その14「山スキーの人V」

76.2001.3.9-11
「妙高 ゲレンデスキー」
:菊地.内田.星.栃木敬子.端.池田.梅澤.原田
坐骨神経痛の温泉治療と山スキーの事前練習のために、参加した。規則正しい食事と、ほとんど目寝ていたため、結果的に回復にむかった。

77.2001.3.23−24
「上州武尊 山スキー」

前武尊への登りに掛かる梅澤、池田後ろホタカスキー場
:池田.梅澤.原田
23日オリンピアスキー場駐車場で、車の中で仮眠を取る。
翌朝、スキー場の一番上のリフトから、登り始める。2月3月と坐骨神経痛で歩けなくなり、この山スキーも本当に完走できるか、シーズン初めてということもあり、不安である。
剣ヶ峰の手前で、弱層テスト。ブロックも怖いので、一人一人トラバース。頂上までは、ほとんどトラバース気味で、行けた。
帰りは、逆に滑ったというより、トラバースしたという山スキーであった。腰・足にやや痛みが出たが、何とかもった。
池田・梅澤両名には、初めての山スキーであり、晴れててよかった。尾瀬も見えたし。3月3-5の妙高での練習をしてもらってて、よかった。

遠くに、燧岳が見える。原田休憩中

弱層テスト、大き過ぎたが、層は確認できた。

中岳のコルより沖武尊を望む

沖武尊山頂
78.2001.4.7-8
「昼闇山 山スキー」
:梅澤.原田
昼闇山へは、ずっと行きたく、昨年計画したが、結局行けなかったので、楽しみであった。
糸魚川に行くのは、生まれて始めてである。日本海を見るとうれしくなった。それにしても、登り口の焼山温泉は、案内が出ていないだろうと思っていたが、あんなに有名だとは、全く知らなかった。
焼山温泉スキー場で、3時前から宴会をし、温泉に入り、早めに寝る予定が、遅くまで宴会を続けたため、翌日寝坊した。
7時に出発し、12時に頂上直下の稜線に、着く。ここで終了。その手前、上からの滑走する人が、雪崩を起こし、注意が必要であったというか、そこいら中、なだれていた。
とにかく、日本晴れ、信じられないくらいの晴天である。梅澤君が靴の合わせ方にてこづり、大分、辛そうであった。
雪質は、最悪で本当に重かった。パラレルも、開いてのパラレルがやっとであった。しかし、1時間で、焼山温泉に戻った。
宴会・山スキーであった。今度、来る機会があれば,一周してみたい。

静かな焼山温泉

始めは、沢に沿って

やがて大きな谷に出る

登る梅澤

谷を詰める

麓に戻る

79.2001.4.21-22
「大渚山 山スキー」
:栃木敬子.池田.梅澤.原田
この山も、ずっと行きたかった山スキーのひとつである。
4/21、昼過ぎに到着したので、下山口の大網部落のかなり上まで、入り、除雪の状況を確認し、タクシーを予約した。
テント場をなかなか見つけられず、雨飾温泉をかなり下った道路横に、幕営した。
翌日、田中下を9時に出発。林道のような道をしばらく抜けると、大きな雪の谷に、出た。魅力的な場所だ。頂上へは、11時過ぎに到着、急にガスってきたが、ワインで乾杯し、滑走開 始。
頂上下は、急であったが、森林地帯を抜け、程なく、林道に到着。いいコースであった。
タクシーを14時にお願いしていたが、本当に1分前に着いた。
宴会・温泉後に、帰京。
楽しい山スキーであった。

大草連の上の集落からスキーをつけた
ここから、林道のような道が、続いた。

この大きな雪原を行く右奥は雨飾山

雪原を行く梅澤、原田、栃

山頂はガスの中

山頂から下はやや急。林道を目指す

14:00に予約したタクシーの前で
原田の部屋その14終わり

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