変態の際には、成体原基が幼生の大部分を消化吸収し、星型の稚ヒトデになります。稚ヒトデは、1本の腕につき2対4本の管足(水管系の一部であり歩行器官)を持ちます。
ブラキオラリア幼生には成体原基の他、興味深い構造物が発達します。それは水腔葉です。水腔葉はブラキオラリア幼生の左側後部に人の手のような5つの突起を持った姿をして発達します。そして水腔葉は変態時に成体原基と組合わさり棘皮動物に特有の水管系になります。私は、この水腔葉こそ脊椎動物の脊索と同じ働きをしているのではないかと考えました。なぜなら、水腔葉は脊索と同じく中胚葉でできており水管系のすぐ外側には神経系が存在するからです。また、幼生において必ず5つの突起を持つことからも、水腔葉がヒトデの形態形成において主導的な役割を果たしているのではないかと予測できます。ちなみに、観察した数百の幼生の中には、成体原基が5骨片でないものもありましたが、水腔葉は必ず5葉でした。
4.水腔葉発生の観察
水腔葉の役割を調べるために、まず試みたことは克明な観察です。生物学において「見る」ということは基本になります。顕微鏡観察のために、いろいろな大きさに育った幼生、変態中の幼生、そして稚ヒトデを5μm(0.005mm)の厚さにスライスしました。観察の結果、以下のことが判明しました。
@水腔葉は初期ブラキオラリア幼生期に、左前体腔(中胚葉由来)の肥厚として現れる。
A水腔葉は後期ブラキオラリア幼生期まで徐々に大きくなる。
B変態中期に水腔葉と成体原基は胃を挟んで相対しつつ急速に重なり合う。
C変態後期に水腔葉の5つの突起は、それぞれ成体原基の5つの膨らみに沿って伸びる。
D成体原基が幼生の大部分を吸収し、成体原基が滑らかな輪郭を持つ時期(成体原基滑 縁期)以降、水腔葉に裏打ちされた外胚葉は水腔葉の形に従って肥厚している。
E変態の進行と共に、水腔葉に裏打ちされ肥厚した外胚葉は、放射神経、眼点、管足の 上皮などに分化した。
以上の結果の中で特に重要なのはD“水腔葉に接する外胚葉が肥厚している”事です。この肥厚した領域は将来成体の周口神経や放射神経になるところです。このことは間接的にではありますが、水腔葉が外胚葉に働きかけ神経を誘導していることを示唆します。
5.水腔葉および成体原基の切除実験
次に試みたことは、水腔葉および成体原基の切除です。水腔葉の働きや、水腔葉と成体原基の関係を一層詳しく調べるためです。水腔葉が脊椎動物の脊索と相同物であり、形態形成において主導的な働きを果たしているなら、水腔葉を切除すると神経が誘導されず腕も形成されないはずです。また、成体原基を切除しても水腔葉があれば神経形成がおこり腕が形成されるはずです。
逆に成体原基が主導的な役割を果たしているなら、成体原基を切除すると腕が形成されないことや、水腔葉を切除しても腕が形成されることが予測されます。
水腔葉および成体原基の切除は非常に困難を伴いました。というのも、幼生自体が体長1mm程しかなく、しかも、切除しようとする水腔葉の大きさはたった0.01mm程しかないためです。この微細な手術は顕微鏡下で行い、油圧式微動操作機(マイクロマニピュレーター)を利用しました。幼生保持用のガラス管、水腔葉および成体原基吸引用のガラス管、切断用のガラス針の作成には特に工夫を要しました。顕微鏡下で0.045mmの針先を研磨する繊細さが要求されます。
切除実験により腕形成時の水腔葉と成体原基の関係に関し以下の結果が得られました。
@水腔葉の切除で、相手のない成体原基の骨片は増殖伸張しない。
A成体原基の切除で、相手のない水腔葉でも水管系の分化(管足と神経形成)が始まる。
このように水腔葉を切除すると、成体原基があるにもかかわらず腕は形成されず、逆に成体原基を切除した場合、腕を形成する材料の大部分が無いにもかかわらず、水管系や神経系が形成されました。この結果より、神経形成に関しては水腔葉の方が成体原基より主導的な働きをしていることが判明しました。
また同時に、腕数変異に関して以下のような興味深い結果が得られました。
@水腔葉の切除で、2ヶ所分の成体原基が1腕に統合され腕数が減少することがある。
A水腔葉の切除で、水腔葉が過剰に再生し、そこに新たに骨片が形成されて腕数が増加 する事がある。
B成体原基切除で、相手のない水腔葉が水管系に分化した後、成体原基(骨片)の再生 により腕が復元する場合と、水管系が消失する場合(腕数減少)とに分かれる。
これらの結果より、成体の腕数に関しては、たとえ、あらかじめ水腔葉と成体原基に各々5要素が備わっていても、組み合わせ前は未だ可変であり、変態時に確実に決まることが判明しました。
6.考察
以上、ヒトデとヒトのつながりを調べるために行った、ヒトデの幼生にある水腔葉の観察と切除実験を紹介しました。水腔葉の観察では変態時に水腔葉に裏打ちされた外胚葉が肥厚していた事により、水腔葉が脊索と同様の働きをしている可能性が示唆されました。そして、続く水腔葉や成体原基の切除実験により、神経の分化については、成体原基が無くても外胚葉と水腔葉の組み合わせだけで起こることがわかりました。このことは、あたかも、脊椎動物の外胚葉と脊索(中胚葉)の相互関係で神経が分化することに匹敵させて考えることができます。水腔葉は、脊索のように働く神経形成にとって必要不可欠な重要な物であるようです。今後は、水腔葉の移植実験で、その移植部位に神経を作らせることができるかどうかの検証や、脊索で働く遺伝子がヒトデにも存在するかといった分子生物学的な手法によって、一層、ヒトデと脊椎動物の共通性を捉えることができるかどうかの検証が楽しみです。
ところで、冒頭に述べましたように自然界に棲息するイトマキヒトデには4本から9本の腕数の変異がみられます。約4,500匹のヒトデの腕数を調査したところ4本腕が約0.8%、6本腕が約1.4%でした。水腔葉切除実験で明らかにしましたように腕数は変態時にはじめて確定します。実験結果をもとに腕数変異のモデルを考察しました。
まず腕数減少について考えます。変態時に、水腔葉と成体原基の組み合わせにずれが生じ、ある水腔葉が成体原基とうまく重ならなかったとします。成体原基切除実験の結果より、成体原基と重ならなかったこの水腔葉は退縮することがあります。そして新たに水腔葉が再生しなければ、腕数は減少します。
一方、腕数増加については、変態時に水腔葉5葉と成体原基5骨片の組み合わせにずれが生じ、1腕分の成体原基が2腕分の水腔葉と組合わさったとします。この成体原基(骨片)がいずれ2腕として増加・分離し、かつ水腔葉が一旦は来なかった成体原基の領域に水腔葉が新たに生じると、6本腕のヒトデになります。
この仮説により生じたと思われる4本腕や6本腕の稚ヒトデが、変態の時期を遅らせたときに実際に観察できたました。正常な時期に変態させたら90%以上5腕成体になるのに、遅らせることで4腕や6腕が激増したのです。変態の時期が遅れた間に、成体原基や水腔葉にいったい何が起こったのでしょうか。疑問は次々に続きます。
7.謝辞
最後になりましたが、この研究を御指導、御助言くださいました諸先生方に深く感謝いたします。厚くお礼申し上げます。U臨海実験所の皆様には実験上数多くの技術的御指導をいただきました。あわせてお礼申し上げます。(インターネット上ですので実名は差し控えさせていただきます)。