その21「紅葉!恋の岐川」
96.
2001.10.6-8
「平ヶ岳紅葉全開:恋の岐川沢登り+若干1名の死闘恋の枝川編」
:菊地.門馬.池田.梅澤.原田
初日、新小岩で集合して、一路小出に向かう。
小出で、食料・お酒の買出しを行う。ここまで、普通であったが、何と9800円の<折畳式自転車>を買ってしまった。今回の山行の最大の問題は、入山地点と下山地点が徒歩で、3時間も離れている事である。
私が、豚汁用のコッフェルを忘れたと思い込み、たまたま、立ち寄ったホームセンターに、<折畳式自転車>があった。そこで、<折畳式自転車>だということになり、勢いで買ってしまった。そして、代金は、菊池さんが、車にいつも乗っているので、俺が出すと言われ、買って頂いた。
これからの山行計画書には、共同装備に<折畳式自転車>と書く事に、なるであろう。そして、我が家の保管スペースに、当然、この<折畳式自転車>が加わった。
そんなわけで、夕方、恋の枝橋に、到着。2台ほど無人の車が、とまっていた。ここには、5台くらいとめられそうであった。車で、平ケ岳登山口に<折畳式自転車>をデポしに行く。片道、15分かかる距離だが、5キロの下り、5キロの上り、そして2キロの下りである。帰りの5キロの上りは、こたえそうであった。
その夜、池ちゃんのかみさんが、用意した豚汁で盛り上がった。こんなデラックスな豚汁を食べたのは、今まで生きてきて、今日が初めてであった。ちなみに、池ちゃんも、家では、食べていないと言っていた。
恋の岐橋を出発。菊池さんの草鞋に注目
辺つる一行。左から原田.門馬.菊池.梅澤
10/7
次の日は、少し寝坊をしてしまい、出発が5:20となってしまった。
今回は、池ちゃん・梅ちゃんに先頭を歩いてもらう事にした。危ないところは、なさそうだし、問題ない。それに、その方が二人も楽しいだろう。初日は、池ちゃんが先頭に。
左岸の踏み後をたどる。一旦、沢に下ったところから、沢は、入るが、快適。入門の沢としては、ちょうどよい。
しかし、ここに大きな問題が、巻き上がった。菊池さんのわらじが、すぐに切れた。スペアもない。シュリンゲを足袋に巻き、歩き始めるが、ツルツルと滑り、何回もこけるような状況であった。
これ以外は、実に快適。又、不思議なことに、2日間を通じて、全く他のパーティーに会わなかった。
結局、オホコ沢に着いたのは、15:30であった。とその時、門馬さんと池ちゃんが、テント場に、片方の沢シューズを発見。何は、なくても沢シューズ。次の日は、これで、何とか・・・・・。
しかし、本当は、1500mの二股あたりまで、行きたかったので、翌日の行動が心配であった。
私達のテント場は、2張り分のスペースであったが、対岸上部にも、ありそうであった。焚き火を、おこそうとしたが、木がしけっていて、断念した。
その夜、勿論、菊地さんのわらじの話で、盛り上がった。当の本人は、ぐったり疲れきっていた。1回こけただけでも、疲れるのに、数十回は、こけていたから、無理もないことである、というか、よくもったものだと思った。
わらじを直す。もはや「わら紐」と化してます
滑る足場に苦労する菊池。
10/8
翌朝、オホコ沢を、5:50に出発。菊地さんは、片方に、昨日、見つけた沢シューズを履く。これで、ほぼ通常のペースに戻った。オホコ沢より上部が、本当の沢らしくなっていく。今日の先頭は、梅ちゃんである。
1500mの二俣までは、テント場が、4-5箇所あったが、増水時期は、半減しそうだ。二俣付近は、いいテント場だ。
二俣を過ぎて、だんだんルート選択が難しくなる。まあ、いいかと思っていたら、左岸のトラバースで、先頭の梅ちゃんが、<あー>と、声を上げ、私の前から消え、2M程落ちていき、<ドーン>、そしてそこから1.5M程下の滝つぼに、きれいに後ろ向きに<ドボーー-ン>と深く沈み、浮き上がってきて、鶏のように<クア、クアクア、クア>とやっと息をして、岸に泳ぐ。その間、3秒くらいか。大丈夫かと、たずねると、<大丈夫>と。ホットする。怪我は、なさそうである。
私も、トラバースし、ザックを投げて、1.5M程下の砂地に飛び降りる。上がってきた梅ちゃんと逢うが、全身ずぶぬれで、寒そうである。10月上旬の沢は、早朝であれば、足がかなーーり冷たい。まして、全身ずぶぬれであるので、たまったものでは、なさそう。梅ちゃんは、<着水は、夏ですよ>と、半ば照れながら言うが、顔は違っていた。
後で、考えたのであるが、任せた先頭をを変わる判断が、遅かったかもしれない。ここから、先はどうしようかと、思ったが、ここで変わると、自信を無くすのでは思い、引き続き、先頭に。
但し、最後尾から、見て、すぐに、変われるように、前に出て判断しようと心懸けた。
この地点で、もう1段の上の滝上部で、高巻きした3人を待っても、なかなか来ない。しばらくしたら、同じトラバースルートから、やってくる。やばいと思い、すぐ、滝を降りていき、一人づつ、ザックを受け取り、飛び降りてもらう。
やばかったのは、この1ッ個所であった。
それ以外は、何十種類かの赤や、何十種類黄色や、何十種類かの不思議な山色に、どこまでも深く色づいた紅葉全開の山々に、見とれていた。恋の枝川は、紅葉の沢登りが、一番だと思い、計画をあたためていたので、大満足であった。
本当に、きれいだ。
はしゃぐ門馬
腰まで浸かる原田。10月の水はさすがに冷タ〜イ。
やっと、大滝にたどり着いた。ここで、念のためザイルを出した。
大滝を過ぎると、どこで稜線に上がるかが、ポイントである。1850mと決めていたが、そこに、右岸に小さな沢筋があり、詰めていくが、竹をこいで行くのが、大変である。
12:30に、稜線の縦走路に出る。ここから,下山に3時間30分かかるが、何とか、なるかなと思い、とりあえず、雨池山の頂上に、行く。
門馬・池田・梅澤の3人は、平ヶ岳のピークを踏んでいないので、頂上に向かう。菊地さんと私は、下山することにした。何せ、平ヶ岳登山口に、デポした<折畳式自転車>で、恋の枝橋まで、車を取りに行かなければ、ならない。暗い道では、自転車は、危険と判断して、私が取りに行くことにした。
13:30下山開始、途中、信じられないくらい美しい紅葉の景色に、酔いしれながら、17:00平ヶ岳登山口に、到着。無線で、下山中のメンバーに、<今ついたから、これから車を取りに行く>と伝える。
15分で、<折畳式自転車>を組み立て、恋の枝橋に向かう。5キロの下りを行くが、組み立て方に多少、不安があるのと、小さな自転車なので、あまりスピードは出せない。尾瀬口から、いよいよ5キロの登り。思ったより、つらかった。<ハア、ハア、ハア>と言いながら、時々斜行しながら、登った。真っ暗の路は、車もほとんど通らず、怖く、疲れの成果、何回も木が人に見えたりして、本当に心細かった。幻覚を見たので、かなり疲れていることは、理解できていた。
18:15に、恋の枝橋に到着。
18:40、車で、再び、真っ暗な平ヶ岳登山口に戻る。と、誰もいない。そばでも食べに行ったのかな、と思い、交信すると、<まだ、下山中で、後10分で着きます>と、池ちゃんから、連絡をもらう。
程なく、ヘッドランプの4人が戻ってきたが、こちらも相当疲れているようだ。
19:00過ぎ、平ヶ岳登山口を後にして、食いもの屋を探すが、やはり小出まで、なかった。20:30過ぎ、小出でラーメン屋さんを、見つけた。門馬さんにご馳走になってしまった。
神田駅に24:00到着し、門馬さん、梅ちゃんの家により、市川の自宅に戻ったのは、1:00前であった。
ここまで、やるのかという、ハードな山行になってしまった。
超最高の恋の枝川で、あったが、最高に疲れた。
追伸
最近の山行をおさめたカメラを、ここで落としてしまった。がっくりで、ある。それで、今回写真無となってしまった。(写真提供 池田)
これを機に、デジタルズームカメラを買うことにした。
97.
2001.10.14
「陣馬山ハイキング」
:菊池.門馬.栃木節.柳田.本間.大江睦.田畑.池田.寺澤.簗場.原田+友人家族他数名+わたすげハイキングクラブ
新規入会検討の簗場さんが参加されるかもしれないので、どこかに行こうかということと、身障者ボラ ンティアのわたすげハイキングクラブが、陣馬山の山行を予定しているということ、地図読み山行を年間計画で10月に予定していたということで、今回の陣馬山ハイキングとなった。
陣馬高原下から2時間登り、頂上で、コッフェル5杯分の豚汁を作り、おいしく頂き(作りすぎたので4杯食べなければならなかった)、栃谷温泉まで、1時間強で下り、そして、陣馬温泉入浴、入浴後、ビールを飲んで、藤野駅まで送ってもらった。
それにしても、こんなに人が多い山だとは、全く知らなかった。稜線を、走っている多くの人、はたまた自転車の人達までいた。
久しぶりの軽い快適山行であった。
それから、大事なことを、忘れていました。地図読みですが、2万5千分の一の地図と、広域地図を使いながら、初歩的な尾根や谷の地形の読み方、シルバーコンパスを用いた周辺の山の探し方、などを、実施した。
ハイキングの場合、実質的に磁石を用いることは少ないと思いますが、皆、熱心にやってくれた、やはり、これが基本です。
木漏れ陽の中、明王峠を行く。
トン汁は美味しかった、けどちょっと作り過ぎました。
割り当てを配りまわる原田。
原田の部屋その21終わり
●●●
目次に戻る
●●●
●●●
その22「進め!槍ヶ岳正月合宿偵察隊」に続く
●●●