爺ヶ岳(東尾根)報告書 (2003年10月31日〜11月2日)
メンバー
瀬畑、Wadoo、白骨、車掌
10月31日
10時に岩槻駅に集合する。藤ノ木さんの車になんとか荷物を詰め込み出発。車高が低いのに加え荷物も重いので少しの段差でガリッという嫌な音がする…ま、まぁ車の中で熱唱しながら進む。5時間程で狩野家まえに到着。近くにテントが張れるようなスペースがあったのでビールを飲んですぐに寝る。
11月1日
狩野家(鹿島山荘)は道路に登山補導所という看板が有るのでそこを左へ入ったところだ。狩野家に計画書を提出し東尾根の状況を聞く。どうやら藪を伐採したのは30年前でそれからはしてないらしい。笹の藪漕ぎになるだろうと言われる。
9:25に狩野家を出発。踏み跡&赤テープを少したどって行くと沢の堰堤が現れる。そこを狩野家のおばあさんに言われたとおりに右手を登る。踏み跡&赤テープをたどるがかなりの急勾配だ。
この踏み跡は1476から東北東へ伸びる尾根へ登りつく。1476までは大した藪漕ぎは無い。笹の藪漕ぎなんて無いではないかと思ったが1766JP手前の傾斜が緩くなってる辺りから笹の藪漕ぎとなる。1766JPには13:30着。暑い、藪漕ぎ、雪なんて無い…雰囲気は夏合宿だ。だがここからが本番だった。ハイマツの藪漕ぎとなるのだ。一気に進むスピードが落ちる。P3(1978)直前では猛ハイマツ!知床を彷彿させるものだ。P3には16:40着。ハイマツ帯の一部に笹帯が有りそこにテントを張ることにする。不快なテン場だ。
ここで明日の行動について話し合う。雪がないので水が作れない。この藪だと進むスピードと水に不安がある。敗退ムードが漂う。気を取り直しビアを頂く。うまい。疲れを忘れさせてくれる。ウィスキー、焼酎、日本酒と続いて盛り上がり就寝する。
11月2日
6時に起床。車掌の顔に涙の跡がある…何故に?笹が目に入り涙が出たと言っているが真実は彼のみぞ知る。
そんな事はさて置き水が4リットルしか無いので朝飯を抜き紅茶と行動食だけにする。水残り3リットル。外に出てP2(2198)を眺める。希望的観測によると道らしきものが見える。爺ヶ岳までの行程の途中にも白いものが見える…希望的観測によると雪だ。どちらにせよ爺山頂の白い物は明らかに雪だ。一本で一人が水を飲む量を200mlに節水すれば爺ヶ岳までは行ける。突っ込む事にする。
7:45に出発。P3から少し進んだコルに快適なテン場があるのにはショック。ここから先は藪が無くなるところが有り「Easy way !」 「Highway!」などと奇声を発するが少し進むとまたハイマツ帯となる。その様なことが続く。P2には9:56着。10:18に出発。P1(2411)の登りでハイマツの陰に雪が有ったので袋に詰めて登る。P1には11:48着。そこには道が!Easy way!!コップに水と雪を入れて飲み気合いをつなぐ。
12:13に出発。爺の登りで車掌がバテる。後の事を考えて瀬川さんが車掌の荷物を少し持つ。ん〜2年なんだしもう少し根性が欲しい。2500m付近から藪が濃くなるが北東の斜面に藪が切れている部分がありそこを登る。爺ヶ岳には14:00着。剱岳、立山がくっきり見える。その威圧感は凄いものだ。
爺ヶ岳山頂も雪は多少残っているぐらいだ。雪をポリタンに詰め込む。鹿島槍を行く予定であったがカットして暗くなる前にさっさと降ることにする。14:25発。
赤岩の頭の夏道はトラバースしている部分は冬では雪崩の可能性があるので尾根を忠実に下降するらしいが(今回は雪が積もっていなかったので夏道を行った)そこを下から見ると恐ろしい程に急な傾斜であった。
赤岩尾根を黙々と降る。高千穂平には15:38着。藪漕ぎでのうっぷんを晴らすような速さで降った。15:50に出発。西俣出合までは飽きのくる降り。西俣出合には16:14着。そこから林道歩きとなるが途中で暗くなりヘッドランプを出して行動する。17:44に大谷原に到着。ザックを置き藤ノ木さんと車掌が狩野家へ車を取りに行く。30分で狩野家へ着いたようだ。
車で温泉へ行き、体を癒し帰ることにする。
文責:白骨