その20「谷川堅炭岩・幽の沢V字」

93.2001.9/2-3 
「キャンプ祭 武蔵五日市神戸園」
:参加者 多数+今井さん(ぶなの会) 
9/2
8:30に新小岩をスタートして、関越経由で、行くつもりであったが、道路交通情報で、予想と違って、中央高速が込んでいないのが判り、首都高-中央高速経由に変更した。武蔵五日市駅に着いたのは、10:30であった。近くのスーパーで買い物をして、神戸園でテント設営後、神戸岩に出かける。
ここは、本当に難しかった。我々が、ひいひい、言っているその脇で、5.12クラスの男女のフリークライマーのペアが、涼しい顔で、登っていく。いつか、こんなになりたい。それにしても、岩で手が痛かった。テープが必要であった。
17時からは、ハイキングや縦走中で、怪我をした場合に備えて、搬出など訓練を、今年の登山学校生のリードで実施した。
19時から、乾杯、そしてバーベキューであった。ちょうど、その時、沢-御前山経由で下山する予定の柳田・中村さん達が、戻ってこないので、皆心配していたところ、私の携帯がなった。1時過ぎに、沢を抜けたと、連絡をもらっていたので、まさか、稜線にいるとは、思ってみなかった。車で迎えに来てほしいとのことであったので、さっそく林道を登っていったが、信じられないくらい、登った。車で30分であった。もうそこは、峠かな、と思っていた時、二つのヘッドランプが見えた。歩いて下山していたら、12時を廻ったのでは、ないかなと思える距離だ。柳田さんに救助に来ました、といったところ、少し笑いながら遭難じゃないよとの返事。
無事、帰還後、また盛り上がった。

神戸園キャンプ場での救助訓練

神戸岩をリードする菊池

自己脱出訓練ではしゃぐ?本間。
ぶなの会の今井さんとは、初めてお話ができた。ぶなの会は、レベルが高く人員も多い。
我々とは各段に違うが、そのぶなの会も決して順風満帆ではなかったことや、会の運営などについて、楽しくお話ができた。
我々、[神田山の会]いいところは”楽しく山に登る”これだけが取り柄かな。

9/2
翌日、御前山にハイキングに行く人達を、鋸山直近の稜線の峠まで、昨夜迎えに走った鋸山林道を送った。昼間、見るとさすが鋸山直近なのでかなりの高さだ。
昨夜のピックアップポイントと峠は、400Mくらいしかなかった。
今日は、岩・沢組は、引き上げ・引き下ろし・自己脱出の訓練を、実施した。もう、恒例となった。
訓練終了後、2台の車に分乗し戻ったが、市川で原田車の7人と、電車で既に家に帰っていた栃木敬子さんを呼んで盛り上がってしまった。

94.2001.9.15-16
「東京都勤労者山岳連盟救助隊 谷川岳指導者技術研修会」 
:救助隊11名+大江徳厚.原田
訓練の名前が、すごかったので私などが参加していいのかなと思う反面、行ける時に参加したほうが、いいだろうと思い大江さんも行けるとのことで、出席した。
前夜モンテローザのリーダー部長秋元さんに初めてお会いし、山のいろいろなお話を伺った。この会も、我々と違いレベルの高い会なので、最初怖そうな人かなと思っていたがなかなか気さくな方で夜遅くまで、盛り上がった。
訓練は、幽の沢の二俣での引き上げ・引き下ろしと、ここから出合までの搬送訓練であった。
私は、このような搬出訓練に参加したことがなかったので、最初システムが理解できなかった。
途中、レスキューハーネスで背負った人が、負傷者共々、2回水中に転落し、一度は、滝壷の岩壁に頭があたりそうになり、非常に緊張した。怪我に至らないように、細心の注意がかけていたのだと感じた。訓練での負傷は、笑い話ではすまない。
今回、システムを理解できたので、次回からはスムーズな対応が取りやすくなると思う。
このような訓練であれば、指導者技術研修会という名前でなく、実践搬出訓練でいいのかなと言うのが、感想であった。
ともあれ、参加して、よかった。

95.2001.9.22-24
「谷川 堅炭岩・幽の沢V字」
:菊池.門馬.青木.本間.寺澤.原田
9/22
土曜日15:30新小岩駅に集合し、外環−関越経由で、谷川の白毛門登山口駐車場に、18:30到着。
8人用ジャンボテントを張り、夕食を食べながら、宴会後、明日の行動を話し合う。ツエルトが一つしかなかったので、幽ノ沢は、中央壁・V字の2パーティ構成でなく、1パーティで、V字の右に決定。そして、一人でハイキングに行く寺ちゃんは、白毛門に決定した。やはり、一人では心配なので、無線機で定時交信をして、確認する事にした。
9/23
朝4時過ぎに起床し、車で一の倉出合いに行き、幽ノ沢出合いを6時半に出発。この沢は、先週、救助隊の訓練を実施した沢で、水量は結構あったが、今日は、信じられない事に、1/3くらいであった。それでも、沢シューズでないと、遡行できない沢である。
二俣に、7時過ぎに到着、どこが要のテラスか、心配深げに取り付きに。ガイドには、右俣リンネの左をテラスと同じところまで登り、トラバースとあった。ザイルは、かなり下でつけたほうが、いい。トラバース地点まで登っていく壁が、傾斜がきつくなるなと感じたら、手前でつける
べきである。我々は、この壁を少し登ったところで、つけた。トラバース地点まで行き、どこがテラスか、わからなっかったが、多分ここだろうと思ったところが、正解であった。
ルートについては、トポを見ながら、慎重に進んで行った。ただ、我々5人が先頭であったため、後ろのパーティーに追い上げてくるのが、最初気にはなったが、こちらのペースで登攀した。後ろは、リードだけが、早かったみたいであった。
コース自体は、快晴であった事から、別にたいしたことはなかった。ガイドに、W−とか、あったが、あれはVではないかなと思った。
最後の草付きでは、ガイドでは、ルンゼを詰めるとあり、左に赤テープがあったが、ルンゼを行った。ここが一番難しかった。これを詰めたところが、石楠花尾根ではなく、堅炭尾根であった。

トラバースする原田
次の日帰りにユテルメで、検討した結果、ガイドに掲載されたルートは、我々が行ったルートのさらに、右側で、このルートは菊池さんが調べたところ、草が落ち、垂直の壁となり、登攀が難しいので、左のリッジに、新ルートを作った。これが、正解であろうと言う事になった。後ろのパーティーは、左のリッジを登ってきた。
13時に、寺ちゃんと初めて交信、無事に下山中とのこと。これから、14時と15時は交信できたが、後は、尾根の影で、交信できなかった。
14時に堅炭尾根の稜線に出た。今回の登攀では、傾斜が緩かったせいか、2本のザイルで後ろから、引きづり落とされるくらいの力を感じ、ザイルを引いて登るのに、今までで一番疲れた。
15時稜線出発。芝倉沢に向け、中芝新道を降りる。急な道であった事と、登攀に疲れていたので、珍しく数回も転んでしまった。
16時に芝倉沢に到着。休憩後、一の倉に向かって、芝倉沢を降りる。沢沿いには、ルートを記した黄色のペンキがあり、迷う事無く、軽登山靴で、17時に旧道にたどり着く。
途中、堅炭沢から、明日登攀予定の堅炭岩を眺める。急峻な山に、圧倒される。ここで、青木さんが、明日みかん畑の石垣の補修をしなくては、いけなくなった。門馬さんが、私は、巌剛新道で谷川に行くと言う。本間さんは今晩温泉に入り、明日朝、帰ると言う(本間さんは最初から、初日のみの参加であった)。菊池さんも、4・5番目を確保していたので、私同様にザイルの重さで相当疲れたと、言う。これらの雰囲気から、明日は温泉の可能性が大だなと思った。
一の倉で、登攀道具の整理をして寺ちゃんのいるはずのテントに戻ったの18時であった。
登攀後に、ビバークもせずに、しかも明るいうちに、テントに戻ってきた事は、今回が始めてである。その意味では、成功であった。

リードする原田1

リードする原田2
その夜の宴会で、やはり、明日の堅炭岩は止めるとの話になった。私も、体調も良くなかったので、内心は良かった、温泉だと喜んでいた。寺ちゃんも、白毛門の下りで、膝が参ったとのこと。
9/24
結局、次の日は、ユテルメで朝風呂に入り、14:00には市川に戻り、かまどやで、反省会(いつも反省)をして、山の話で盛り上がった。

原田の部屋その20終わり

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