人文社会研究発表課題
「ジーンズが誕生するまで」
社会人間系専修4年 安田 幹啓
町を歩いていると必ずと言っていいほど見かける衣服がジーンズだ。少なくとも一人一本は所有しているのではないだろうか。このジーンズは誕生してから150年近くの歴史を持つ。最初は労働服でしかなかったジーンズが、今やファッションアイテムとしての不動の地位を確立するまでにどのような誕生秘話があるのか見ていきたい。
1.1.ゴールドラッシュが生み出したキャンバス地パンツ
リーバイスの生みの親であるリーバイ・ストラウスは、1829年、ドイツ・バイエル州にあたるババリア王国のブッテンハイムで生まれた。リーバイ・ストラウスは、17歳のとき(1847年)彼の一家とともにアメリカに移住した。リーバイ・ストラウスがアメリカに渡った翌年(1848年)、カリフォルニア・シェラネバダ山中で金が発見されたという知らせが全米中を駆け巡った。これを聞いた東部の人々は、金を求めて西へと旅を始めた。いわゆる「ゴールドラッシュ」の始まりである。当時、洋服生地を始めとする雑貨を売るしがない露天商で食いつないでいたストラウスも例外でなく西に向かった。一攫千金を目指して1849年にカリフォルニアを訪れた人々はフォーティーナイナーズと呼ばれた。現在でもサンフランシスコのフットボールのチーム名として受け継がれている。
2・リベット付きパンツの誕生
デイビスは、サンフランシスコ到着後、仕立て屋職人からスタートし、石炭業、タバコ屋など職を転々としていく。しかしどれもうまくいかず、仕立て屋へと戻り、運命のときを迎える事となる。
1869年、デイビスはリーバイ・ストラウス社から仕入れたズック生地で馬用ブランケット製作に使用するリベットを、頑丈なズボンを夫のために作ってくれと注文したさい思い付きで打ち付けた。そしてこのズボンは好評をはくし注文が相次いだ。しかし、デイビスはひとつの悩みを抱える。それは同じようなズボンをいつ誰が作り出すとも限らないという商才が投げかける疑問だった。そこで、1872年にデイビスは、生地の仕入先であるリーバイ・ストラウス社に手紙をしたため、共同での特許取得を打診。同じく商才に長けたフロンティアズマンであったリーバイは、リベット付き衣料の輝かしい将来を見抜き、デイビスの申し出を受託し、翌1873年には特許を取得する。
サンフランシスコのフレモントストリートのリーバイ・ストラウス社の工場では、リベット付き衣料の製造が開始され、デイビスは初代工場長として就任。

リーバイ・ストラウスとヤコブ・デイビスが申請した「衣料品のポケット補強に金蔵リベットを使用する方法」の特許申請書。ジーンズが生まれた時代を知る貴重な資料。
3.3.ディーテールの確立
1873年5月20日に「衣料品のポケット補強に金属リベットを使用する方法」として特許が認可されるや、まだひとつだけだったバックポケットにアーキュイット・ステッチが施された。現在使用されている衣料品の商標としては最も古いものとされるこのステッチは、ロッキーマウンテンの鷲をモチーフにしたという逸話も残されているが、サンフランシスコ大地震による資料焼失により、この説を証明することはできない。
4・501の誕生
1890年、17年間のリベットを使用した衣料の特許期限が切れ、各社がこぞって安価なリベット付きパンツを売り出してきた。それらに対抗するため、リーバイスは、丈夫なだけでなく、より穿きやすいパンツを目指して、XXデニムのジーンズはバックポッケ1つ、フロントポケット2つ、ウエスト後ろ部分にシンチベルト、前後に合計6個のサスペンダーボタン、そしてツーホースマークの革パッチが付くという仕様だった。これにウオッチポッケとは、労働者たちが懐中時計をいれるための小さなポケットで、右側フロントポケットの内側に取り付けられた。そしてこの自信のパンツに「501」というロットナンバーを付けた。さらに1900年、バックポケットが2つになり、ジーンズの基本スタイルである5ポケットスタイルが誕生したのである。