急登を詰め、中崎尾根に上がると積雪20-30センチ程度であった。稜線には、数張りのテントがあり、同じく偵察のようであった。
中崎尾根から、槍の頂上を望むことができた。笠ヶ岳から、双六まで、はっきり、見える。
右手には、西穂・奥穂高等を臨むことが出来た。
西鎌尾根手前の急な登りで、寺ちゃん、かなりのスピードダウン。
私は、<寺ファイト、止まるな>と怒鳴り、菊地さんは<いち、にい、さん、し>と歩行リズムをつけるために、後ろで、声をかける。
田畑さんと寺ちゃんの前後は、不測の事態に備え、確実についてもらう体制に変更。
大江さんは、最後尾で対応してもらう。
西鎌尾根乗越しにつく頃は、寺ちゃんの目は、ポチのようになっていた。
西鎌尾根乗越しから、槍の肩までの冬道は、結構な急登である。
寺ちゃんの、足はふらふら、頭はパラパラ、体はぼろぼろの状態である。
もう少しだと、だまして、肩まで上げるしかない。
後ろでは、新人の田畑さんも含め、アイゼンワークなどの練習をしながら、上がってくる。
何とか、肩の小屋にたどり着く。
既に12:50である。私は、寺ちゃんを置いて、後の全員で、山頂を登るつもりであった。
その時、菊池さんが「ここまできつい思いをしてきたから寺ちゃん行くよね」と言ってしまった。
当人は、槍の頂上へのルートを知らないせいか、息絶え絶えに、行きます、と。
大江さんと二人で、やめるように言おうと思ったその時、大江さんが、本人が行きたいのなら、連れて行こうと。あーーーあ、まいった。登攀隊長が、言うのだから、私が反対してもしょうがないか、まあいいか、天気もいいし、ビバーク覚悟かと思い直し、寺ちゃんにザイルを着け大江さんが、上で確保し、私が下で、登り方を教えることにして、山頂へ。
途中で、止まろうとする寺ちゃんに、<止まるな!!>と、半ば怒鳴りながら頂上へ。
他のメンバーは、私達3人を待ってくれており、全員で記念撮影。

肩から見た槍の穂先
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槍山頂より大天井・常念・東鎌
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山頂全員で山頂で |

左から原田.ボロボロ寺澤.大江
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下りは、大江さんと私で、リレー確保で、寺ちゃんを下ろしていく。
他に登る人達がいなかったのが、幸いであった。
途中、先に降りたメンバーから先行して降りるので無線機を開けるようにと指示を受ける。
これから先の飛騨沢への下りは、書くと長くなるが、想像の通りあった。
登りで、パワーを使い果たした寺ちゃんの、足はふらふら、頭はパラパラ、体はぼろぼろの状態を超えていた。
雪道の下りも、今日が始めてである。ゆっくりと、ゆっくりと。4歩歩いて、こけていく。頑張れ、寺ちゃんの巻きである。
先に下りている梅ちゃんとの交信で、<寺は、予想に反して、まだ息をしています、寺ちゃんの足は、ふらふらから、ぶらぶらへ、頭はパラパラからぱらーーぱっらへ、体はぼろぼろ、ズタズタにの状態です>と言うものの、もはや、寺ちゃん、反応できない状態である。
しかも、ヘッドランプをつけ、雪道の下山。
弱音をはかない寺ちゃんは、エラーーイ。というか、弱音を吐いた男は、見たことは、あるが、女は、見たことがない。女は強――い。そうだ、本間さんも、そうだった。
この頃、ころころ、と、転ぶ回数が増えたので、アイゼンをはづしてもらった。
ピッチが、少し上がった。内心、小屋にたどり着くなと、安心。
結局、19:40、小屋に到着。タラちゃんではなく、寺チャンに寝るスペースが用意されていた。
皆、疲労で倒れこむと予想していたようであった。しかし、なに食わぬ顔で、食べ始めた。
まいりました。その夜、又、盛り上がってしまった。
11/25:槍平9:45発---新穂高温泉14:50着
のんびり起きて、準備したものを、デポし、暖かな日差しの中、下山した。
穂高平から、槍の穂先が見えるとは、知らなかったので、しばし皆ここで真剣に地図で山々をチェックした。
ここからは、夏道のショートルートで降りた。
新人二人も無事で、正月参加できない池ちゃんも今回頂上に登れ、いろいろあったが、いい山行だった。
101.2001.12.8-9
「谷川雪訓」
菊池.関根.大江(徳)(睦).林.木下.寺澤.原田
12/8 20:00過ぎに秋葉原出発、23:00土合着
12/9 7:3ロープウェーに乗り、スキー場右手で雪訓。
歩行訓練、ラッセル、滑落停止、アイゼンワーク、ワカン歩行等、のメニューで行った。私は、
先週末から、突如襲われた坐骨神経痛で、あまり動けなかった。
皆、真剣に取り組んだ。特に、正月の槍合宿に参加する林、寺チャンには、実践で落ちても、問題ないようにと思い、力が入った。
今度は、ザイルを使った確保訓練をやりたい。
原田の部屋その22終わり