ICHIRO Suzuki ICHIRO Suzuki #51
イチロー(鈴木一朗)
Seattle MARINERS
2000年11月・マリナーズと契約
1973年10月22日生 右投左打 180センチ 70キロ 愛知県出身
【タイトル】MVP1回(2001)、新人王(2001)、首位打者1回(2001)、盗塁王1回(2001)、
ゴールドグラブ賞1回(2001)、シルバースラッガー賞(2001)
高校は野球の名門として知られる愛工大名電高校を選択し、野球漬けの日々が始まった。「センター前ヒットならいつでも打てる」と豪語したイチローは監督に「宇宙人」と命名される。甲子園には2年生の夏と3年生の春の2度、出場を果たしたが目立った活躍はしていない。そして迎えたドラフトでは、オリックス・ブルーウェーブにドラフト4位で指名される。ずっと投手だったイチローに対して、投手としてか、もしくは野手としてみるかが大きな評価の分かれ目になった。
1994年、チームの監督が仰木彬に替わるなり、イチローの周囲は激変する。登録名をそれまでの「鈴木一朗」から「イチロー」に変えるというのはその第一歩である。シーズンが開幕してからレギュラーに当然と名を連ね、「振り子打法」と後に名付けられる特異なフォームでヒットを量産。シーズンが終わってみれば、新記録となる210本ものヒットを打ち重ね、打率.385で首位打者となった。20歳の若者が60年近い日本プロ野球の歴史で誰も踏み入れていないシーズン200安打という未知の領域に足を踏み入れた。
ポスティングシステムの結果、マリナーズが1312万5千ドルという高額で交渉権を獲得した。すでに1年前、佐々木主浩がプレーしていたが、イチローにとってもなじみのある球団である。何度かの交渉を重ねた結果、入団が正式決定。日本のプロ野球で7年連続首位打者と輝かしい記録を持つイチローを、マリナーズは新しいセーフコフィールドでのセレモニーなどにより最高の形で迎えることになる。背番号も日本時代と同じ51番に決定。イチロー伝説の第2章は舞台を日本からメジャーリーグに移すことになった。