その5「満身創痍」

31.1999.10.08−11
「奥穂高南稜-西穂高」
:菊池. 栃木(節).(敬).星.本間.原田
初日は、奥穂高南稜パーティーと重太郎新道前穂パーティに別れ、奥穂高を目指し、二日目か
らは合流し奥穂〜西穂、三日目は西穂〜上高地という行程であった。
(下記時刻は、南稜パーティのタイムである。)
10/8 本八幡発20:30発
10/9 沢渡着2:00着
上高地発7:55----奥穂高南稜取付発10:50-----穂高山荘着19:00/19: 30
10/10 穂高山荘発6:35---西穂高発13:40---西穂山荘着16:00/16:30


上高地より、正面がジャンダルム゙・奥穂

岳沢の取付き手前にて

南稜の下部を登る、左より菊池・本間

夕日に赤く染められた前穂
10/8
途中、高速道路のガソリンスタンドがなんと休みであった為、車のガソリン切れとの闘いが初日のハプニングであった。

10/9

奥穂山頂より、槍方向を望む
取付きポイントを岳山荘の支配人に親切に教えて頂き、難なくトニコニーの下の壁までは進んだ。
しかし、右に巻くのが早すぎたのか、這松帯に苦しむ。トニコニーのT峰・U峰は、リッジ・チムニーであり、緊張した。
リッジの右側の滝沢の方を見ると40m位落ちているし、左の扇沢の方も20m位落ちており、ノーザイルであった為、緊張そして緊張した。
ここを過ぎてからが、大変であった。何せ、二時間半しか寝てないのである。バテタ!
奥穂高の山頂に辿り着いたのが、6時20分であった。日も暮れてしまい、ヘッドランプを付けての山行となった。山荘までの岩の道、鎖場や梯子をヘッドランプで歩行するのは、非 常に危なかった。そして、急激に冷えた。 ビバーグ好きの本間さんも遅れて小屋に辿り着いた時には相当こたえたようであった。
その本間さんは、途中一回転して尾てい骨を強打してしまった。
一枚の布団に二人という、連休にしては恵まれた山荘の 一夜であった。
(ちなみにこの日涸沢山荘では一枚の布団に五人という混み様であったそうだ。
多分NHKの紅葉が見事だという放送で集ったのではないかと栃木さんは言っていました。
今年の紅葉は、外れでした)

10/10
奥穂の山頂で、日光男大山・白根山まで見えるほどの360 度のパノラマを堪能したすぐ後、馬の背を緊張しながら越える。
その後もジャンダルム・天狗・間ノ岳・西穂と難所を通過した。ここまでは、全く気の抜けない状態であった。革の登山靴は岩の感触が伝わりづらいので、もっと柔らかい靴がよかった。
西穂からの下りは、楽であった。しかし、肉離れは完治したものの膝に不安のある星さん、同じく膝を痛くした菊池さん、尾てい骨を強打した本間さん、膝痛・腰痛・挫骨神経痛を治療中の私、原田はゆっくりと、そしてゆっくりと歩いた。
西穂」山荘では、屋外で霞岳を見ながら、至福の時を過ごした。もちろんアルコールありだ。

ジャンダルム手前にて

天狗のコルから岩に取付いた、上から栃木(敬).本間

吊尾根をバックに南稜線班(左より本間.原田.菊池)南稜は一番手前の稜線である

10/11
遅い朝食後、屋外で澄み切った空の下、コーヒーを沸かす。 本物のコーヒーを飲みながら、おいしい空気を胸一杯に吸う。
こんなにゆったりとした時間を過ごすのは、初めてだった。上高地から、沢渡に戻り、車で乗鞍高原の温泉に入り気持ちのよい高原を散策し、バーベキューを食べ、草原で昼寝をした後、東京への帰途についた。
(10/10上高地発16:30のバスが新島々に着いたのは20:30だったそうだ。11日午前中に下山して正解だった)

原田の部屋その5終わり
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