元愛馬ミストラル
withミ のミ!どす。

1993年に日産テラノ(D21)をベースにし対欧州戦略車としてイタリアのカロッツェリア、
I.DE.A(イデア)でデザインされてスペインはバルセローナの日産モトールイベリカで生産が
開始された4輪駆動車。 日本には翌94年(平成6年)の春より輸出されアウトドア・
RVブームのさなか、筋肉質な外観ばかりの4駆市場に一石を投じた滑らかなフォルムと
コンパクトでありながら7人乗りという優れたパッケージも相まって人気を博しました。
直接デザインに携わり線を引いたのがザガート時代にアルファジュリエッタSZ、I.DE.Aで
同155やフィアットティーポをデザインしたエルコーレ・スパーダなのかは不明です。

当時のキャッチコピーは“ピュア ヨーロピアン オールローダー”。
テレビCMでは 「人生変えようミストラル!」 とクリス・ペプラー風の渋い声で高らかに宣言し
私とかボクとか俺の人生を狂わせたらしい。 う〜ん 「全然いいね」←これもCMで(笑)

現在でも "TERRANO II" としてマイナーチェンジを受けつつ生産は続いています。
ちなみに欧米ではテラノは "PATHFINDER" とネーミングされています。

シンプルに徹した4駆機構と熟成されたシャーシによって正確なハンドリングとシャキッとした乗り味、
そしてミスのために莫大な開発コストを掛けたと云われる素晴らしいシートの乗り心地は
野分け山分け一日中運転していても疲れ知らずでした。

また我がミーに搭載されていた初期型 "PLASMA"TD27B ディーゼルターボエンジンも
下からのトルクに溢れ実に扱い易いものでしたが、浮世を忘れ山道を登れば加速という言葉も一緒に忘れ、
高度計代わりの水温計の針もじわじわ上昇するとアドレナリンも溢れ出し右脳をギンギン刺激する特性を備えた、
まさに大地の起伏と人生の機微を全身全霊で感じる事が出来るクルマだったのだぁー!!





平成6年冬から15年の初夏まで長きに渡り良き伴侶として大五郎の下でコキ使われていました。
今にして思えば本当に苦労を掛けたなぁ・・・。(遠い目)





ある時は山へ雑念という名の芝を刈りに・・・、





またある時は川へ命の洗濯にとドンブラコッコ〜とな・・・
それはもう大車輪の活躍をして貰いました。





そしてこんなモノや(左:サイクロンとパスフィルター、右:2インチアップキット)





あんなモノ(左:スナップオンの“Dr.Carbon”の施工、右:ガラコキャッチタンク取り付け)までと
いじくり回されて(笑)昇天、もとい新たなるオーナー様へと永遠の旅立ちをしたのです。


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