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式根島日記 島クラブ遠征記

1997年10月に式根島に行きました。この時はまだ名前もない集団でした。
でもこれがかわはぎ団の原点だと思います。

登場人物

安居:島では芋と魚以外食べてはならないと言う訳のわからんことを言い出した張本人。

隊長:現在の釣り隊長の宮一さん。この時は、今ひとつ頼りにならなかった。

でかい人:御手洗氏。豊富なアウトドア体験を持ち、頼りになるはずだった人。安居と一緒に芋と魚で若者を攻撃した。あさから島酒を飲むすごい人でもある。

ドル:もりくん。体力がみなぎる若者だが、この時はサツマイモ攻撃に耐えきれず、2日目にして泣きが入った。

ヒロシ:ひろし。精神的に一番ひ弱と思われたが、その通りだった。でも釣りでは大活躍し、みんなの見る目が変わった。この時は一番の活躍だった。



先日、下田から船に乗って式根島に行ってきた。私は関東出身だが、伊豆諸島には 一度も行ったことがなかったため非常に楽しみな旅行であった。 前日の夜に名古屋を出発したが、待ち合わせの不手際で出発が1時間遅れるという ことの他は、道中順調で予定どおり下田に到着した。

その時すでに島へ行く船らしきものが、港に停泊していた。あぜりあ丸というらし い。私には大きい船に見えたが、7月に北海道に船で行った隊長には不安なくらい 小さく見えたらしい。とにかく、出港までは時間があるので仮眠をとった。 キャンプ地 その日の天気は穏やかで、うつらうつらしているうちに新島に到着した。初めて見 る伊豆諸島の島影はごつごつしていて、いかにも火山島らしい。海を見るとかなりの 透明度で、我々の期待は高まっていた。

30分ほどたって式根島に到着。キャンプ場に向かう。途中で外人の一団に出会っ た。素朴な島のイメージを勝手に抱いていた我々は少々面食らったが、気にするこ ともないだろうと思い直して、キャンプ場に急いだ。 するとあまり広くないキャンプ場はすでに一杯で、新しくテントを張るスペースは どこにもない。5人で一人用5張りの我々はどうすることもできない。観光案内所に 電話をすると、その下の空き地に張ってよいとのこと。ちょうど一戸建て5つ のスペースだった。テントを張り終えてからとりあえず飯を食いにいった。最初で 最後の飯屋のまっとうな食事である。当然島の名物を食べようと出かけていったが、 店の中にいる人の誰も食事をしていない。特に気にせず席についたところ、隣でビ ールを飲んでいるおっさんが、1時間待っても食事がでてこないとぶつぶついって いる。先程見かけた外人の少女のところに島寿司が運ばれてきたが、我々のところ には注文すらとりに来てくれない。何時間待たされるかわからないので他の店に向 イモ かった。結局我々が口にしたのはラーメンとカレーライスだった。しかしこれが島 での最初で最後の食事のみならず、最初で最後の白米でもあったのだ。悲しかった。 腹が減りすぎて喜んで食べてしまった自分が悲しかったのである。 帰りに最初に入った店の前を通りかかると、本日休業の札がかかっていた。

この日の夜からは我々の主食はサツマイモとなった。南の島にはサツマイモが似合 うなどと勝手なことを言って、サツマイモを食わせ続けた私はきっとヒロシには怨ま れていたことだろう。実際食べてみるとうまいがぱさぱさして結構大変だった。主食 は粘質のほうがよいと思った。所詮自分は日本人にすぎないようである。 イモ以外は自分たちの手で確保することと決めたため、釣りは遊びというよりも、 漁に近い物があった。しかし、焦っても釣れるものではなく、今夜はイモのみかと失 望しかけた頃、ヒロシがシマダイをゲットした。隊長もべラを釣ったが、気持ち悪い ので食べなかった。この日の主役はなんといってもヒロシだった。


次の日隊長とでかい人とヒロシは6時に起きて港まで釣りに出かけていった。イモを 茹でながら待っていると、あまり冴えない表情の三人が帰ってきた。カツオがあがって るよと人事の様なことを言う。坊主だった。磯で拾ってきたニシがおかずとなった。

この日の昼、ヒロシは耐え切れずにパンを買ってむさぼり食っていた。ドルは 島を歩きに行ってしまった。私とでかい人と隊長でイモを食った。でもヒロシが寝てい る隙にラーメンを食ってしまったので、イモがあまってしまった。しかたなくマヨネー ズと合わせてみるとたいそううまい。最初からこうしておればよかったと思ったが、遅 かった。結局、イモはこれが最後となった。

鯖を手にする人達 この日の夜は、前日港でサバが爆釣状態だったので我々も新鮮なサバを手に入れようと 気合をいれて港に向かった。私は得体の知れない魚とハタンポを釣ってしまったが、ヒ ロシがサバを釣ってからは相次いで掛かり、計6匹を手に入れることができた。ヒロシ が釣ったサバを刺し身にして食ったが、噂どおりめちゃくちゃうまい。隊長は一人ルア ーをひいていたが、それでも嬉しかったらしく、マッカレルと連発して喜んでいた。 残りのサバは焼きサバにして食った。やっと念願の宴会である。島酒はうまい。でも ヒロシは一人でビールを飲んでいた。一口のんだらうまかった。何故だか都会の味に思 えた。 気持ちよく酔って寝袋に入った。夜半すぎに風がやたらと強くなってきた。激しくテン トが揺さぶられる度に目が覚める。あまり熟睡できない夜だった。

朝目覚めると、沖に白ウサギが飛んでいる。風呂に入りがてら展望台に行ってみると激し い荒れようである。しばらくすると本日の下田行きは欠航ですというアナウンスが入る。 一同愕然とするが、なんだか少し嬉しそうである。隊長はこのまま社員旅行まで荒れてれ ばよいのになどと言っている。しかしそんなことばかり言っていられないので、船会社に 電話を入れると、新島からは船が出ないという趣旨のアナウンスが式根島に流れてしまっ ただけであり、予定通り船は出るとのことである。慌ててテントを片付けた。

すとれちあ丸と私たち港に行くと大勢の人で列ができていた。聞いてみると東京行きの人たちとのこと。しばら く待っていると、すとれちあ丸という巨大な船が入ってきた。あぜりあ丸の4倍ほどはあ るだろう。巨大な船が結構ゆれながら出て行くと不安なくらい小さな船が沖からやってき た。あぜりあ丸だ。見ただけで嫌な気分になる。船酔いの大きな原因の一つに精神的なも のがあるというが、この船は船酔いを誘発するのに充分な大きさといえるだろう。

船は神津島に向かった。神津島を出てしばらくすると猛烈なゆれとなった。激しいゆれと ともに鈍い音がして、隊長が私の目の前にいた。隊長はただ転がっただけのようだが、私 は隊長が降ってきたと思った。あまりに揺さぶられるのでトイレに行きたくなったので、 トイレに入ると、ゲロを吐きまくっている人が3人いた。見ていると気持ち悪くなり、自 分も吐いた。液体しか出なかったので楽だった。大便所が空かないのでしばらくデッキに 立っていた。船の揺れは尋常ではなく、時折海水が激しく甲板を流れていった。そういえ ば何故か、Tシャツとトランクスの男が多い。甲板にいて濡れてしまって避難しているよ うだ。東海汽船のおっさんがやってきて甲板の後ろの方に走っていった。しばらくすると 全身ぬれねずみの女の人を抱えて帰ってきた。 そうこうしているうちにもゲロを吐きにくる人は後を絶たない。そのうち強烈な臭いが鼻 をついたと同時に一人のおっさんが口を押さえて走ってきた。おっさんはトイレのドアに 手が掛かると同時にラーメンを口から吹き出した。そして、なおもラーメンを垂らしながら トイレに駆け込んでいった。トイレの床はおっさんの吐いたラーメンでぐちゃぐちゃにな ってしまった。この後吐きに来た人はあまりの凄さにトイレに入れず、下の方に戻ってい った。しかし、最初からトイレで吐きっぱなしの3人は出ることもできずにトイレの中で 吐き続けていたようだ。聞くところによるとこの3人もラーメンを食べていたらしい。悲 惨と言う言葉はこういう時に使うものだと初めて実感した。

2時間ほどして神子元島が見えた。心の底からほっとした。でもラーメン男と3人はでて こなかった。私は疲れきって船室に戻っていって、わずかな眠りを得ることができた。隊長 他4人は何事も無いかのように寝ていた。うらやましかった。

船が下田についた。ようやく地獄のような船旅が終わった。2度と乗るものかと思った。 ラーメン男は消えていたが、吐いたラーメンは当然残っていた。隊長もそれを見て何があった かを悟ったようだった。

海は怖い。これが今回の教訓である。

以上

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