アメリカ旅行の予定 ここ

 

旅です。このページは見やすくするため、関西弁では書いていません。一応完成ですが、もう少し手を加えたいです。あと、今後写真も載せる予定です期待してください。

2000年5月5日から7日まで、2泊3日で、東北1週してきました。この旅の目玉は、なんと言っても、弘前の桜祭りです。私は、1回弘前に行った事があるのですが、8月だったため、桜の花はもちろん見ることができなく、桜の枝だけを見て、帰ってきました。その時から、桜の花が見れる時期にもう1回は来ようと思っていました。いよいよ、その時が来たのです。

5日は、朝の6時30分に家を出て、日本海側から7号線を通って、弘前を目指しました。途中に、秋田犬会館によりました。3時30分ぐらいでした。そこには、ハチ公の生い立ちや、銅像などが飾ってありました。私にとっては、ちょっと期待外れでした。私の中には、子供の頃に読んだ、ハチ公物語よりも、白い戦士ヤマトや、銀牙などの漫画の影響の方が強かったのです。銀牙は熊犬であり、←そんな犬って本当にいるのかな?あれ?たしか、3匹ぐらい生まれて、その1匹が虎毛の銀だったような気がします。熊犬って虎毛の犬を指すのだったかな?どんな意味だったんだろう。もう1回、銀牙を読まないと分かりません。また、ヤマトが秋田犬かどうかは、覚えていませんが、どちらとも秋田県の山間部の話しだったように思っていました。もしかしたら秋田犬会館には、ヤマトや銀牙の物(銅像など)があるのかなとちょっと期待していたのです。島根県にゲゲゲのキタロウに出てくるお化けの銅像があるように、秋田県にも、ヤマトや銀、さらに、ウイード(←みんな、わかるのかな? 銀の子供の話しだよ。絶賛発売中らしいよ。)なんかの銅像が出来たら楽しいのにね。次に、7号線を走っていて、洞窟のような所があり、車がいっぱい止まっていましたので、とりあえず、止まりました。風穴洞でした。夏でも湿気がなく、快適に過ごせる所らしいですよ。そんなことはさておき、やっと、夜の5時30分頃に、弘前につきました。秋田犬会館や道の駅とかに止まり止りの旅であり、11時間もかかりました。多分、ノンストップで弘前に行っても最低8時間はかかるように思います。弘前公園につくと周りは、車だらけで、渋滞していました。とりあえず、駐車場を探して、裏道を走りました。そこで、公園まで、歩いて5分ぐらいの所に駐車代千円を払い車を止めました。弘前公園に入ると、桜・桜・桜・桜・桜・桜・人・人・人・店・店・店でいっぱいでした。私は、とりあえず、公園内をぶらぶら歩いたのですが、周りが桜ばっかりで最初、城を見ることができませんでした。適当に歩いたのがいけなかったようです。ようやく掲示板を探し、自分の現在地を確認し、ようやく城にたどり着くことができました。この間30分ぐらいあったように思います。目の前で見た弘前城は、ライトアップされており、すごく神秘的でした。どこからか全身白い服を着た細い背の高い男の人が、刀を持って登場してくるシーンが頭をよぎりました。←どんなテレビ?漫画?の影響だと思いますか?3時間ぐらい公園内をぶらぶらしていました。午後9時ぐらいにそろそろ帰る時間かなと思い、弘前公園を後にしました。次の目的地は、岩手県(盛岡)でわんこそばを食べることでした。夜中に車を飛ばし、7号線を下がり、103号線を経由して282号線に乗りました。(←ちょっと道を間違えました。)そして、八幡平の辺りまで来た時、せっかく東北1周するのに温泉に入らなければ・・・と思い、秋田県の乳頭温泉を目指し、341号線を下りました。30分ぐらい走った所で、道に遮断機が下りていました。見ると朝の8時から夜の9時までしか通行できないと言う事でした。ここで、私は心の中で「聞いてないよーーー」と叫んでいました。対向車が来ないし、沿道には、まだ雪が残っていましたのであやしいなとは思っていましたが・・・。今は、もう5月だぞ!!!!。私は、しぶしぶ、来た道を帰り、もう1度282号線に戻り、盛岡を目指しました。そして、盛岡の近くの道の駅で、止まって寝ました。

6日は、朝からわんこそばを食べるのもつらいかなと思い、近くの石川啄木記念館に行きました。啄木記念館は、今振り返ってもこれと言って印象はあまりありませんでした。ごめんなさい。次に、今日のメインのわんこを目指し、盛岡に行きました。るるぶ(旅に雑誌)に載っている店が2件あり、どこがおいしいのかわかりませんので、駐車場に止めた所で、どこの店がおいしいのかを聞きました。で、おばちゃんの進めで東家(あずまや)に行きました。中に入るとすぐさま、わんこですかと聞かれはいと答えると2階に連れていかれました。そこには、観光客らしき先客がわんこをたべていました。私も、案内され、一つの列がいっぱい(だいだい20人ぐらい)になるまで、7・8分ぐらい待たされました。昼時と言うこともあり、客はすぐに来ました。さー、いよいよわんこです。店員さんの話しを聞き、私は、最初、2500円のコースを頼みました。2500円のコースは、お椀を並べることができなく自分で、マッチ棒を使って数えるコースです。3000円のコースは、お椀を並べることができるコースです。これが500円の差になるのです。私にとってかなり不思議でした。お椀を並べるか並べないで500円ですよーー。どう思いますか?みなさん???  で、私は、最初2500円のコースにしていましたが、周りを見渡すとみなさん3000円のコースでしたので、わたしも、3000円のコースに変えました。500円の差は不満ですが、やっぱり、わんこそばは、お椀を並べないとね。さー、いよいよ始まりです。最初の30杯ぐらいは、かなり余裕があり、薬味(刺身、山菜、なめこおろしなど)の味も楽しみながら、また、給士さんの「どんどん」とか「??(ごめんなさいわすれました。) 」の掛け声に併せて楽しく食べていました。50杯を過ぎたころから、少しずつつらくなりました。また、わんこを食べた人なら分かると思いますが、1杯のそばでも、多いのと少ないのがあります。私は、わんこそばをいっぱい食べたかった(量ではなくお椀の数で)ので、少ない時は、うれしく、多い時は、つらくなりました。50杯で1回目のピークが来ていたのですが、がんばって、70杯まで食べました。私は、もうだめ、吐くかもと思っていても、給士さんは、どんどんと私のお椀にそばを入れてきました。わかったもう10杯、合計80杯で終わりねと思いがんばって食べました。でも、給士さんは、終わりませんでした。「そら、あと20杯食べたら、手形がでるよ、さー、どんどん」って言っていました。私は、最後の力をふりしぼって、体勢を変えながら、合計101皿食べました。私は、もう限界を超えていました。私は、帰り際、部屋に張ってあるわんこそば歴代10傑を見ました。10位の人でも300皿は食べていたように思います。また、1位の人は500皿以上食べていました。信じられないことです。わんこそばを食べ、お腹いっぱいの私は、次の目的地(遠野)に向かいました。7号線から396号線に入り、盛岡から2時間ぐらいで着きました。遠野は、柳田国男が書いた「遠野物語」で有名な所であり、民俗学研究の拠点です。私が小学生の頃に読んだ「ユタと不思議な仲間たち」三浦綾子著?の中の登場人物に座敷わらしがいました。私は、この本を読んだ時から遠野に来たかったので、すごくうれしかったです。とおの昔話村では、さまざまな伝承が聞け、また、向かいにあった店では、語りのおばあちゃんがこの遠野につたわる昔話をこの土地の言葉でしゃべっていました。一応、聴こうとしていましたが、方言がきつくどんな話しをしているのか全然わかりませんでした。今回はあまり時間が無かったので、また、今度ゆっくり来たいです。私は、今日最後の目的地(中尊寺)に向かいました。107号線を北上に向かい、高速に乗って中尊寺に行きました。この旅、初の高速でしたので、うれしくなり120キロぐらいでとばしました。寺の駐車場に車を止め、15分ほど、坂を登った所に中尊寺がありました。私が中尊寺を最初に見た印象は、こんなに小さかったんだでした。私の中では、京都の金閣寺ぐらいの大きさと思っていたからです。またすこし批判を言いたいのですが、拝観料は800円と高く、建物の中に中尊寺があり、何か観光化しすぎているんじゃないでしょうか? 金で出来ているので盗まれるのが心配かもしれませんが、建物の中に寺を入れるのはどうかと思います。中尊寺は、外の風や緑などの自然の中で見たかったです。私は、夢の館にも行きたかったのですが時間の都合上、明日に廻さなくてはならなくなりました。この旅で温泉に入っていませんでしたので、ここ平泉から近く外湯があるいい温泉を探していくことにしました。4号線から457号線を経由して47号線に入り鳴子温泉に行きました。着いたら8時30分ぐらいでした。そこで、夕食(またもやそば)を取り、滝の湯と言う外湯に入りました。なんと夜の10時までしており、150円で入れました。群馬の草津温泉の無料の外湯を2倍ぐらいにした感じの広さでした。気持ちよかったです。夢館の行きたかったので、また平泉を目指し、平泉の近くの駐車場(道の駅のような所)で寝ました。

7日は、いよいよ最終日です。6日にいく予定でしたが、時間の都合上行けなかった夢館に朝から行きました。拝観料はたしか千円ぐらいでした。夢館は別名ロウ人形館と呼ばれ髪の毛1本1本までかなり精巧なロウ人形がありました。そこでは、奥州藤原氏四代の栄華と滅亡が描かれおり、身体中に矢を受けて仁王立ちする弁慶や壇ノ浦の合戦、壇ノ浦での義経の八艘飛びなどが描かれていました。うーーん、私の正直な感想として、夢館は1回は来て見るのも面白いと思いましたが、もう来ることは、ないでしょう。次に帰り道である天童市の将棋資料館を目指しました。平泉から4号線を下り、仙台市に入ってすぐに48号線に行きました。途中って言いますか、やっぱり仙台に来たのだから「萩の月」を買いたいと言う衝動に駆られましたが、もし仙台市の方に行って渋滞に巻き込まれたらいやだなと思いしぶしぶ山形を目指しました。天童市に入り、地図を見ながら将棋資料館を目指していると天童駅に着いてしまいました。さーー、駅から近いみたい(正確な地図ではありませんでしたので)なので歩いて探そうと言うことになりました。人に聞こうかなって思いましたが、観光客に見られるのがいやでしたので、駅にある地図を見ました。すると、すぐ側にあるとのこと。後ろを振り返るとそこに将棋会館がありました。おーーい。将棋資料館って天童駅に隣接しているって言いますか、駅の中にあるではありませんか!ちょっと、びっくりしました。入館料は300円。中では、将棋の発生と伝来、駒の製作過程や種類など、将棋に関することをわかりやすく展示していました。また、歴代の名人の名前があり、羽生竜王や谷川名人、また世間を騒がせた林葉子(?)棋士と不倫の関係にあったOO名人の名前などがありました。私は、そこで、将棋の駒を買いたかったのですが、よくよく考えたら、もう将棋をする可能性って限りなく少ないような気がします。多分、温泉に行ってかなり暇になった時ぐらいしか、本物の将棋(NET将棋ではなく)をしないような気がします。だったら駒を書う必要性がないように思え、今回は、駒を買いませんでした。でも私が結婚して、子供が出来たら将棋を教えたいですので、その時になってもう一度、天童市に将棋を買いに来たいと思っています。次にちょと時間もあるのなら足を伸ばして行きたいなって思っていた所に行きました。それは「立石寺(りっしゃくじ)」です。天童市から13号線を下り1時間もしない内に目的地に着きました。立石寺は、天台宗霊場として知られ、うっそうと茂る山に切り立つ岩肌にいくつもの堂が立つ山寺として知られ、松尾芭蕉の名句「閑さや 岩にしみ入 蝉の声」で有名である。立石寺には、4時ごろ着き、入山料300円を払い、阿弥陀如来像た安置されている奥の院までの1004段の石段を登りました。時間も時間でしたので、人もそこまでおらず、マイペースで上りました。中尊寺の時も思ったのですが、立石寺にも20代ぐらいの人がちらほら見え、私も含め若い人達(20代ぐらいに人)も結構多くお寺に行くのだなと思いました。私は、奥の院(寺の頂上)で、実家のおじいさんとおばあさんのために3つ(父方の爺婆と母方の婆へ)お守りを買いました。父方の爺婆と母方の婆だったため、お守りと入れる袋を3つ(1つのお守りに袋が1つ)おねがいします言いました。すると、お坊さんに怒られました。お坊さんが言うには、「お守りと言うのは、相手に使ってもらうためですので、相手に渡す時には、袋から出して渡すものですよ」とのことです。私は、すこしむかつきましたが、そのお坊さんは、その話しを言いながら袋を3つ渡してくれました。お坊さん有難うございました。勉強になりました。今後は、かならずお守りの場合は袋から出して渡します。有難うございました。で、下山してきました。だいたい往復で1時間30分ぐらいかかりました。やっぱり山の上にあるお寺って崇高な気がしていいですね。私は、姫路にある書写山円教寺(天台宗)を思い出しました。ここはロープウェイで山上に行きますが、山の中に沢山の堂や寺があります。いい所ですよ。立石寺を下山したのがPM5:30であり、もう帰ろうかなって思っていましたが、せっかく山形まで来たのですから、温泉に入りたくなりました。と言う訳で、蔵王温泉に向かいました。200人入ることができる蔵王温泉大露天風呂に入りたかったのですが、着いたのがPM6:30でした。そこは日没まででしたので、その大露天風呂の近く(車で3分ぐらいの所)の温泉に入りました。もちろん露天風呂も付いていました。なかなかいい所でした。さーー、お帰りです。13号線から113号線に入りました。あーあー、13号線をもう少し下っていったら米沢牛なのに(くそーー)・・・。113号から7号線に入り、家には、5月7日のPM11:00に着きました。今回の東北旅もかなりの早足でした。  完

 

また、東北の旅に行きました。今回のメインは大曲の花火です。知る人は知る東北随一の花火だそうです。