その16「山スキーの人V:天国と地獄編」

81. 2001.5.2-6
「岩木・八甲田山スキー」
:栃木(敬).池田.梅澤.原田
<桜スキー岩木山>
岩木山は、山スキーを前から行こうと計画していたので、今回いい機会であった。
それにしても、テントを張った桜公園キャンプ場は、桜満開できれいであった。
5月3日1本目は、長平コースで、鯵沢スキー場に、抜けるルートであったが、バスに間に合ってよかった。というか、バスの運転手にすぐにきますからと言って、かなり待ってもらった。次のバスまで2時間あるので、うまくいった。
2本目は、私の希望のルートには皆の賛同が、得られなかった。というか、かなり、いやがっていた。ちょっと、きついルートであったから。8合目までの道路の横を下りていくコースを選択した。
頂上に登った後、滑走開始。快適であった。
山麓ハウスのバス乗り場で、下りのバスはないですかと聞いたところ、ないと返事が戻ってきので、思い切りいやな顔をし、上りはあるに、何で下りはないのかと言ったら、しばらくして、回送バスを出すから、しかも無料でと言われた。言ってみるもんだ。実は車を置いた所まで、大した距離では、なかった。   
この日、八甲田に移動し、ロープーウェーの駐車場のそばの雪の上に、テントを張る。

桜林公園キャンプ場で、ボーツとしている原田

リフト終点にて。後ろが岩木山山頂

長平コース滑り出し、元気な池田、その後ろに栃木、梅澤

周回バスで山頂まで戻る、車窓から岩木山を見つめる原田

岩木山山頂にて。乾杯!

獄コースを滑る栃木、梅澤

さらば岩木山

<天国から地獄の八甲田山スキー>
5月4日〈藪を漕いでも谷地温泉:北八甲田山〉
テント場-田茂萢岳--大岳--小岳-高田大岳-谷地温泉
高田大岳の登りは、木々の間をスキーをつけて登るため、結構てこづった。それ以外は、快晴のいい山スキーでトラバース主体であった。
高田大岳からの滑走は、降りて左にトラバースして、雪の大斜面に出るはずであったが、下りすぎたようで、背丈ほどのハイ松帯を、スキーを持っていくのは、大変だった。山スキーに、藪こぎまで、つけてしまった。
高田大岳からの滑走は、ガスの中で、あったが、危険なところもなく、下りたら、そこが風情のあるひなびた谷地温泉であった。本当に写真に出てくる温泉である。
この世も、宴会にもりあがった。

ロープーウェー駐車場の奥に、テントを張った。

ロープーウェー山頂駅で、左から、梅澤.原田.池田.栃木敬子

陸奥湾をバックに栃木、原田

岩木山をバックに登る池田

田茂萢岳にて

高田大岳、この後藪漕ぎ

5月5日〈川に落ちても猿倉温泉:南八甲田山〉

睡蓮沼--櫛ヶ峰--猿倉温泉 
南八甲田は、一回も行ったことがなかったので、今回の目玉であったが、出発する時、こんなことになるなんて、思っていなかった。
順調に、櫛ヶ峰の大斜面を登ってたどり着いた。ここからは、単なる滑走、後は温泉だ。ここに油断があった。

出発直前、睡蓮沼で

順調に、登る、背後に昨日滑った高田大岳
やや急な斜面もあったが、快調。

駒ヶ岳手前にて

櫛ヶ岳にて。この後に起こる不幸等知る由もなかった。
この時、既にルートを間違っていた
峠をうまく越え、矢櫃萢につき、予定通りに沢を渡った。と、思った。2万5千の地図で、見た時、どう迷っても、猿倉温泉にたどるつけると判断していた。コピーした時、そこで切っていた。しかし、この時既に、間違っていた。どんなにガスっていても、間違えなく下りれるとの過信があった。
ガスった時は、高度計・地図を200M毎にチェックする。しかし、この時は最初から、抜けていた。
途中、沢のスノーブッリジを渡り、降りても下りても着かない。もう、5時になろうとしている。
ついに行く手を、小川に阻まれる。偵察に出たが、簡単に渡れるところは、ない。
意を決して、靴を脱ぎ、渡ることにした。
雪原の中の川である。冷たいを、通り越している。皆は、なかなか靴を脱がない。
とにかく、私が行かないことには、ここでビバークになる。 
最初渡ろうとした所は、急に深くなり、腰までつかって、引き返す。少し上流まで、行き、再度チャレンジする。そこまで行くだけで、足が痛い。少し足を土の出ている所に置き、暖める。
渡り始めると、水流の激しさに倒れそうになる。思っていた速さと全然違っていた。足の感覚がなくなり、何度も倒れそうになるのを、ここで流されたら、皆帰れなくなるんだ、わかっているんかと、120%の力で何とか、渡った。岸に上がった時は、左足は、水底の岩にぶつけたのか、血だらけであった。冷たくてしょうがない。腰までずぶ濡れであった。カッパをすぐに着て、感覚のなくなった足を枝の上に置く。
無線で向こう岸に指示を出し、シュリンゲを1本のロープにして、こちらに投げるように言う。
中央まで再び水に入り、ロープを取りに行くが、梅澤君の投げるロープが届かない。
3度目の水は、全身を振るわせるくらいの冷たさを感じさせ、川にいってられなくなった。
この間、僅か4.5分だと思う。
私が渡られたのだから、梅澤君は渡れると判断し、梅澤君にロープをつけてもらい、中央に立ってもらい、後の二人に渡ってもらうことにした。
梅澤君が渡り始めたが、もう少しの所で、なかなか着かない。そこが水流が激しくなる所だ。
"がんばれー"と岸の上から、渾身の力で、何度も叫ぶ。何とか渡った時には、ほっとした。
次に敬子さんの番であるが、先ほどの水流の激しくなる所で、胸までつかってロープにしがみつく。"離すな!!!がんばれ"声の限り、怒鳴る。梅澤君も冷たい川に入ったまま、上流に向きながら、腰から伸びたロープを懸命に引きながら、怒鳴っている。敬子さんが離したら、飛び込むしかないと決めていたので、渡り終わった時は、ほっとした。
最後に池田君が渡り、冷たく感覚のない足に、靴を履かせる。もう安心だとこの時、思った。
ヘッドランプを点け、歩き始めるが、再び沢に進路を阻まれる。本当にまいった。
今度は靴のまま、沢に入った。しばらく行くと、踏み跡があり、やっと車道に着く。どこかわからない。20時を回っている。 やがてライダーがやって来た。すかさず、捕獲し、場所を聞き出す。全員で、この大型オートバイを囲み、乗せてくれるように頼むが、ステップをはずしたとかで、応じない。
やがて、軽自動車が現れ、ライダーも含め全員で、必死で止める。
この軽自動車に梅澤君が乗れることになった時、このライダーは逃げるように去っていった。
車を取りに行った梅澤君が戻り、猿倉温泉に行く。冷えた体を温めないと寝れない。温泉では、最初、邪険にされた。しかし、川に落ちたと震えながら言ったところ、入れてくれた。21時であった。本当に寒かった。
その夜、テントでご飯を作り食べ終わったのは、0時を回っていた。
私の単純ミスで、危険にあわせたことについて、本当にすまないと思った。あれだけの危機の時、誰もパニックにならなかったこと、お前が悪いとか、怒る者もいず、全員落ち着いて行動してくれたことに、心から感謝したい。

一度目の渡渉.腰まで入り、流されそうになり、引き換えした。胸まであり、流れも急。
凍傷が治るのに、2ヶ月かかった

遭難者?、梅澤君が、車を取って戻るのを待つ。
5月6日
八甲田温泉 
もう1本滑ろうよと言ったら、さすがにいやな顔をされたので、今日は八甲田温泉で休養して、と言うか、濡れた物を干して東京に戻ることになった。朝風呂に入り、大きなテントマットの上で、宴会をして戻った。
すごい連休であった。

82.2001.5.12−13
「尾瀬燧岳山スキー」
:青木.栃木敬子.池田.梅澤.原田
入会されたばかりの青木さんは、てっきり縦走組だと思っていたら、山スキーを持って、新小岩の駅におられた。
16時過ぎに御池の駐車場に着き、テントを張る。翌日、早朝より登る。最初のうちは、凍った雪に皆、苦戦であった。

御池駐車場よりいざ出発

熊沢田代で燧ケ岳をバックに

広沢田代までの上りは、急であった

熊沢田代の木道 雪が切れていた。

山頂にて、池田、青木、栃木、原田、梅澤

ブルーバックに滑走する原田

熊沢田代で休憩中の原田、とにかく暑い

林間を滑る梅澤、この後コケる。
快晴の中、頂上で、いつものように、ワインで乾杯し、気持ちよい滑走は1時間で、なんなく下りてくる。
燧温泉で宴会をして、帰京。
心地よい山スキーであった。
追伸、行く途中、沢を見ると先週の悪夢がよみがよみがえり、はばかられた。
沢は、コワーーーイ!!!!

原田の部屋その16終わり

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