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佃島はレバ−フライに限る
川越駅上りホ−ムの立ち食いソバ屋でいつものように天プラソバを食べていると、若い女の子が入って来て「月見ソバ。黄身だけでね」と一言。「ムムッ、何だあの若いの。バカヤロウ、白身の立場が無いじゃないか」と言いたいのをググッと押さえソバをかけこむと有楽町線は新木場行きに飛び乗った。
冬の日差しを受け電車の座席でうっつらうっつら。南の空では雲が逆行を受け銀色に輝いている。日の当たっていない雲の影の部分は青い空色に染まっている。
月島駅の6番出口の階段を登り切ると、目の前に何棟もの高層マンションが見える。バブル時期は億ションありといわれた「リバ−シテイ」である。まるで地球に突き刺さった刺のようだ。
出口のすぐ側にはモンジャ焼きの案内所がある。ここ数年の間にできたらしい。店ぐらい自分で歩いて探せばいいのに、その方が「自分の店」になる。それに月島商店街の端から端まで歩いても30分ぐらいのものである。腹をすかすのにはちょうどいい。
早速、佃に行きいつものように店を探す。レバ−フライの店である。
実は昨日も佃には来ている。カメラを抱え、古い下町の景色を写しにきた。佃は古い家並みが残り絶好の撮影場所である。
昨日は日曜日で大勢のカメラを抱えた中年の男女が狭い佃の路地を徘徊していた。その中に交じり住吉神社側のL字形の水路に架かる佃小橋を中心に撮影をした。
大河隅田川に面した親水公園では寒い中何人かの人が竿を出しハゼを釣っていた。その中の中年の男性に聞いたがハゼはほとんど釣れていないようだった。
12月ともなれば普通ハゼは河口の深場に行ってしまい川ではあまり釣れなくなる。
赤い欄干の佃小橋の近くでのべ竿でハゼを釣っている老人がいた。なんとなく釣り師の雰囲気を持った人である。
本人に了解をとり写真を撮らしてもらった。釣りについて話しているとどちらからとなくレバ−フライの話になった。
その老人はここによく釣りに来るが、釣りの後はよくレバ−フライを食べてから帰るといった。しかし、まだ私の良く行く店のそれは食べたことがないという。
私が10年ほど前に佃に来始めた頃はレバ−フライはそこでしか売っていなかった。その後4〜5軒の店が出来たらしい。(最近、これは間違いだととある本を読んでわかった)
レバ−フライは揚げたてのものをタレに付け、まだカリカリするぐらいの状態にガブッとかぶりつき、冷えたビ−ルをグイッと。これが美味い。
むむっ。話をしてる間にまた食べたくなってきた。しかし、残念ながらその日は日曜日である。定休日である。
その店は地元の人達を相手に商売しており月曜〜土曜のそれも12時前後と16時前後(昼飯時と夕飯時)しか店をやっていない。
そこで今日は昨日と違いレバ−フライを食べるのをメインに佃に来た。あそこの信号を渡り、あそこの路地を左に曲がり、少し行くと右側に看板が見えるはずだ。
それにしても今日は風が強い。寒い。おおっ、あった、あった店があった。時間的にもやっているはずだ。
おおっ、あのいつものおねえさん(?)が奥でレバ−を揚げている。道路に面した小窓のような店先で「すいません。レバ−フライ5枚ください。しばらくぶりにきましたよ。変わってませんね」余計な事まで付け加えて注文した。
おねえさんは顔色を変えず「はい。600円」と答え既に包装されていたレバ−フライを渡してくれた。むむっ、俺はあの揚げ立ての熱いのを食いたいのに。店の奥の壁にはびっしりと色紙が掛かっていた。
しばらく来ないうちに随分と有名になったんだなぁと思いながらレバ−フライの入った袋を抱え酒屋を探しながら佃の親水公園に向かった。
かっては隅田川を行き来する船のために建てられた石川島燈台跡を背中にし隅田川を目の前にした親水公園のベンチに座りレバ−フライを取り出した。
途中の自動販売機で買ったカンビ−ルを開け、レバ−フライにかぶりつきビ−ルをググッ。
しかし、何かが違う。心配していた通りやはりあのカリカリ感がない。温かさはまだ少しは残ってはいるが、タレがすでに衣を染み込み過ぎている。皮がフニャである。美味くない。
しかし、レバ−フライはレバ−フライ。あのころ食べたレバーフライはもっと美味しかったはずだが。
これが作家開高さんの言う所の「知恵の悲しみ」なのか。過去の記憶がそれを美味しくしてしまったのか。
それにしても風が強く寒い。隅田川を渡って来る風は更に寒さを増して感じる。昨日はポカポカ陽気であり、この公園にも多くの人達が遊んでいた。今日は皆無である。
数羽の鳩が目の前の冷たそうなコンクリ−トの上で羽根を休めているだけである。もう、我慢出来ない、寒い、また出直そう。レバ−フライ1本を残し、その日は佃島を後にした。
そうだ佃煮ぐらい買って帰ればよかった。
さて、次回は何処にいきますか。(カメラ小僧)