ウツボットのつぶやき
ウツボットです。ホームページの作り方はじぇんじぇん知りません。指示のまま、入力をしているだけです。そのうち、なんとなく、やり方がわかるかもしれない。画像を張り付けること。これが、とりあえずの目標です。

「悪」・・・?
小雨が降っている。 よく、わからないのだけれど、小雨の日は、いつもと何かが違う。 何かが溶け出しそうになる。何だろう・・・?

「悪・・・」、悪って、何だろう?
ほら、どうでもいいことが気になり出す。
手近にある辞書を引いてみた。「悪いこと。よくないこと。」なんだ、つまんない・・・。「好ましくないこと。」とも書いてある。じゃあ、好ましいとは何だ。「そのような・状態を喜んで受け入れることができる様子だ。」とある。なるほど・・・。ちなみに「悪い」も引いてみる。「道徳的に責められる様子だ」とある。ふむふむ、「道徳」って何かな?「社会生活の秩序を保つために、一人ひとりが守るべき、行為の基準。」で「秩序」って?「物事が正しい状態を保つために守るべき、一定の・順序(きまり)。」じゃあ、「正しい」って?「道理・法に合っている様子だ」ん〜、「道理」って?「世間で正しいと認めた、行いの筋道。」

ますます、何が何だかわからなくなる。それだけ、曖昧なものなのだろう。そして、そのときの状態によって、変化していくものなのだろう。人間がたくさんの人数で生活していく知恵なのかもしれない。「人を殺す」という究極の悪に見えることすら、死刑であれば許される。被害者の家族は、当然のように要求する。自殺は悪いこととされる。でも、江戸時代の武士の切腹は、すばらしいものとされた。

「悪」、それは変化するもの。もっと知りたいのだけれど、いま、わかるのは、そのくらいだ(笑)。

2001年03月29日

落ち着かない日々・・・
掲示板「ようやく落ち着いたように思います」とカキコした後、すぐに落ち着かない日々を過ごしていました(笑)。

私には、落ち着くという言葉が似合わないのかもしれません。 ですが、本来、心というものは、落ち着くものではないのでしょう。

「無」の境地といいますが、あれはいったいどういう境地のことをいうのでしょう。興味だけはあります。そういうものを体得してみたいと思うのです。落ち着くものではない心を落ち着いた状態にするのでしょうか?そんなこと、私には到底できそうにありません。

客観的に、ありのままに自らの心を見つめる目を持つということかもしれないと考えることがあります。風のように、水のように、火のように動く心を否定することなく、ただ見つめる・・・。

幼い頃、どうも出家欲というのがありました。尼ではなく、坊主です。坊主になりたかったのです。おかしなことに修行というものをしてみたかったのです。・・・とはいえ、一度もやったことはありませんが(笑)。

山に登りだしたのも、それに近いものがあるかもしれません。

ただ、最近、こうして生きていることが、一番の修行ではないかと思うようになりました。ひとつひとつに心を向かわすことが・・・。こうして、私の出家欲もおさまりつつあります(笑)。

2001年03月25日

な〜んか、したくな〜い。
やんなきゃ、いけない作業があるからパソコンの前に座っているのだけど、どうも進まない。こういうときって、気持ちがイライラ・・・じゃなくって、気持ちがうろうろする。逃避したい・・・でも逃避しちゃいけない・・・。こんなときは、いっそのこと逃避してしまった方が、進むのかもしれない。私の場合、時間や場所を拘束される仕事じゃないのだから。

気持ちが落ち着かないとき、無理に落ち着けようたって、できないよね。あ〜、もうやめた!うん、そうしよう。

あ〜、でも食事をつくること考えると、な〜んか、うっとうしい。ぐ〜たらしたい。

な〜んか、いいことを考えよう。そうしたら、いつの間にか「やりたい!」モードになるはず。

そうそう、広報委員会でつくっている広報誌が福岡県のPTA新聞コンクールで最優秀の毎日新聞社賞を取ったんだ。397点の中から選ばれたんだ。うん、ちょっとうれしい。でも、うちの小学校は以前にも賞を取っているから、委員長としては、全国の賞を取りたいらしい。昨年、近くの小学校が全国の「文部科学大臣賞」を取って、区役所の前に立て看がでていたのだけど、どうやら、それが欲しいらしい。でも、正直言って、あの広報誌で、それは無理だと思う。

でも、夢があるって、いいよね。「ふふふ、ねえ、取れたらいいじゃない。」と言う委員長、好きなんだな〜。


夢・・・。
今日も広報委員会でした。
12月に発行したものができあがったと思ったら、次は3月に発行の卒業号にむけての準備です。

12ページを割り振って、その担当を決めて、今日はテーマを決めました。「夢」それが今年のテーマになりました。昨年は卒業生だけに卒業の言葉を語ってもらっていたようですが、今年は各クラスの先生、給食室のおばちゃんなどにも参加していただこうということになりました。私の担当はそれ。

先生や職員さんへの質問の内容は
1.小学校の頃の夢【12字以内】
2.できたらいいな〜と思うこと(現在の夢)【24字以内】
3.卒業生へ贈る言葉(好きな言葉などでもOK)【24字以内】

そんなことを話し合っていたら、いろんな人の小学校の頃の夢を知りたくなりました。今日、参加していた広報委員のメンバー5人に聞いてみたところ、「漫画家」→実際はOL、「ピアノの先生」→夢を叶えてピアノの先生、「医者」→実際は国語の教師、ピアノの先生になりたくてその夢を実現した人は、なんと二人もいました。

私はというと「看護婦さん」でした。でも、中学になって友だちがケガをして血を流したとき、くらくらしてしまってから、それは、あっさりと諦めました(笑)。その次はアナウンサーをめざし、その次は政治学を深めたくなり、結局は大学生協で本を売っていました。まったくころころ変わって、節操がありません。でもそのときどきで、結構真剣だったりしたのです(笑)。

国語の教師になった人いわく、「夢って、言葉に出すと叶えられたりするんだよね。私の高校時代の後輩でずっとアナウンサーになりたいって言ってた子がいてね。そのために努力してたのよ〜。その子は夢を叶えたのよね〜。河野景子ちゃん。ほら、貴ノ花の奥さんになった・・・。」と話していた。

でも、それを聞いて「言葉に出すことの大切さはわかるのだけど、出しても叶えられない人もいるよ。私、高校時代、アナウンサーになりたいってみんなに言っていたよ。」いろんな人がいるよ〜と言いたかっただけなんだけど、話の腰を折ったかな?(笑)

でも「こんなことをしたい・・・。」と夢を広げていくことって、とっても大切なことですよね。そうそう、国語の教師になった彼女は、医者になりたいと思っていた期間は短く、その後ピアノの先生なりたかったと言っていました。「あのね、ピアノを弾いているときが一番幸せだったの・・・。」本当に幸せそうに語っていました。いつも、言いたいことを抑えて、でも我慢できなくて、ぎゅうっと押し出すような話し方をする人だけど、今日は違っていました。幸せな気分が広がる・・・それっていいですよね〜。

自分の頭に浮かぶイメージ、広がれ、広がれ・・・。そして、何かと繋がったとき、実現しているような気がする。


鈴木書店が破産・・・
「硬派出版物取次会社の鈴木書店が破産へ」 今日の朝日新聞に記事が載っていた。とうとう破産したか・・・・。「鈴木書店」といっても普通の人は知らないだろう。大手取次の日販、トーハンくらいなら知っている人もいるだろうが・・・。人文系・社会系の専門書ばかりを扱う本の問屋だ。私が仕事をしていた頃の取引先だった。大学内の書店だったので、専門書はかかせない。鈴木書店は東京にしかなかったが、小回りが利いて、急いでいる本を取り寄せるのは得意だった。

書籍業界というのは、いい加減なところで、大手取次に出した注文が入ってこないということは、日常茶飯事だった。「この注文は、どうなっているのか?」と追求しても、たくさんの種類の書籍が注文書を挟んで動くので、追求のしようがない。また、大手取次はそれを追求しようとも考えていない・・・。私などは、「書籍」を担当する前は「食品」を扱っていたので、その仕事の仕方にとても戸惑った。消費者が見えていない仕事をするところだ。そんなとき、小回りの利く専門書取次だと、「その本見つけました。今日の荷物に入れましたので、明後日着きます。」とやってくれる。大手取次が信頼できないだけに、鈴木書店の存在は大切だった。とはいえ、掛率はわずかながら大手取次の方が低い。剰余を残すことを考えると、使い分けが必要だった。

書籍業界は他の業界に比べて、システム化が遅かった。インターネットを使っての発注が広がったのは、3年くらい前だっただろう。そのシステム化に鈴木書店は遅れた。全国の多くの大学からの注文は、自然と大手取次に流れた。手間暇かかる書店の作業には、もっとシステム化が必要だと考えていた。私はうるさいくらいのシステム化論者だったような気もする。しかし、システム化だけでは、消費者の要望に応えられない部分が残る。鈴木書店はそれができる取次だった。全国の書籍全体の売り上げ(紀伊国屋、丸善etcを含む)に対し、大学○○のシェア率は2%。たかが2%・・・、されど2%なのである。鈴木書店は多くの売り上げをそこから得ていた。それが減っていけば、危なくなる・・・。

遅れはしたが、鈴木書店もシステム化をした。しかし、大学○○連としては、それと繋げるためには数百万の費用が必要だからという理由だけで、繋げることを決断しなかった。たかが数百万が、なぜ出せなかったのだろう。放っておけば、つぶれることは目に見えていたのに・・・。どうせ、つぶすのであれば、そのときに大手取次に取引を集中するということで、いい条件を取り付けることもできたはずなのに、そのままにして、結局は大手取次に大きな顔をさせるだけになっている。

鈴木書店と大学○○連との関係は、設立当時から深い関わりがあった。他の書店と違い、大学○○は食べ物から、パソコンまで売っているような素人が運営するため、品揃えの格差は明確だった。とても書店とも言い難いお店もある。そんな中、当時は目利きのある鈴木書店の職員が、その大学にあった本を配本してくれていた。わかりづらい書籍の仕入れをフォローしてくれていた。

鈴木書店が破産したことによって、そこに資金援助していた専門書出版社も危なくなるだろう。岩波書店、有斐閣、東大出版界、筑摩書房・・・。ただでさえ、経営状態が悪い出版業界、つぶれるところも増えてくるだろう。それが学問に与える影響は大きい。たったひとつの判断でも、社会的に大きな影響を与える。ひとつの業者をいい加減につぶすところは、他の業者かも見放されるかもしれない。

もう、離れてしまった職場だけれど、今日のニュースには耐えられない。
2001年12月07日 14時12分42秒

イライラな日
今日は、久しぶりに予定のない日だと、ゆっくりしていたら、広報委員会の委員長から電話が入って、「原稿、やっぱり、字が多すぎて、読みづらいって、言われたの。手直ししよう!」と言われた。げ〜、せっかく、完成したのに・・・。完成するまでの話し合いに相当な時間をかけたのに・・・。もう、やり直したくない・・・というのが本音。でも、委員長だって、そんな気持ちくらい、わかってるんだ・・・。わかってての電話だもんね。しゃ〜ないかと、始めたけれど、じぇ〜んじぇん、のらない・・・。イライラばっかりが溜まっていく・・・。 仕事もしていないのに、なんで、ゆっくりできないんだろう・・・。まあ、仕事をしている頃は、一日にいくつものことを処理しなくちゃならなかったから、毎日マラソンしているようなものだった。家に帰れば、ふ〜と一息もできずに、食事をつくる。子どもが食べたら、ようやく一息・・・。でも、すぐにお風呂・・・。気がついたら、布団の中にいる・・・。それに比べればましといえば、ましなのだけど・・。でも、最近、本を読んでいないな〜。仕事している頃は移動時間を惜しんで、本を読んでいたものだった・・・。 もう、いったい何を書いているのだろう・・・。とにかくイライラする・・・。
2001年11月29日 17時24分18秒

えっ?いじめ?
最近、うつうつと考える出来事がたくさん、ある。
その中の一つ、数日前に受けたショックな出来事について・・・。

PTAの広報委員会で子育てについて、アンケートを取っていた。841人だして、548人から返ってきた。忙しいなか、たくさん協力していただいて感謝していた。さて、これからどんな紙面を作っていくか・・・なんて考えながら、広報委員のメンバーで学年事にアンケートを整理していた。

「いじめを感じたことがありますか?」そんな項目を作ったのだが、ちらちらっと、見ていて、メンバーのひとりが
「見て〜、いじめている子の名前まで書いているのがある。よっぽどなんだね。」
「え〜、どれどれ?」とよく見ると「3年生の○○○○○○です。子ども同士のこととはいえ、あんまり悪質なので、ご両親に相談してみようかと思っています。」と名前は呼び捨てにしてあり、憎しみを感じられた。ふ〜ん、と思い、書き込んである名前をよく見てみると、なんとわが子の名前だった。
「えっ?3年生でそんな名前はうちの子以外考えられない・・・。」そのショックといったら・・・・。「まさか、うちの子が・・・。」あれ・・。

急激に不安になり、急激に子どもを疑い出す。自分の子どもが誰かをいじめている場面を想像する。いつもは、あんなに笑っているのに、学校でも休み時間、裸足で走り回っているあの子が、人をいじめるなんて、なにかつらいことがあったのだろうか、自分はそれに気づいてあげることができなかったのだろうか・・・。ショックのあまり、何もできなくなった。ついでに委員会のメンバーは、どう思っただろう・・・、委員会にも行きたくない・・・。

アンケート、それは不確定な情報、されどアンケート、自分はいったいどう行動すればいいのか・・・。アンケート、それが2年生の男の子のお母さんが書かれているものだということだけはわかった。

しばらく、うつうつとした時間を過ごしたあと、はっと思い立ち、その日、子どもの担任の先生に相談してみた。
「え〜っ?○○○くんが、いじめ?それは考えられないですね。あの子はふざけるのは好きで、授業中困ることはありますが(笑)・・・、いじめをする子ではないですね。ほら、日頃、発散しているでしょう?・・・アンケートに書かれて心配なのはわかりますが、気にされない方がいいと思いますよ。一応、2年生のクラスの先生には話してみますが・・・。」

とりあえず、クラスではその兆候はないのか・・・。でも2年生というと学童クラブの可能性がある・・・。さっそく、行ってみた。
「ん〜?○○○くん?あの子はスケベですが(笑)、いじめをしているなんて見たことないですね。おしりをだしたり、たまたまのつかみ合いをしたり、それはすごいですよ、お母さん。だけど、あれだけ発散しているから、いじめはしないでしょう。・・・どう言ったら安心して貰えるか、わかりませんが、しばらくは気にしてみておきますよ。でも、いまは2年生の男の子たちの方が不安で、お母さんに相談しようかと考えているくらいなんです。」

じゃあ、家から帰って、遊んでいる子どもたちだろうか・・・。でも最近1年生の男の子が「○○○くん、いますか?」と何度も呼びに来る。そして、自転車でブイブイ飛ばしている。1年生の子があれだけ慕ってくるのに、2年生をいじめるだろうか・・。

広報委員会の一人のお母さんに「子どもに直接聞いてみた方がいいかな・・?」と相談してみた。「あれはただのアンケート、それが本当かどうかもわからない。そんなことで、子どもを不安にしてはいけないと思うよ。ついでに母親が不安になっているのが一番、よくない。はっきりとわかるまでは、子どもを信じてあげて・・・。」

学校の先生が言っていたことも思いだした。「お母さん、低学年でケンカはしても、いじめというのは、ほとんど考えられません。もともとアンケート調査って、一概に受け取れないんですよ。新聞や広報委員会などで、よくアンケートを取られますが、いじめと言っても、人によって取り方が違うんです。簡単に「いじめが○%」とバ〜ンと出ますが、実体は単純ではありません。私たちはいつも、もやもやしているものを持っています。それって、いまのお母さんだったら、わかってもらえるでしょう?」

・・・「多少、悪いことはしても、いじめをする子には育てたくない。いじめをする子は心に悲しい傷を持っているから。いじめはその傷を広げていく行為だから。」そう考えているだけに、私の動揺は大きかった。

でも、数日前、ようやく吹っ切れた。もし、あの子が他人が嫌がることをしていたとしても、それはまったく不思議でもなんでもないからだ。誰だって可能性は0ではない。人間だもの、どうかしたときに悪いこともやってしまうかもしれない。そのときは、その事実がはっきりしたときにしっかり対処すればいい。わけのわからない書き込みに動揺するのはやめよう。だって、アンケートに名前まで書くという神経も疑う。本当に子どものことを考えるのであれば、学校や学童に相談しているだろうし、我が家にも連絡をするだろう。客観的に見ると、やり方がひどい。来るなら、来い!と思えるようになった(笑)。

広報委員会の別のお母さんが心配して電話をくれた。「いまでは、来るなら、来い!って心境だよ。」というと、笑っていた。

はっきりするまでは、やっぱりあの子を信じよう。ふざけるのが好きで、スケベなあの子を・・・。

そして、もし何かあったときには、しっかりぶつかって行こう!
2001年10月24日 16時18分17秒

究極の幸せ?
昨日、貫山の頂上はひろがっていた。今日も高〜い青空がひろがっている。透明で少し渇いたような風が庭のボウガシの枝を揺らしている。ほらほら、また揺れている・・・・。これこれ、なんだかこそこそと柔らかく、くすぐられるようで、気に入っている。だから、秋は好きなんだ。

1年中で秋が一番好き。秋は収穫というイメージがあるから・・・・それは否定できない(笑)。「収穫」、考えるだけで豊かな気持ちになれる。ワクワクする。そして、それをホクホク食べて、満足する。西行だったっけ?「願わくば、花の下にて春死なん・・・・」と詠った人は。これを耳にする度に、「私は秋がいい!」と思う。今日のような日に(欲を言えば、もう少し涼しい方がいいかな?)、しっかり、収穫したものを食べて、満足して死ぬ。

だから私の場合は「願わくば、栗の下にて秋死なん・・・・」、ん?でもこれって、美しくもないし、イガイガして痛いような気もする。第一、栗はすぐに食べられないし、栗だけだったら、やっぱり不満だ。たくさんの収穫物、ブナも食べたいし、やまぼうしもおいしい・・・そう、やっぱりお米はいる。うん、おにぎりはあった方がいい!漬け物も欲しい。周りに田んぼと秋桜が見えるともっといい。そんな木の下だ。ついでに前の日の夜は満月で月見をして、月見団子を食べる・・・。そう、だから死ぬのは昼間だ。昼寝をしているように・・・。これ、すごく心地いい!究極の幸せのようにも感じる。死んだら、木の下に埋めて欲しいなぁ!(これは無理か)

あ〜、今日は、気持ちいい〜。
2001年09月23日 11時38分37秒

思い出したい
悲しみが、憎しみが、溢れている。それが、あるベクトルを作り出している。そのベクトルを包みたい.....。

傷つけられたとき、なぜ、傷つけたものに対して、同じことをしようとするのだろう。なぜ、私たちの心は、そう反応するのだろう。意味があるのだと思う。本当はその反応は、別なもののために必要とされたことなのではないだろうか。(わからないけれど.....。)

傷を負ったまま、相手に危害を加えれば、たいていの場合、自らの傷口を広げる。そして、その傷は知らないうちに広がっていく。

相手を傷つけたとしても、傷は癒されない。傷を負ったときは、ちゃんと手当をして、しばらく安静にしていなければならない。そうして、どうして傷ついたのか、ゆっくり考えてみると、大切なことを教えてくれる。「痛み」というのは、ある種のメッセージだと思う。身体の痛みはそういうものだから。痛いと感じたとき、放って置いたら、あとから取り返しのつかないことになる。心も同じことだと思う。

そう、だから痛いときは、どこが痛いのか、どうして痛いのか、そしてどうして痛くなったのか、まずは調べることから始めた方がいいのだと思う。病院に行ったときの治療は、そうやって始まるから。身体から発せられるメッセージを聞き取ることから.....。

人というのは、傷つけ合うということをする。深い傷を負った人は、自らの命を終わらせてしまうか、他人を傷つけようとする。犯罪というのは、こうして生まれてくる......。

犯罪者を悪人としたくない。それは、つぎの犯罪を生むのだから。犯罪者は深く傷を負った人。その傷を癒さなければ、次々に傷つけ合っていく。

人というのは愛し合うということもする。「愛」は傷を癒す力を持っている。それは、あるベクトルをつくるものではなく、広がって、包み込むもののように感じる。

最初の犯罪は、どうやって生まれたのだろう。自分のことに集中しすぎて、他人のことを考えるというバランスを崩した瞬間だろうか.......。誤解かもしれない。

でも、そこに戻りたい。戻って、愛で包み込みたい。私たちは、傷つけ合うために生きているのではない。

いま、なぜ、生まれてきたのか思い出したい。
2001年09月20日 13時44分50秒

いいことしちゃった!
昨日、小学校の広報委員会がありました。その帰り道、ひとりのお母さんが「ねえ、ねえ、その傷どうしたの?」と追いかけてきました。「ああ、これ?交通事故!横転しちゃって!」「そう・・・。」と話していると、別のお母さんが「あらっ、交通事故?確か、夏休み前に免許取ってたわよね。私もね〜4月にやったのよ。タクシーに突然でてこられてね。車は大破するし、いまでも腰が痛くて・・・。もうそれから、車には乗ってないの。恐くてね。車もなくなったし、もう潮時かなって思ってね。」

すると最初声をかけたお母さんが「あたしもやったわよ、ちょっと前に、まっすぐ進んでいたのに、横からど〜んよ!最近になって、ようやく、恐ろしさがなくなったかな?」

どちらも、相手が悪く、なんと10:0となったらしい。進んでいて10:0になるなんて、よっぽど、相手が悪かったんでしょう。

「私は勝手にひとりで事故起こしたからね。でも、対向車がなくて、よかったんだ。」
「だけど、これから運転できる?車はどうしたの?」
「15万くらいで修理ができるから、できあがったら乗るよ!」
「ふ〜ん、私は、もう、いい・・・・。」

現在運転しているお母さんが「大丈夫よ。せっかく免許持っているのに、もったいないわよ。」と言うと、「そうねえ・・・。」と気のない返事。でも、私が「あら〜、私、勝手に事故起こして、横転までしたんだから〜、ほら、こんな傷まで作って。そんな私が、これからも乗るんだもん。○○さんは相手が悪かっただけなんだから、大丈夫よ!」というと、「そうねえ、大丈夫よね!」と、とても元気になってくれました。

う〜ん、いいことをしたなぁ〜・・・・。事故を起こしても、いいこと、あるじゃん!
2001年09月08日 18時44分59秒

バナナ、バナナ!
今日は、右腕の抜糸ができて、ウキウキ気分です。もう、病院に行かなくていいというのは、うれしいもんです。

さてさて、今日、日記を書きたくなったのは、昨日の「どっちの料理ショー」を見てから。

「フレンチトースト」と「ワッフル」の対決でした。

いつも、どっちも食べたい、とよだれを垂らして画面を見つめているのですが、この料理名を聞いたとたん、私はワッフルが食べたくなりました。

テレビを見ていくと、この日の特選素材はバナナ!国産の甘〜いバナナ。もう、たまたない、食べたいじゃないのぉ!と思っていたら、更にワッフルを出すお店の紹介では、ワッフルにバナナをのせ、生クリームとアイスクリームがのっかり、チョコレートソースがるるるんとかかっている場面が写り、目がうるうるしてきました。

食べたい食べたい!私が食べたいのはワッフルじゃい!と見ていたら、なんと、その場で作られたワッフルには、煮詰まったバナナがのっかり、その上にチョコレートソースが。もう1種類は生のバナナを使っていましたが、上にのっかったのが、キャラメルアイスにキャラメルソース。私が好きな、生のバナナと生クリームとアイスクリームとチョコレートの組み合わせがひとつもない。

それを見たとたん、このワッフルはイヤだと思いました。もちろん、キャラメルのも興味はあるのだけれど・・・。これはワッフルの負け!と思ったら、やっぱりワッフルは負けていました。(笑)

生のバナナと生クリームとアイスクリームとチョコレートの組み合わせには、うるうるします。この感覚って男性にはわからないでしょうが、本当に涙腺が緩むのです。そうそう、誰かが書いていましたが、ホントにオーラが出るような気もします(笑)。

私はこの組み合わせの中でも、バナナが特に好き!安いくせに、甘くて、おいしくて、バランスがとれていて、太りにくい。こんなに輝かしいフルーツは他にない!

小学生の頃、バナナのアイスで「バナナバー」というのがありました。バナナの形をしているものではなく、棒が2本ついていて、まん中でパキッと割れるタイプのヤツです。ひとつ30円。大好きで1週間に2本は食べていました。すべてがバナナバーで計算されました。100円もらったら、バナナバーが3本買えて、10円余る・・・といった具合です。いまでは、もうなくなったのでしょう、20年以上は見ていません。もう一度食べてみたい・・・・。

高校時代、ロアールという小さなお店で「バナール」というケーキを売ってました。バナナとクリームとチョコの組み合わせのケーキでした。2回ほど、食べたことがあるんですが、それから先、店頭からはなくなっていました。甘すぎず、いくらでも食べられるような味でした。もう、いまでは幻の味です。もう一度でいいから「バナール」を食べてみたい・・・・。

就職活動をしていて、さかえ屋を受けたことがありましたが、その面接のときも「バナナのケーキを作ってみたいんです!できたら、売れると思います。」と言ったことがあります。いまでこそ、バナナのケーキはできるようになりましたが、当時はできなかったのです。「バナナは痛むから難しいんですよ。イチゴのケーキでさえ、旬じゃなければ、アメリカから輸入するという苦労もあります。季節によっては儲けがでないこともあるんですよ。バナナはねぇ・・・。」そうは言ってましたが、ちゃんと通してくれました(笑)。でも、行かなかったけれど・・・。

バナナと名の付く、新商品には必ず手を付けます。たいていハズレが多いのですが、もしかしたら、おいしいかもしれないと思うと、手を出さずにはいられないのです。最近、私にヒットしたバナナ商品はあんまりありません。不二家のバナナのケーキはそれなりにおいしかったけれど・・・・。

諦めずに、バナナを追い求めていく・・・ぞ。
2001年09月07日 15時47分03秒

またまた、久しぶり!
また、久しぶりのつぶやき。
8/26(日)に平尾台に登る道で、派手に車を横転させてしまって以来、右手負傷のため、大人しくしていました。暇なんだから、写真の整理でもしたかったのだけど、右腕が思うように動かず、諦めました。

でも、今日、病院に行ったら、「明後日くらいに抜糸ができるよ」と言われ、うふふふふと喜んでいます。そう思うと、またホームページに何か付けよう・・・という気になる、現金なやつです(笑)。

このちょっとしたことが、人間(私だけ?)の行動を変える、人間って、不思議な動物だなぁ〜と実感します。

明日はハローワークに行かなくてはいけません。こう見えても、一応失業者なのです(笑)。最近、就職活動をする気がなくなり、なんだか遊んでばかりいます。先月はハローワークに行くのさえ、忘れ、先月分は収入がゼロです(笑)。失業手当って、結構もらえるんですよ。

でも、もう月給取りはしたくないなぁ〜。生活に必要なだけの働きができたらいい。生活する場所を変えれば、それも可能な気がします。本当に生活することを楽しみたい。食べること、住むことに精一杯かかわりたい。それって、身体を使えば、現金は、そうなくても、やれるような気がします。いまでも、私の収入がないと大変だろうな〜なんて、思ってましたが、意外と使わないもんです。ははは、私ってケチなのです。山の近くに住んでいたら、もっと使わないでしょう(笑)。

仕事をしているときは、仕事の中で実現したいことがたくさん、ありましたので、それは必死で働いていました。でも、あの時間貧乏は、もういい、特に収入を得るためだけの仕事ならしたくない、そう思います。

2日前に、PTAの広報委員会に行って来ました。次の広報物「特集・子どもの心が知りたい」の話し合いをしました。お母さん方と話しをしていて、「親の心の方が知りたいよね。うちの旦那は、仕事をよく持ち帰って、子どもを寄せ付けない。子どもには、お父さん恐い!というイメージができている。どうにか、ならないかしら?」なんて話していました。たまには、どうしても仕事を持ち帰らないといけないことは、ありますよね。でも、そのイメージが固定化するようだったら、危険信号です。

仕事をしている頃、持ち帰って、パソコンの前でバチバチやってたとき、子どもに「お母ちゃんがパソコンするのすかん!止めて!」と訴えられてから、ようやく、それを止めた私でしたが、直接言われなければ、いつの間にか、子どもと疎遠になっていたかもしれません。自分を見つめてくれない親の背中というのを子どもは嫌います。訴えてくれた子どもには感謝しています。子どもには、子どもを見つめる背中を見せたいと思います。以前、心のどこかで、お荷物のように感じていたような気がするのですが、私の心の余裕でしょうか、最近はとても楽しんでいます。子どもからは「かおる!」と呼び捨てにされていますが・・・(笑)。

でも、子どもが楽しんでいる姿を見ると、とても元気になります。だから、その近くにいる母は強いのかもしれません(笑)。
2001年09月05日 16時27分47秒

久しぶりだなぁ〜
久しぶりに、日記を書く気になった。
ここんとこ、いろいろと移動が多く、その分、いっぱい写真も撮ったのだけど、撮りすぎて、逆に整理できなくて、まだ、そのま